引き寄せの法
白河雛千代
第1話
「引き寄せの法をやってみようと思う。試しに……」
「精神論じゃないの? あれ」
「ミサンガが有名だよね。腕に巻いたミサンガが破れるまで練習してたら、そりゃ願いも叶うでしょってやつね。でも結果として引き寄せたんなら、まぁ根性論でも成果はあるってことになるじゃん? ともかく……」
またしても大学の友人がこんなことを言い出して、僕は少なからず警戒してしまう。
「それで色んなことを引き寄せすぎた結果、悪いことも引き寄せてしまいましたとか、そんなオチはごめんだよ、僕は」
「良いことを願うつもりだよ。ところで、もしやるんだったら、君なら何を願う?」
「やっぱ彼女でしょ。綺麗でー可愛くてー痩せててー……」
僕が指折り数えながら挙げていくと、友人の視線が痛くなった。
「…………」
「……なに?」
「まぁ別に、いいけど」
友人は僕の回答を鼻で笑うような、どこかむすっとしたような複雑な顔で答えた。
「とにかく、彼女ができればいいんだ。へぇ。ま、頑張って」
「なんか怒って……」
友人はそう言うなり、数珠でも挟んでいるかのように手を擦り合わせ、宙に向かって拝み始めた。
「引き寄せたまえー引き寄せたまえー」
「引き寄せの法ってそういう……」
しかし、僕がからかいまじりに言おうとしたとたん、スマホが鳴る。
経済学部のA子だ。
「こんなに早くくるとは……」
と先に呟いたのは友人の方だった。
「まさか」
ともかく僕は通話に出てみると、この間のことを謝りたいというのと、そのお詫びを兼ねてどこかご飯でもいかないかというお誘いであった。
「偶然でしょ。早すぎやん、だって」
「卑屈禁止。いや哲学的な思索の結果ネガティブなら有り。けど、良いことが起きたなら素直に受け入れたら?」
「なんかもう、悪いことの前振りな予感しかしないけど……」
約束は取り付けてしまったので行かないわけにもいくまい。というわけで、大学生である僕はその日、キャンパス近くのファミレスの一席を借りて、A子と
A子は出会い頭に深々と頭を下げてきて、先日の非礼を詫びると、以降は気まずい状況もなく、思ったよりもずっと話しやすかった。多少、僕の方が彼女の話題に引っ張られている感じではあったけれど、それでさえ楽しい時間だと思えた。
「だから言ったでしょう? 考えすぎ。性格がでこぼこのほうが合ったりするし、磁石のSとNみたいな。なんか離れ難い関係ってあると思うよ」
「引き寄せあっている……ってこと?」
「そうそう」
すると、今度は友人のスマホが震えた。友人が対応し終えたらしいのを見計らって、何気なく尋ねてみる。
「緊急? 誰から?」
「うんにゃ。B太郎」
「B太郎って……」
僕の同学年で、同じ教育学部のやつだ。特別仲がいいというわけではないが、周りからはなぜかそんな風に思われる節がある。A子ともそんな話をしたばかりだった。
「え、珍しいね?」
「うーん。まぁ、ちょっと最近ねー」
「ふーん」
白々しい発言に露骨な聞かないでオーラを感じ取って、僕は追求することはなかった。
明くる日、同じコマの講義でB太郎を見つけて、僕はそれとなく聞いてみることにしたところ、
「あ? 別にお前に関係なくね?」
と、あからさまに入ってくんなオーラを放たれるが、僕はそのまま引き下がるのも惜しくて、
「彼女、オカルト系の話好きじゃん? でもお前、別に興味とかないだろ? オカルトなんて。僕はついていけるけど……」
「あー、ま、確かに。でも聞いてるうちにだんだん俺も、なんか面白くなってきてさ。彼女、変わってるけど、付き合ってみると結構、面白いよな」
「…………」
それからしばらくしたころ、僕はまさしく引き寄せの法の真価を体験することになる。
数えることもう三回目となったA子とのデート中、適当な飯屋で一服しているところ、対角線の席に僕は友人の姿を見つけてしまったのだ。それだけなら、まだいい。なんとB太郎と一緒にいるではないか。幸い、A子はまだ気付いてはいないようだ。
しかしながら、許せないとはならないし、なってはいけないだろう。こちらだってA子といるのだ。けれども、何だろうか。
なんかムカつく。
片方を引き寄せると共に、片方が離れていくとかそういうオチに向かっているのだろうか。あるいは、片方と離れざるを得なくなって、もう片方と付き合わざるを得なくなる……?
「ね、あれさ……B太郎くんもいる」
そこでA子も気付いた。
「なんかさ、いい雰囲気だね……」
「……あー」
「二人、付き合ってんのかな……ねぇ、B太郎くんってさ……」
A子がしきりに気にする素振りを見て、僕はようやく気付いた。彼女がほしいとは願ったものの、それが叶うのは僕だとは言っていない。そんなトンチみたいなオチでいいのか、とも思うけれど、人生万事塞翁がしかし肩透かし。僕の場合はそんなもんなのだ。
「A子さ、もしかしてだけど……B太郎のこと気にしてたりする?」
「え……」
A子は珍しくしをらしい対応で目線を泳がせていたが、やがて小さく頷いた。
「ちょっと待っててよ」
「え、でも……」
「僕、結構、こういう役好きなんだ。引き寄せる役っていうか、あはは……自分以外の誰かはね」
僕は対角線の席にまっすぐ進むと、B太郎の視界を遮るように卓の中央に手をついて言った。
「B太郎。A子が呼んでる。向こうの席。話したいこととかあるみたい」
「は? え、マジで?」
「早く行けよ」
意外にもB太郎はすんなりと言うことを聞いて、席を退くと、A子の元に一目散に向かっていった。
僕はその背を見送りながら、友人の対面にずっしりと腰掛ける。
「ふー」
「おつかれ」
「うん。期待してたのが、どん底って感じで疲れた。正直ビンタよりきついよ今。——ほらね。こういうのに頼るの自体間違ってるんだよ。やめやめ」
「……あれ、なんで?」
僕は珍しく察しの悪い友人の視線を導かせるように、対角線の二人の席を見た。B太郎が照れ混じりにA子に接近して、なかなかこそばゆい光景が展開されている。
「他人の恋、引き寄せてどうすんの。そんな風にさ、ちょっとズレるようにできてるんだよ、こういう呪法とかって」
「え、他人のでもなければ、大成功だと思うけど」
「え?」
項垂れた僕と対照的に、対面の友人は何事もない素振りでジュースを啄んでいるのだった。
引き寄せの法 白河雛千代 @Shirohinagic
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