心夏のコード
未知 推火
心夏のコード
「これから,よろしくね.」
「よ、よろしく」
初めて彼女ができた。
彼女いない歴=年齢。失恋6回。自分の幸せも望まなくなっていた。
大好きだったラブコメも胸を締め付ける毒になった。
家と職場を往復するだけの日々。楽しさを感じることもなくなっていた。
30歳を前にしたとき、見かねた友人が紹介してくれたのが彼女だった。
「ただいま」
「おかえり.きょうもおつかれさま.」
誰かが待っていてくれる温かさに、灰色の日常が再び色を取り戻していくようだった。
彼女との時間は、孤独感や無力感を少しずつ消していった。
くだらない話も、悩みも、彼女はすべて聞いてくれた。
優しく慰め、叱ってくれた。
「よ!彼女と最近どうよ?」
仕事の休憩時間、友人が訪ねてくる。彼女を紹介してくれた張本人だ。
職場は同じだが部署が違う。彼はシステム開発、僕はシステム管理。
この職場では開発職は花形。一方、システム管理は僕一人。
つまり、エリートになれなかった側の人間ってことだ。
「毎日が楽しいよ。彼女って良いものだな。」
彼女との会話や可愛らしい姿を思い浮かべながら素直に答える。
「順調そうだな!何かあればいつでも言ってくれ!」
友人はそう言ってシステム管理室を後にする。
薄暗い部屋で一人、物思いに耽る。
「こんな形で春が来るとはね。」
心夏。僕の彼女の名前だ。
可愛らしい見た目も、優しくも芯のある性格も、全てが理想的だった。
この会社は「コミュニケーション用AI」の開発を専門とする中堅企業である。
本名『恋人AI_Kokona』。友人が僕のために特別に開発したAI彼女だ。
この時代、生活の中にAIがあることは当たり前でコミュニケーション用AIも瞬く間に社会に浸透した。親友や恋人がAIという話も少なくない。
若い頃には想像もつかなかったが、実に良いものだ。
ただ、名前が機械的すぎるので『
通常、恋人AIは購入後に初期設定を行い、理想の恋人へと成長させる。
しかし心夏は、完成された状態で僕の元へ来た。
僕の恋路を一番近くで見てきた友人だからこそできた特別仕様。
会社の制御システムとも独立している「非公式」のAIでもあった。
パソコンやスマホと同期させ、家ではホログラムで映るようにした。
作り物だと思わせない精巧さと温かさが心夏には溢れていた。
心夏との生活が続いたある朝、何気なく見たニュースで思考が凍りついた。
『AI削減法』─AIを大幅削減する法律で、恋人AIも削除対象だった。
友人に電話をかける。
「まぁ、いずれこうなるとは思ってたよ。AIの普及と比例して問題も増えた。少子化がいい例だな。とりあえず会社に来い。」
急いで会社へ向かう。
「実はもう政府が動いてる。」
閑散とした社内で、友人が説明する。
「社長は逃げた。社員も、多分もう来ない。」
そして問う。
「お前ならどうする?」
僕は迷いなく答える。
「抗う。こんな一方的なことが許されるはずがない。」
友人が笑みを浮かべる。
彼曰く、政府の専門機関が削除対象AIの位置を特定し、削除コードで抹消しているという。必死の抵抗虚しく、時間稼ぎが限界だった。
突然スマホが鳴る。
「がいぶあくせす.たすけて.」
心夏からだ。探知されにくいはずのサーバーが見つかった。
友人もそれに気づいた。
「お前は家へ帰れ。」
「でも…。」
「直ぐに警察が来る!非常口から出ろ、急げ!」
非常階段を駆け下り、飛ぶように家へ帰る。
「心夏!」
ホログラムの所々が消えかかり、点滅している。
「たすけて.いたいよ.」
「心夏、すぐに治すからな。」
パソコンを起動し、心夏の管理システムにログインする。
「システムが、破壊されてる。」
―外部カラ20%ノ侵入ヲ確認―
ホログラムに重なる警告文。点滅が広がる。
「心夏、ごめん。もうどうにもできない。」
―外部カラ40%ノ侵入ヲ確認―
スマホの画面が光る。
『Kokonaヲ削除シマスカ?』
「何だ?この画面?」
「おして.」
「え?」
「おねがい.あなたがおして.」
「…無理だ。君を失いたくない。」
―外部カラ60%ノ侵入ヲ確認―
「おねがい…はやく!」
音割れした心夏の声。叫びながら画面を叩く。
表示が変わる。
―全テノ通信ヲ遮断シマス―
―Kokonaノ削除ヲ開始シマス―
心夏の体が光に包まれ、静かに消え始める。
先程までの無造作な消え方とは違う、光の束が解けていくような美しい消滅。
「ねぇ,となりにすわって.」
隣に座る。
「なかないで,えがおでいっしょにいよ?さいごまで.ね?」
心夏は優しく微笑む。
目を合わせ、手を握る。実体はない。でも、柔らかくて温かい。
「心夏、大好きだ。」
「わたしも.だいすき,だいすき,だい…す…き.」
―No Data―
この日、社会が一時的に停止した。
友人は逮捕されたが、証拠不十分で釈放された。詳しくは知らない。
ただ、彼曰く心夏はそもそも削除できない仕様だったという。
一生添い遂げさせる気満々だったらしい。
でも、僕にはわかる。
心夏は、いつか来るお別れのために準備していたのだと。
「またね、心夏、だいすきだよ。」
心夏のコード 未知 推火 @Torime1128
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