絶望
ドアを開けた先には案の定、男と女がいた。
女は私の妻だった。
私は思わず妻を問い詰める。
「ハニー、どうしてこんなことをしたんだ。俺はずっとお前を愛していたのに」
私の妻は私のことを驚くような、いや、恐れているような目で見る。
「だって、だってあなたは……」
その先の言葉は驚くものだった。
「戦争で、1年前に死んでいるはずよ」
その言葉に私の後ろにいた女店主も驚きの表情を浮かべる。
そしてもはや風景となっている筋肉質な男、ジョンも驚く。
「周りには隠してた。あなたはこの村の権力者の息子だから生きていた方が都合が良かったのよ。でも今更なんで……」
私はそのような状況になっていたことに驚いて、声も出せずにいた。
妻は続ける。
「それで、ニ年前に突然帰ってきて、浮気しまくってまた戦争に戻って行った薄情者のあんたが何の用?」
妻は嫌味ったらしく私に言う。
「ちょっと待て、マイハニー。一体なんの話だ?俺は戦争に行ってから今までここに帰ってきたこともないし、浮気をしたこともない。ずっと君を愛してたじゃないか、ハニー」
「あそこまで堂々と浮気しといてよく言えるわね。しかも、私のことをハニーって呼ぶなんて気持ち悪いわね。頭でも狂ったの?」
どうにも話が噛み合わない。
「頭は狂ってないはずだ。頭に傷もないし、俺は至って正常だよ、ハニー」
そこで女主人が口を挟む。
「なあ、あんた。一つ質問なんだが、試しにプラザ爺さんの趣味を答えてみてくれ」
私は答える。
「読書に決まってるだろう。雨の日はいつもプラザ爺さんは本を読んでるじゃないか!」
「……プラザ爺さんの趣味はボクシングだ。しかもそれは十年ほど前からだ。何かがおかしいと思ったんだよ。帰ってきて早々私をいつもと違う呼び方をしたし、パーティーを開くなんておかしなことを言ってる。お前さんは一回たりともパーティを開いたことはないよ。」
私は驚きすぎて口を閉じることができなかった。
そういえば、プラザ爺さんの体は結構筋肉質になっていた。
気のせいだと思っていたが……
「あんたはおそらく、頭が完全にいかれちまったか、別世界に来ちまったんだよ。そう考えれば全部辻褄があるさ。私から見たら頭に傷もないようだし、後者だと思うがな。あんた、どうやってこの星まで来たんだい?」
私は宇宙戦争から帰ってくるまでを思い出す。
ワープでこの付近の銀河系まで転移して、そこから宇宙船をいつも通りに操って帰ってきた。
……じゃあその前は?
なぜかその前の記憶を思い出すことができない。
そして、妻であるはずの女の顔を見て、私のマイハニーを思い出し、無理矢理記憶の蓋をこじ開ける。
……風景男ジョンが壁際でオロオロしているのが視界の隅に映る。
そして思い出す。
私は、戦争が終わったあと、敵国に捕まったんだ。
戦勝パーティーをしている時に奴らが侵入してきてそのまま……
そして、奴らはこう言っていた。
「お前らはこれからこの宇宙と似た宇宙に送り込む。理由としては、その宇宙がこの宇宙とどれくらい類似しているのかを調査するためだ。いずれ攻め込むつもりだからな。お前らには脳内にチップを埋め込ませてもらう。記憶操作と情報収集のためだ。ちなみにだが、もしお前らが自力でこの宇宙まで帰って来れたらその時は逃してやるよ。と言っても今まで帰ってきた奴は一人もいないがな。じゃあ行ってこい。同じだが違う世界に。と言っても、記憶を一回抹消するからこの言葉も覚えているかどうか怪しいけどな」
私は全てを思い出してしまった。
そして、思い出したことは、私の精神を狂わせるのには十分な内容だった。
やっと戦争が終わったのに、家族のもとに帰れない。
そして、もう二度と会えるかも分からない。
私は無意識の内に発狂する。
狂い、嘆き、叫ぶ。
自己防衛のためだろうか。
そして私は、意識を失う。
「さてと、こいつはどうするか。最近こういう奴が多くて困ってしまうよ」
女店主が言う。
「いつも通り例の研究所に渡したら?金も貰えるし、こいつは生きてることにはしたいけど、実際に生きていられたら困るのよ」
無情にも女は言う。
「はいはい、じゃあ金は山分けね。ばれない内にさっさとこいつを運びましょ」
「聞いてたでしょ、ジョン。これを研究所まで運んで」
「は、はい」
壁と同化していたジョンが答える。
哀れな男は運ばれていく。
そして、その男がそれ以降、再び目を開けることはなかった。
帰郷 OROCHI@PLEC @YAMATANO-OROCHI
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