第4話



 星が瞬いている。


 本拠地に到着すると、ルシアはバイクから降りて、今度こそずっと詰めていたボディスーツのファスナーを喉元から胸元近くまで下ろした。

 風に煽られ続けた髪を整える仕草をして、後ろからやって来て、バイクを下りた後輩二人を見遣った。

 ここまで戻って来る最中、二人は言葉少なだった。

 ルシアは苦笑する。


「なんて顔してんのよ。メイ」


 常に明るいメイが言葉少なだと、ロゼットも自然と空気を読んで口を閉ざす。

「すみません」

 指摘されて、メイは慌てて身を正した。

「あんたがそんな暗い顔してると、チェルシーにも移る。私が湿っぽい空気嫌いなの知ってるでしょ?」

「はい……。」


「私がいつも言ってるのは【アポクリファ・リーグ】に出た以上は、ファンの為に必ず一つは見せ場を作ること! それで言えば今日は見せ場は作った。悪くない出動だったわよ」


処女宮バルゴ】は今日はポイントが入らなかった。

 それでも帰還する道中、ビルや通りからたくさんの声援と歓声を受けた。

 あの時最後で仕留められなかった瞬間はルシアも悔しくてたまらないが、そういうことはある。拘っても仕方ない。


「今日はよく戦えてた。

 悔しいと思うのはそこまで勝利とか、ゴールの手ごたえがあったから。

 それならまた同じことが出来る。

 でも落ち込んで萎れてたらそれも出来なくなるわよ。

 私も今日はかなりバイクは攻めたから、どうかなと思ったんだけど、

 チェルシーも最後まで遅れず付いて来てくれてた。

 いい感じだったよ」


 ルシアにそう言われて、どういう顔をすれば分からないというような感じだったロゼットが嬉しそうに敬礼で応えた。

 それを見て、メイも頷く。


「【処女宮】は十二州の中じゃ、色んな面で恵まれてる方よ。

 名門の伝統があり、ファンも多い。スポンサーも多くて資金も潤沢だし。

 多くの人が私たちに期待してくれてる。

 今日それが出来なくても、いつかそれに応えればいい。

 そのチャンスがいつ来るかは分からないから、

 だから私たちは毎日それに対して備えておく。

 今日はそのチャンスが来たと思ったから私は仕掛けた。

 後悔はない。仕掛けなかった方が、負けた気分になったわよ。

 今は満足してるから気にしなくていい」


「はい!」


 メイがもう一度頷いた。


「よし! じゃあなんか食べに行こう。昼食食べ損ねたもの。

 美味しいもの食べるわよ。こんな日に楽しく食べなかったら負けよ!」


 ルシアの言葉に、メイが声を出して笑っている。


「ルシアさん、私この前モルデの方に美味しい和食屋見つけました。

 味もちゃんと確かめたので間違いないです」


 ロゼットが言ったので、ルシアが頷く。


「いいわね。じゃあそこに行こう。

 チェルシーがそう言うなら絶対美味しいわ」


 ロゼットは親が料理人なのだ。

「今日、貴方がおちょくられた仇は絶対私がそのうち討ってあげますからね! 

 チェルシー!」

 メイの言葉にルシアが吹き出した。

「あのバカを相手にすると損するよメイ」

「分かっていますが、一番新人のチェルシーに圧を掛けて来るなんて許せません!

 必ずいつかやり返してやります!」


 メイは最初、有能で明るい所を気に入ってルシアが相棒に選んだ。

 ルシア自身はかなり気性が激しい自覚があったので、側には冷静で穏やかな同僚にいてほしかったからだ。しかしこうして数年共に仕事をやってみると、案外メイ・カミールは熱い所も持っていて、彼女の熱さに比べると自分の方が冷静だと思うこともある。


 メイが落ち込んでると、ルシアは逆に自分が明るくなくてはならないな、と思って何かモヤモヤしていることがあっても心の踏ん切りがつく。

 ルシアが激昂している時でもメイはぴたりと付いて来るが、顔に彼女は感情は出る。


 今日、何度か振り返った時、【獅子宮レオ】相手に先着争いをすると言ったルシアにメイは驚いた顔を見せたものの、瞳の奥は輝いていて、昂揚しているのが分かった。

 

 あそこで狼狽したり、無理だからやめよう、とか自分に言わないところがメイ・カミールのいい所だ。


 彼女らの悔しさは痛いほどわかるし、

 ルシア自身も今日は悔しさはある。


『絶対私が仇を討ってあげますからね!』


 確かにそのくらいの想いは持っていなければ。

 ルシアは気持ちのいい夜風に短い髪をそよがせ、大きく伸びをして笑った。




【終】

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