月光が失われた京の夜を、物の怪を見るあの男が駆ける――。

 月が消えた。欠けたのではなく、消えた。陸奥帰りの文章生・小野篁は、物の怪を見ることができる能力と、蝦夷とわたり合った経験のある豪胆さゆえか、奇怪な事件に巻き込まれていくことになる。
 剛直(すぎてちょっと笑えるところも)な篁の言動と、何かが潜んでいそうなぽっかりと暗い闇夜の描写が、読みやすい文章の中で強烈な印象。なぜ月が消えたのか、元に戻すことができるのか、スリリングな事件の推移は、この文字数の中できっちりと描きこまれて、物語の密度も高い。小野篁といえばの有名エピソードもさりげなく織り込まれ、知っている人はニヤリの箇所も。
 平安初期、かの藤原道長の登場する時代まではまだ遠いとはいえ、予備知識一切不要。和風ファンタジーの夜に幻惑される快作。読了後、ふと夜空に月を確かめたくなる。