独りよがり
学生作家志望
ずっと
川面に月の優しい光がなびいていた。桜の花びらが空中を飛んで、ほろ苦い甘さを匂わせる。夜の花見はやはりカップルの主戦場なのだろうか。証拠に、厚底のストラップシューズを履いた女性と、黒のサンダルを履いた彼氏らしき長身の男性、2人のタッグが道をふさいでいるではありませんかね。
いとかなし。そうである、私は孤独だ。最近イラつくことが増えてきて年を感じる、切なく悲しいぼっちだ。ちなみにここ最近で一番イラいたのは、「ビジネスぼっち」。大学の空き教室でいつも通り、私が独りで昼を食ってたところに堂々とそれは姿を現したのである。
「あー不幸。ウチらってまじぼっちじゃねw」
「それなw彼氏どころか、好きピもいないのまじやばい、危機感持った方がいいよねw」
「それ!!!」
何の運命か、この会話をガチぼっちの私が小耳に挟んでしまったのだ。これほどまでにイラついたのは久しぶりで、怒りのあまり、口に入れたトマトの中の液体だけ吹いて、あいつらにぶっかけてやろうと思った。そもそもあいつらは「ぼっち」を間違っている。
「ぼっち」という生物は、本当に独りなのだ。独りとは、単なる一人とは全く違う。一人とは、あえて選択して一人になれる一人だ。つまりただの人間。
だけど、私のような独りは、本当に誰も友達がいない。顔見知りすら誰もいないんだ。この絶望的な人脈の少なさ、それとともに絶望的な社会性の薄さ。二つのセットでようやく「ぼっち」認定を受けることが出来る。
私こそが、正真正銘のぼっち認定を所持する独りぼっちなのだ───────
孤独のディベートに勝利した高揚感を味わう私の顔は、引きつるような笑みに変化していた。そのころには既に、例の会話をしていた二人はいなくなっていたのだったから笑える。私は全くそれに気付かないまま、不細工なアホ面をぶらさげていたんだっけ。
今となって冷静に考えると、単なる嫉妬だったのかもしれない。だけどやっぱりおかしいよな。そもそも好きピってなんだ?言葉の端々に専門用語みたいなもんが組まれていて意味わからん。
てか、早く前のカップル進んでくれよ。
川を挟んだ夜桜がライトアップされ、一度目に入れると、二度と忘れることが出来ない絶景を作り出していた。
前のカップルもやはりこの絶景に圧巻されたんだろう。1秒刻みにシャッター音を鳴らしては、見つめあって微笑んでいる。カップルは、次の桜、また次の桜というように、一つ一つ丁寧に写真を撮って、また次に歩んでいくわけなのだったが、幸せ絶頂のムードをぶち壊そうとする残酷な問題が、この時に発生していた。
問題とは、私たちが一歩を刻む道の幅は、大人が一人通れるかどうかの狭さで、言うならば「通せんぼ」状態になってしまっていたこと。前のカップルはそれに永遠と気付かず、また次の桜の、なんなら絶対後で見ないであろう部分までドアップにして、激写をしていた。
もうそこまで来たら動画にしろよという葉の一瞬の動きでさえも、また激写をする。
ここまでくるとドキュメンタリー映画でも作るつもりなのだろうかと思えてくる。ちょいまち、まずいぞ。また私の性格が折れ曲がりそうになってきたぞ。いや、既に折れ曲がってるのかな。胸のモヤモヤを覚まそうとしながら、私は唇の破れかかった皮を歯で噛み千切っていた。
そんなことをしていると、後ろからやってきた全く面識のない新種のカップルが、とある要件を告げに、私に話しかけてきた。
「あのー。すいません。」
「ん?なんかありました?」
サングラスをかけた彼氏らしきイカついやつが、物凄く腰を低くして私にこんなことを言ってきた。
「前の人たちにもうちょっと早く歩いてもらえませんかって、言ってくださいません?」
「え?」
え、いやいや。いやいや、なんそれ。は?何その人間ドミノみたいな形式。バリっバリに金髪のサングラスの兄ちゃんが言うことなのだろうか。逆にメンタル強いまであるだろう。
そもそも私は、超絶イチャラブしているカップルたちに挟まれて、孤りで花見に来ているガチぼっち。その私に腰低く話しかけてきたと思いきや、気まずいから話しかけては、どう考えたっておかしいだろ。なんで私には話しかけれるのに、ちょっと先を行くやつらには逆らえねえんだよ。
まあ仕方ないから、一応オッケーしとくか。言わないとな。
「おっ、おっけーでえす・・・・・・。」
最大限の笑顔を頬から目まで滞りなく演じたのち、私は前を向いて、サンダルを履いた彼氏っぽい人に勇気を振り絞って話しかけた。変わらない演目を披露する、第二部公演が始まったのである。
「すいません、ちょっとだけ速く進んでいただけることで出来たりしますでしょうかっ!!」
顔が熱い。なんかわかんないけど、こんなに緊張するもんだっけな人に話しかけるのって。
一言一言を進んでいくにつれて、私の体温が1度ずつ上昇していったような気がした。つむじからつま先までが沸騰して泡を生し、放たれた言葉は空気の中で温度差に苦しんでいた。
「あっ、、すいません!!もう行こ、しお!」
「うん・・・・・・。」
「えっえ、え、いやあの、そんなに急がなくても大丈、、」
私の言葉がこれほどまでに人を動かしたことは初めてだった。動かしたと言えば聞こえはいいけれど、どう考えたってマイナスに動かしてしまったのは確かなことだ。彼氏の方は最後まで頭を下げていたので気にならなかったが、彼女の方はなんだか泣きそうにしていたのが、特に最後の手を繋いだところで見えてしまった。
私はこんなに人に干渉をしたことはなかった。干渉をしたにせよ、どうせ孤独のディベートが始まるだけで、それ以上の進展も後悔も生まれないので、何にも意味がなかった。だが私は今、後悔をしている。
あの娘の頬が震えていた事と、薄らと涙が垂れてきそうな目をしていた事。この二つの事実は、あの彼氏よりも誰よりも私が最速で確認し、胸から胃までに在中する臓器を、いつもよりも何倍にも重くさせたのだった。
「これが後悔・・・・・・。」
「あのーすいません、早く進んでもらっていいすかね、」
「あ。すんません。」
後ろにいたカップルに今度は自分が急かされ、川の流れるように、私の体はいつの間にか、夜桜のライトアップゾーンを抜けた橋の上に止まっていた。
川面が薄く月光を反射させて、その先に続く光のさまざまを受け取って流れていく。やっぱり絶景だ。
でも、なぜだろう。私は今、またあの彼女のことを揺れる水に映してしまっている。後ろのカップルのせい、ということにして流してしまえばそれまでの話。そうは思っていても、私の中にある重い荷が、そうはしてはいけないと言っているような気がして処理しきれない。
「後悔、」
無意識のうちにもう一度それを呟いていた。
人が橋に上っていくのを眺めながら、そろそろ帰ろうかと足を動かしたその時である。
「またいつか会えるよ。ぜったい。」
そう言ったのは長身の彼氏。先ほどのカップルが、夜桜のライトアップも、月の光も受けない、影だけの暗い空間にいたのである。
「・・・・・・そう、だよね。」
「うん!約束する!!」
「なら良かった。ずっと応援してるね。」
「ありがとう。なんかあったらすぐに電話して、」
「うん。。」
長身のサンダルを履いた彼の体に、向かい合わせに立っていた厚底のストラップシューズの彼女。厚底、私はなんでそんなの履くんだろうくらいに思って、スニーカーしか自分の家には置いたことが無かった。
だけど、その訳が分かったような気がする。というか、少なくともあの彼女の想いだけは、分かってあげなくてはならないような、やりきれない気持ちだけが私の中を流れていた。彼女は少しでも長身の彼に触れられるように、厚底を履いているのだ。
人ごみに紛れても、きっと彼は彼女を見つけられる。そして、見つけてほしいのだろう。
「ずっとだよ。」
彼の最後の言葉は、私には想像もつかない、バックグラウンドの上に成り立っているのだということだけは、理解が追い付いた。
私は彼、彼女らの最後の想い出を邪魔したのだろうか。どう思っているのだろうか。
思えば思うほどに後悔が積み重なっていく。
私は独りだが、どうか彼女だけは。いや、二人だけは、独りにならないでくれ。
そう願うことだけが、私が今できる精一杯のことだろうと思った。
独りよがり 学生作家志望 @kokoa555
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