第9話 正体見たり糸柳

 たくさんのは、ずっと、俺へ向かって手招きしている。

 

:怖

:霊感なくて良かった、こういうのがずっと見えてる生活とか終わりだよ

:無理無理無理


「だから言ったんだ、映すかどうか迷っていると。これで怖いもの見たさに紅糸柳の泉へ訪れる人が減ればいいんだけどな。悪霊に餌をやるのは、皆が思っている以上に良くない事なんだ。このまま育っていたら……いや、やめよう。そんな事より、どうやって除霊するかの方が問題か」


 真っ赤な泉に寄り添う様にたった一本だけ生えた、赤い葉の糸柳。

 その垂れた葉に隠れるようにしてはびっしりと重なり、絡み合いながら、生者を取り込もうと必死に招き寄せる。

 地面から、幹から、枝から、葉から、手から。

 その手はどこからでも生えている。

 そうして幾千にも重なった青白い手から垂れた血は、糸柳と泉を赤く染めていた。


「────偏在する手の集合体。周辺を己の血で赤く染め、現世に干渉する悪霊。ここで一つ豆知識を言っておくと、人や動物の姿をしていない悪霊は基本的にヤバい。ああそうだ、除霊の前に魂についての講義をしよう。スピリチュアルだけど雰囲気だけの話じゃない、ソーサラーなら知っておくべき大事な話だ」


:アレを背景に雑談を!?

:常時後ろ後ろー!状態なの笑うしかない

:肝が座ってるというか何というか……

:一般ソーサラーワイ、魂とか言われても訳分からなくて困惑


 仮称、糸柳の悪霊をじっと見つめながら、セル・ウマノにいた時を思い出しつつ話を始める。

 この場に黒板は無いし、人の話を睡眠導入に使って眠りこける学生も居ない。

 そいつに投げる為のチョークも当然無いが、代わりに1000人強の視聴者が俺を見ている。

 これまでとは比べ物にならない人数だ、緊張するな。


「初めに、大前提として魂は存在する。心臓や脳を肉体の核とするのなら、魂は存在の核、弱点だ。一寸の虫にも五分の魂とはよく言ったもので、あらゆる生物、そして非生物たる物質にすら魂は宿っている。死体にすら魂は残っているが、葬儀によって消滅し、あの世やら来世やらに送られる。多くの魔法は、こうした魂への認識を基本として運用されている」


 嘘である。

 正確には嘘じゃないし、嘘であってほしくもないが、確証はない。

 ニューシンジュクの冒険者がダンジョンに潜る事で得るという「魔法」と、セル・ウマノ学院国家で探求されてきた「魔術」が本当に似た性質を持っているのかは、調べてもよく分からなかった。

 セル・ウマノからの客人は俺が二人目、そして一人目は消息不明の捜索対象たる前学園総長なので、魔術と魔法を比較した話がないのは当たり前だ。


 もし、今回の話が間違いだと有識者が訂正してくれるのなら、こちらとしても願ったり叶ったりである。


「では、魂が消滅すればどうなるのか。答えは簡単、魂が宿っていた物質そのものが消失し、魔法の源たる万能のエネルギー……に置き換わる。この消失現象は多くの人にとって馴染み深いものだよ。ダンジョンに現れるモンスターが紫の塵になって消える、アレだ。魔石やら体の部位がドロップする理由は俺が知りたい、しかもドロップアイテムにはちゃんと魂が宿ってる……訳が分からないな」


:塵になって消えるやつ、ちゃんと理由があったのか

:言ってる内容マジなの?教えて有識者

:この人、シンジュク魔法研究所の研究者とかじゃねえだろうな???


 コメント欄であらぬ疑いをかけられているな、論文の閲覧に一級以上の冒険者資格が必要だなどとふざけた条件を付けていたシンジュク魔法研などと一緒にされては困る。

 

「次、魂を消滅させる方法だ。最も一般的なのは、魂の宿っている物質を完全に消し飛ばす方法だ。拠り所の無くなった魂は消滅してしまうが、この方法だと魔力に置き換わる物質もないので何も起こらない。もう一つは、物理的に触れる事が不可能な魂を魔法で傷付けて破壊する方法。難易度こそ高いが、魂の位置さえ観測できるなら便利だよ。あ、熟練のソーサラーなら魂を守れるから安心してくれ」


:ソーサラーワイ、言われている内容を何一つ知らず咽び泣く

:何に安心すれば?

:つまり一般人は死ぬと


 話しながら、ひたすらに悪霊を凝視する。

 

 唐突に講義を始めたのには理由がある。

 除霊の方法も二種類、魔力で構成された霊体を片っ端から魔術で破壊し続けるか、一点突破で霊の核である魂を破壊するか。

 俺は単純に破壊力が高い魔術を持ち合わせていないから、あれだけ巨大で危険な霊は魂を破壊する方法でないと除霊できない。

 なので講義によって適当に時間を稼ぎ、実演としてカッコよく除霊しようとしたのだが、一つ問題が。


 魂、どこにあるか、分からん。

 見えない。

 まーじで見えない。

 実を言うと、俺は観測魔術と呼ばれる類の魔術が非常に苦手だ。

 魂の位置なんてぜんっぜん探れない、頑張ってみたけど無理そうだ。

 

 どうしようもなくて困り果てながら、一応は話を続ける。

 どうにかなるとも思えないけど、可能な限り時間を稼ぐ。

 永遠に続くように思えた地獄のような講義の時間が、五分ほど過ぎた時だろうか。

 ニューシンジュクでの生徒一号として、偶然にも救世主は現れたのだった。


「今、誤魔化すために話していますよね? たぶん私、見えていますよ。純人さんの言っていた魂は……ずっと私が見てきたものじゃないかと思ったんです。確証は、ありませんけどね」

 

 インカムマイク越しに届く自信なさげな鴉灯あとさんの声が、今は女神のようにも聞こえた。

 救世主。救い主。

 嗚呼、放送事故を防ぐ者よ!


「あれ、少しマイクの調子が……」


 適当な演技をしながら配信音声を切り、口の動きが見えないようドローンに背を向ける。


「恥ずかしながら、俺には魂なんて見えていない。だから……鴉灯あとさんを頼る、すまない」

「分かりました。……あの糸柳の下、地面の中が────きらきらと、輝いて見えます」

「了解」


 稀に、生まれ付き魂や魔力を強く知覚できる人間が居る。

 勘が良いとか、霊感が強いとか、第六感が有るとか、そういう人間を表現する為の言葉はありふれていて、程度の差はあれどその言葉は大体本当だ。

 鴉灯あとさんが実際どうかは知らない。

 が、俺の事を誰よりもいると表現したのは、鮮明に覚えている。


 表現が一貫している、ただそれだけでも信じるには十分すぎる理由だ。

 

「すまない、ちょっとした機材トラブルだ。お詫びと言ってはなんだが、講義を終えて除霊しようと思う。話だけでは退屈だっただろうからね、悪霊を背景に話すのはダンジョン配信として異例すぎた」


:ようやく気付いたか

:今度からオレシ先生って呼びます!

:面白かったから定期的に講義してくれ

:除霊助かる、ようやく薄目で見なくて済む


 外套の裏ポケットの内の一つに手を突っ込み、中から直径二センチ程の透明な球を一つ取り出す。

 これこそが俺の切り札、六年前に友人から送られた手作りの誕生日プレゼントの残りであり、その正体は付与魔術を千年進歩させたとも言われる奇跡の物質。

 魂が存在しない有り得ざる物質、あらゆる付与魔術を際限無く受け入れる理想の素体。

 その名も、無垢の鋼。

 

『────序章、第一節』


 ティエラ大陸全度に伝わる、とある偉大な英雄譚を読み上げる。

 これは詠唱であり、儀式。

 物語をなぞり、模倣し、際限する昔ながらの魔術。


『彼の者は剣と共に産まれ落ち、万の夜を呑み干し、光へ向かった』


 勇者と呼ばれた一人の剣士が、魔王と呼ばれた魔術師を倒しに行くお話。

 魔術師弾圧の全盛期に作られた嘘っぱちのプロパガンダだが、どういう訳かセル・ウマノ学院国家でも広く親しまれている。

 かくいう俺も、この話が大好きだ。

 ニューシンジュクをこの目で見る、ただその為だけに生きてきた日々で、友人達と並びに心の支えとなってくれた分かりやすい勧善懲悪の御伽話。


『その一撃は音より疾く、竜より強く、炎よりも煌めいていた───』


 無垢の鋼に魔力が入る。

 概念が付与され、在り方が定められる。

 

『もし、御伽話が嘘だとしても。君、刹那の夢に浸りたまえよ』


 無垢の鋼が嘘に染まる。

 たくさんの魔術と理が重ねられ真っ黒に染まった球を、柔らかな白い炎が包む。

 炎は決して熱くない。


 糸柳の下の地面目掛けて、俺は球を軽く放った。

 

【ユニークスキル〈伝承付与エピックエンチャント勇者剣閃ヒーローグリント〉を記録しました】


 そして、全てが終わった。


 球は光の筋を残しながら悪霊の手に触れ、瞬きの間もなく重なった全てに風穴を開けた。

 地面を抉り、邪魔な幹にも穴を開け、悪霊の核たると魂を焼き切った。

 役目を終えた無垢の鋼は、地面の中で跡形も無く消え去る。


 全てが終わった後に、一度だけ轟音が響き、知らせる。

 今、勇者の一撃が再現されたのだと。


:今の音なに!?

:何が起こった

:どゆこと?

:全部CG説、あると思います


 悪霊の手がしなだれ、地面に落ちる。

 落ちた手から順番に、紫の塵となって消える。

 泉が徐々に澄み、美しい蒼に戻っていく。

 糸柳も、本来の青々しい緑を取り戻す。


「……これで一件落着だ。何が起こったか分からない? そういう人は明日くらいに上がるだろう切り抜きを0.1倍速で見るといいよ、俺もそうやって確認するつもりだ。ついでに友人にでもシェアしてくれ」


 糸柳に近付き、その立派な幹を軽く撫でてみる。

 辺りを見回してみたが、ドロップアイテムと思しきものは見つからない。

 どうして悪霊が生まれたのか、あの悪霊はモンスターではなかったのか、除霊した今となっては何も分からないが、今はこの泉が安全になっただけで良しとしよう。


「それじゃ、帰ろうか。行きに一時間近くかかったんだから、当然帰りも同じくらいの時間は覚悟しないとな。雑談のネタが保つかどうかは分からないけど、お暇な方はまだ視聴してくれると非常に嬉しい」


 その後、案の定いくつかのトラブルに見舞われたものの、無事に指月オレシの初配信は終了した。

 想定外のバズと伝説的記録、シンジュク魔法研究所の胃が痛むような講義、夜中に見たくない悪霊が含まれたこの配信は、ニューシンジュクにニュースターが到来したとして後日さらなるバズを生んだ。


 ……この機を逃すまいと張り切りすぎた結果、俺と鴉灯あとさんの二人で過労死一歩手前にまで踏み込んでしまったのは、また別の話だ。


 ◆


【ダンジョン配信】【紅糸柳の泉】五級冒険者のソーサラー、初めてダンジョンに挑む【指月オレシ】

最大同時接続者数:1492人

視聴回数:14万回

高評価数:6248


コミティス神歴1581年12月1日現在のチャンネル登録者数:11万人


 ◆


 初配信から約二週間で、第一の目標たるチャンネル登録者数十万人は達成した。

 だから、次だ。

 前学園総長ベル・コグニシオン捜索、並びに外交官としての業務開始が次の目標だな。

 やるべき事が多すぎる。

 当分は、休めそうにないか。




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よもやま話『オレシ・パライソ=テレナール』

セル・ウマノ学院国家4区の第2階位貴族、パライソ=テレナール家の長男。

幼少期から流暢に言葉を話し主体的に魔術師としての研鑽を積むなど、神童としての逸話も多い。

パライソ=テレナール家の次期当主に相応しい人物だが、本人はそれを拒否。

自分より優秀だからと姉を当主に推薦し、ニューシンジュクシティへと旅立った。

実の姉や友人に対する劣等感を抱いているが、一子相伝の継承魔術に匹敵する独自の魔術を幼少期に編み出すなど、学院の歴史に残る偉大な人物である事は間違いない。

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