第10話 おかえり、シンジュク

 世の中、嬉しい偶然ってのはあるものだ。


 ここはニューシンジュクバベルタワー十三階、個人経営の居酒屋「うつすなり」だ。

 L字型のカウンター席と壁に沿うように置かれたテーブル席、暖色系のライトで照らされた店内は少し薄暗く、店内BGMとして俺のよく知るポップスが流れている。

 ここは、俺にとって思い出の店だ。

 ニューシンジュクに来てから大して経ってないのに思い出とは変な話だが、かつて俺が成人した時に初めて兄貴と酒を飲んだ店が、何を隠そうここ「うつすなり」だったのだ。


 チャンネル登録者数十万人記念って事で祝勝会を行いたくて居酒屋を探していたんだが、まさか思い出の店がほぼそのままの雰囲気でニューシンジュクにも現存しているとは思わなかった。

 俺の個人的理由で店を選んでしまって鴉灯あとさんには申し訳ないが、どういう訳か今はダンジョン産の食材や独自ルートで仕入れた日本酒を提供する隠れた名店になっているらしいので、思い出補正を抜きにしても良い店なのではないだろうか。

 

「この曲、結構昔の曲ですよねー。確か2020年代の……小学校の頃とかに流行っていた気がします」

「昔……そうか、昔か。そうだな……」

「最近たまに思うんですけど、純人さんって何歳なんですか? 最初は私と同じで二十代だと思っていたんですけど、微妙に違和感があるんですよ。最近転移してきた人にしては変というか」


 店のおすすめらしい謎の果実酒を飲みながら、鴉灯あとさんは爆弾を放り込んでくる。

 いずれ避けては通れない話だと分かってはいた。

 俺の享年は二十歳、そこから転生し歳を重ねて今は二十三歳。

 2030年代や2040年代についてはネットで調べたつぎはぎの知識しか持ち合わせておらず、つい最近ニューシンジュクに転移してきたと言えば当然ボロは出る。

 配信ではある種のマナーとして「地球時代についての話題を出さない」事が一般化していたお陰で問題はなかったが、身近な人に対して積み重ねた嘘から目を背ける事はできない。


「俺はこう見えてミステリアスなキャラなんだ、そりゃあ変な点も多々あるさ」

「また誤魔化した。最近はずっとそんな調子ですね、随分と私に知られたくない秘密があるみたいで」

「……それより、ユニークスキルについての情報は見つかった? 使ってみた感じ他のスキルと大差はないけど、意味もなく固有ユニークだなんて前置詞をAIが付けるとは思えない」

「残念ながら真偽不明の書き込みが数件あった程度です、後で送りますね。じゃあ、本題に戻りましょう」


 初配信から二週間経って変わったのは、チャンネル登録者数だけじゃない。

 ドロップアイテムを換金して得られる冒険者としての収入もあり金銭面の悩みは無くなったし、十二時間ぶっ続けで配信できる気力、体力、そして滑舌を手に入れた。

 一日に平均して3回の配信を行い、大量の公式切り抜きでSNSを埋め尽くす二人物量デスマーチ大作戦は複数回のバズと、戦友と呼ぶべき絆を俺達に与えてくれた。

 絆はいつしか昔馴染みのような距離感に変わり、やがて遠慮のない苛烈な追及として俺に牙を向く。


 一体どこで怪しまれたのか。

 デスマーチの最中、故郷の菓子だとして魔石を粉々に砕き、お好みの果実と共に飴で固めたものを差し入れとして作ったのが駄目だったか。

 魔力と糖分を同時に補給できる優れものだが、そもそも魔石を食べる文化はセル・ウマノ以外のどの地域にもない事を失念していた。

 編集作業のお供に欲しいと言ってくれたのでスルーされたのだと思っていたが、そんな訳ないな。


「────貴方は、何者なんですか?」

「聴いたらいよいよ引き返せないよ。多分、色々な面倒事にだって巻き込まれる。最初に関わったんだから地獄まで、なんて無責任な事を言うつもりはないんだ」

「まさか。私の勘が、貴方の輝きが本物だったと証明されたんです。私が邪魔になるその日まで誰よりも側で見ていたい、それだけが私の望みなんですよ。だから、教えてください。隠さないでください。どうか、何もない私にも背負わせてください」


 どうにも大仰な言い方で、鴉灯あとさんは俺に問いかける。

 足でドローンを操作し、ナビゲーターとしても優秀で、更にそれらの仕事と同時並行で切り抜き動画の編集を行える魔術師もびっくりのマルチタスク能力、しかも魂に対する優秀な知覚能力まで備えているのにとは随分とおかしな自己評価だな。

 しかし、ああ、俺は見誤っていたらしい。


 俺を配信者として仕立て上げた日から今に至るまで、ずっと八雲やくも鴉灯あとは本気だった。


「参ったな、人からそう熱意を向けられるのは慣れていないんだ。俺はいつも誰かのオマケ、食玩の菓子の方みたいな扱いだったから。馬鹿げた話だけど、ちゃんとノンフィクションだから信じてほしい」

「もちろん」


 徳利からお猪口に澄んだ日本酒を注ぎ、一口で飲み干す。

 鴉灯あとさんの眼の輝きがどろりと重い光に変わったのは一体いつからだったろうか、それとも単に酔いと疲れが原因なのだろうか、別になんだって関係ないな。

 鏡で見た自分の眼と少し似ていたから、変な気分になっただけだ。

 気休め程度の魔術で、話が他の席に漏れないよう細工する。

 

 もう一口だけ酒を飲んでから、俺は意を決して口を開いた。


「自己紹介をしよう。知っての通り俺は指月純人、は二十歳。新宿生まれ新宿育ち、特に特技もないし誇れる能力もない、平凡だけど恵まれた普通の大学生だった」


 こうして、人に全てを伝える為自己紹介という形式を選ぶのは三度目だ。

 

「しかし死んだ、そして異世界に転生した。未だに自分でも信じられないが、俺はここティエラ大陸のとある国家で第二の生を受けたんだ。ここ……ニューシンジュクの、外の世界に」


 一度目は、全てを見透かされて渋々と姉相手に。

 二度目は、友情の証として最悪で最高の友人に。


「自己紹介をしよう。俺の名はオレシ・パライソ=テレナール、パライソ=テレナール家の長男で、セル・ウマノ学院国家の上級講師にして、ニューシンジュクに訪れた外交官だ」


 三度目は、怠惰に沈んでいた俺を引っ張り上げてくれた恩人に、信頼の証として。


「────そっか。その様子だと、まだ誰にも言われてなさそうですね」

「どうやら信じてもらえたらしい、が、何の話だ?」

。確かにニューシンジュクはかつての新宿から変わり果て、私もかつての新宿については詳しくありませんが、それでも。……誰かが言うべきだって、思ったんです」


 いつも通りの気が抜けた笑顔で、鴉灯あとさんはその言葉を投げかけた。

 おかえりなさい、と。

 不意に視界が歪む。

 目元を手で押さえ、声を押し殺しながら、俺は静かに涙を流す。


 オレシ・パライソ=テレナールの生きる目的は単純だった。

 その目的こそが、ニューシンジュクシティへの帰郷だ。

 最初は、かつて死んだ指月純人の人生を取り戻そうと思っていた気がする。

 けれどもオレシ・パライソ=テレナールとしての人生も充実し始めて、前世の歳をいつの間にか越してしまって、それでも前世との繋がりを求めていたのは何故だったのか。

 クソみたいな劣等感に苛まれないよう目を背けていただけという可能性も否定できないが、多分それだけじゃないし、もっと単純な理由だったんだと思う。


 ただ故郷に帰って、誰かに一言「おかえりなさい」と言ってもらいたかった。


「────ただいま」


 オレシ・パライソ=テレナールの生きる目的は達成された。

 ありふれた異世界転生の物語は、ちょっと変わってしまった故郷に帰り着き、結末を迎える。

 昔住んでいたマンションはもうないが、思い出の居酒屋はたまたま残っていて、自分の家族には会えなかったけど、新しく出来た友人に歓迎される。


 めでたしめでたし、ハッピーエンドだ。


 ◆


 けれども、一度エンディングを迎えた程度で人生は終わらない。

 何たって、階段を踏み外したせいで俺は一回デッドエンドを踏み抜いたんだ。

 なのに生き汚く第二の生を迎えてヨロシクやってるんだから、人生の蛇足には一家言ある。


「……ようやく泣き止みましたね。良かったー、てっきり泣き上戸でこのままかと思いましたよ」

「これに関しちゃ俺は悪くない、あんな事言われたら仕方ない。ああもう恥ずかしいな、それ以上言われるとまた泣くぞ。大の大人がみっともなく泣くぞ?」

「もう散々見ましたよ。そうだ、今まで通りか、それともオレシさんと呼んだ方が良いですか?」

「お好きなように。パライソ=テレナールさんでも別に問題ないよ」

「流石に長すぎます。それじゃあお言葉に甘えて、今まで通り純人さんって呼びますね」


 色鮮やかな刺身の盛り合わせをつまみながら、変になった空気を何とかしようと口を回す。

 たまたま知っている居酒屋を見つけて一人テンションが上がっていた所から、いやはやどうして身の上話を語りながら大泣きする事になったのか。

 泣き上戸だった父親の事を小学生時代に笑っていた記憶があるが、悲しいかな今の俺は間違いなく無邪気な小学生に笑われる側のおじさんである。

 

 思えば、鴉灯あとさんと出会ってからまだ二ヶ月も経っていないんだよな。

 友情は時間で決まる訳じゃないとはよく言ったもので、人生は分からないものだ。

 やはり二人物量デスマーチ大作戦を乗り越えたのが関係の秘訣か。

 思えば思う程馬鹿みたいなスケジュールだったよ、なんて再現性のない信頼関係なんだ。


「俺の目的も共有しておこう。セル・ウマノの外交官って事でニューシンジュクにおける活動基盤を整えたいんだけど、その為にも人探しをしなくてはならない。うちの国王や総理大臣に当たる人物がニューシンジュクへ行き失踪したから、まずはその人を探さなくてはならないんだ」

「わーお、国のトップが失踪とか大変そうですね。後で詳しく聞きましょう、私もちょっと探ってみます。活動基盤というのは? もしかして、国家公式チャンネルでも作るつもり、とか?」

「……! それはアリだ、また後で話し合おう。元々、ニューシンジュク政府にセル・ウマノの外交官を認知させる為に、まずダンジョン配信者として影響力を持とうとしていたんだ。鴉灯あとさんの誘いを利用するような形になったのは、申し訳ないと思っている」

「別に良いですよー。純人さんが私の誘いに乗ってくれたのは、私の身に余る奇跡だったんです。例えどんな思惑があろうと、その価値は揺らぎませんから」


 国家公式チャンネルとは響きが面白いが、確かに効果的な手段だ。

 元より相当数のファンが付いたら指月オレシに「セル・ウマノの外交官」という肩書きを付けて活動する予定だったが、国家の名前を背負えるのならそっちの方が影響力がある。

 ニューシンジュクで好き勝手しても恐らくお叱りを受けて首が飛ぶ事はないし、不服ながらセル・ウマノには幾つかの強力な後ろ盾がある。

 考えておこう、ついでに大使館と称して住居をグレードアップする計画も秘密裏に進めよう。


「そういえば、事務所ギルドへの所属は行わないんですか? 配信者としてはともかく、冒険者としてはメリットも大きいですよ。それと、冒険者資格の昇級も」

事務所ギルドはどうしても人間関係がなあ……立場上、深く関わる相手は減らしておきたいんだ。俺への火の粉が他者へ飛ぶのも、その逆も頂けない。昇級は気が向いたらかな、結局一級にでもならないと特にメリットはないし、第一ダンジョンの探索は俺の主目的じゃない」

「つまり、今は配信に集中するという事ですね」

「そういう事。デスマーチは一旦終わりだけど、今後とも宜しく頼むよ」


 店内に流れている俺にとっては馴染み深いポップスに耳を傾けながら、日本酒を味わう。

 チャンネル登録者数十万人を記念した祝勝会というお題目をすっかり忘れていたが、まあいいか。

 だが、一つだけ気になる事がある。

 特段聞き出すほどの事でもないからスルーしていたが、鴉灯あとさんが端のテーブル席をちらちらと見ていたのは、一体全体何の為なのだろうか。


 そのテーブル席には黒髪の四十代と思われる極めて普通の男と、美しい白髪を垂らした女性が向かい合って座っている。

 失礼だが男とは不釣り合いに思えるし、一体どういう関係なのか。

 女性の顔こそ俺達の座っている席からじゃ見えないが、その女性の姿は確かにどこかで見た事がある、気がしないでもない。


 どう頑張っても思い出せないし、まるで魔術にかかったみたいにので、きっとどうでも良い事なのだろう。


 


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よもやま話『指月純人』

享年二十歳、階段から転落し頭を強く打った事により死亡した。

父、母、兄の四人家族で、家族仲は良好。

兄とは二歳差で互いに一人暮らしではあったものの、同じく新宿に住んでいた為よく食事に行っていた。

とある大学で言語学を学びながらカフェでアルバイトを行い、親の仕送りで酒を飲む生活を送っていた。

平凡だが非常に恵まれていると自分を評しており、友人からの評価も「純粋で普通に良い人」といったものが殆どである。

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学院国家の外交官、新新宿市《ニューシンジュクシティ》へ行く 不明夜 @fumeiyo

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