責任の所在 ~思いがけない一夜の余韻は甘く残って……~

綾束 乙@『推し活聖女』漫画発売中

一夜の過ち


「待って! 待って、皆瀬みなせ!」


 声をかけられる前に帰ろうと思ったのに、追いついた高邑たかむらの大きな手に腕を掴まれる。


 そのまま、抵抗する間もなく、すぐそばの会議室に連れ込まれた。


 就業時間が過ぎた会議室は当然ながら無人で、ブラインドの隙間から春の夕陽がかすかに射し込むばかりだ。


「放して」

「嫌だ」


 できるだけ冷ややかな声で告げると、間髪容れずに拒否された。


 そればかりか、顔のすぐそばの壁に手をつかれ、壁と高邑との間に挟まれて動きを封じられる。


「皆瀬、ちゃんと話させてくれ。その、ゆうべのことは――」


「話すことなんてないわ」


 高邑の言葉を途中で遮り、顔を背けて刺々とげとげしい声を出す。


 真っ直ぐな視線が横顔に突き刺さるのを感じる。けれど、目をあわせては奮い立たせている意志がくじけそうな気がして、私は視線を逸らせたままわざとらしくため息をつく。


「謝罪が必要だっていうんなら深謝する。責任を問われるのが心配だっていうんなら、絶対に問わないって宣誓してもいい。だから、もう放してちょうだい。お互いにいい同期に戻りましょ」


 先週の金曜日の夜は、同期同士の飲み会だった。


 私も高邑も、年度末にちょうど大きな仕事が終わったところで、料理がおいしかったこともあり、ついついお酒が進んで……。


 でもまさか、高邑とあんなことになってしまったなんて。


 どんなに悔やんでも悔やみきれない。


 私を壁との間に挟む引き締まった長身。気を抜くと、金曜の夜に限りなく近い距離でふれあった熱が甦りそうで、私は視線をあわせないまま、この週末の間ずっと考えていた台詞を紡ぐ。


「金曜は、二人とも酔い過ぎてたのよ。お互い、大人なんだからなかったことにしましょ。ゆうべのことは一夜の過ちで――」


「おれは、過ちになんかしたくない」


 強い声が私の言葉を封じる。


 これ以上、視線を逸らし続けるのは許さないとばかりに、大きな手のひらが頬を包み、強引に高邑のほうに顔を向けさせられた。


 瞬間、高邑のまなざしが私を射貫く。


「おれは、一夜の過ちになんかにする気はない」


 一語一語、噛みしめるように高邑が告げる。


「いくつも段階をすっ飛ばしたことはどれだけ謝罪しても足りないけど、俺はずっと皆瀬とゆうべみたいな関係になりたかった」


 驚く隙さえ与えず、高邑が畳みかける。


「好きだ、皆瀬。新入社員の頃から、ずっと好きだった」


 心臓を貫くような真っ直ぐな告白。でも。


「ごめん、高邑。私は高邑といい友人で――、っ!」


「聞かない」


 断りの言葉は無理やり遮られる。高邑に深くくちづけられて。


 熱い舌が強引に唇を割って入り込み、私の舌を翻弄ほんろうする。


 金曜日の夜とは違う、お酒の味のしないキス。


 なのに、金曜の夜より、もっとずっと酔ってしまいそうで。


「……ふっ、んぅ……っ」


 勝手に鼻にかかった声が洩れてしまう。


 押し返そうとした手は長い指先にからめとられ、封じられ、長身が私を壁に縫い留めるように覆いかぶさって。


「俺じゃ、だめなのか……?」


 ようやく唇を離した高邑の切なげな声が鼓膜を震わせる。


「皆瀬が『恋人なんていらない』って常々公言してるのは知ってる。恋人にわずらわされるくらいなら、仕事に打ち込みたいって。たまに気晴らしの呑みに行ける友人がいれば十分だって」


 そう。高邑の言うとおり。恋人なんて求めていない。


 ようやく入社できた憧れの会社。


 仕事で認められるのが嬉しくて、挑戦するのが楽しくて。もっと打ち込みたい、のに。


 今日一日、まったく仕事が手につかなかった。


 気がつけば、考えているのは高邑のことばかりで……。


 こんなのは困る。緊急事態だ。これが続いたらとんでもない。


「……責任、とってくれるの?」


 気がつけば、私はさっきとは真逆のことを言って挑むように高邑を睨み上げていた。


「気がつけば、高邑のことばかり考えるように私を変えて……。この責任、ちゃんととってくれるの?」


 思いきり睨みつけると、高邑が目を瞠った。かと思うと、片手で口元を押さえる。


「ちょ……っ。それ、反則……っ!」


「答えになってな――」


 文句を言い終えるより先に、息が詰まるほど強く抱きしめられる。


「とる。いくらでもとる。仕事に真っ直ぐ打ち込んでる皆瀬のことも好きだから。中途半端な関係のせいで皆瀬を悩ませたんなら、そんなこと考える必要がないくらい俺の気持ちを伝えるから――。責任、とらせて?」


 甘く囁いた高邑が、腕をゆるめて私の顔を覗き込む。


 こいねがうように。甘えるように。


 引き込まれるように頷いてしまった私は、もしかしたらまだ週末のお酒が残っていたのかもしれない。


 そう考える間もなく、熱い吐息が肌をかすめて――。


 私は、ふたたび下りてきたくちづけに酔いしれた。


                                おわり


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