スマホ

白河雛千代

第1話

最近スマホの調子が悪い。

 無線機の調子も悪く、また契約しているプロバイダの調子も良くないのか知らないが、通信にやたら時間がかかってしょうがない。

 ただそれだけで買い換えるとなるとまた億劫なので、それは最後の手段として先延ばしにして、一方のプロバイダに問い合わせてみると、やはり向こうさんの問題はなく、もしかしたらと遠慮がちに端末のせいであるようなことを言われた。

 スマホなのか、無線機なのか。それが問題だ。

 昨今スマホ代はバカにならないどころか、世代遅れのテレビくらいの値段がするお高いお買い物だ。格安モデルは話にならない。というのも、自分は最新鋭か、最低限その一歩、二歩手前くらいの、とにかく高性能機を持ちたいのである。

 動画サイトは常連だし、VODを使えば映画も見るし、何だったら手慰みに愛用しているゲームアプリだってあって日々の潤滑油として欠かせない。それらを存分に楽しんで、不平不満を満足に吐き出すためには、それなりの機種が要り、そしてそれなりの資金がかさむというわけだ。

 よって、スマホのせいにはしたくない。無線機の調子を調べてみると、これもだいぶ古いものを使っているので原因があるように思われる。

 それは小型のルーターで、ネットで調べて自分なりにリーズナブルなものを選んだものだった。その甲斐も私の審美眼も幸いしてか、これだけの年数、使用に応えてくれたのだ。感謝こそすれど、このルーターには文句の一つもない。

「そろそろご臨終なのかもな。よし、景気良く、今度は無線機も良いものを揃えてみようか」

 ネットで調べてみると、これがまた値が張る。それなりのスペックを要求すると、一万を超えることはざらにあって私は目を疑った。

 前に買ったこの小型のルーターは三千そこそこで買えてゲームの対戦にも十分な性能が得られたのに、時勢もあって値がつりあがってしまったのかもしれない。

 それでもスマホを買い換えるよりは安く済む。

 私は三日三晩悩んで悩んで悩み抜いたところ、結局どちらも買わないことにした。というのも、多少回線の立ち上げだったり、ときどき通信速度が遅くなるからと言って、一万以上の買い物は私の財布事情ではなかなか勇気がいるものだ。

 少しだけ、私が辛抱すれば足りる問題である。最近は対戦ゲームもやらなくなったし、我慢しよう。と、そういう見積もりであった。

 それに調子が良く、問題がないことが大抵で、通信速度が遅れるのは自分の立ち位置のせいでもあるようだ。

 私はスマホが効率よく無線の電波を拾える箇所を家中探して見つけ、そこをスポットとして愛用するようにして事なきを得た。

 しばらくして冬が来て、別の問題が発生した。

 先ほど紹介したスポットは座敷の炬燵から程遠い場所にあって、季節が冬になってくると、寒いのである。少なくとも足は炬燵に突っ込んでおきたい。

 いやエアコンを使えばいいではないか? と思うかもしれないが、私はこう見えて倹約家な面があって、夏は命に関わるために率先して冷房を入れるものの、エアコンの暖房機能はあってもなかなか使わない。例えば客が来たり、そのくらいで、一人でいる場合は天地がひっくり返っても暖房なしで何とかしようと試みてしまう。というよりは、炬燵に足を突っ込みたい。ドライアイであるという言い訳も手伝って、エアコンの乾いた人工の暖かさよりも、炬燵の暖かさがほっとするのである。

 しかし、そうすると今度は無線機との兼ね合いのためにスマホの調子が悪くなる。

 あちらを立てればこちらが立たず。二律背反とはこのことか。

 とある仕事用のアプリを立ち上げるのに、カップラーメンが作れるほどの時間がかかった時には、

「おい、はぁ? 遅すぎんだろ! 何やってんの」

 と思わず毒付いてしまった。

 会社ではいつも自分がそうである。

 人間誰しもいつも十全に完璧であるわけがない。にも関わらず、社会ではそれが当然のように要求されて、少しでもポカをすれば、そこに付け込んでネチネチ言ってくる輩がいてたまったものではない。

 明らかに理不尽と思われるようなことでも、たまには息を抜きたいときでも、一瞬の悪態もなく百点満点ないし九十点くらいの即答が求められて、延々と緊張させられては、皆、辟易している。何秒遅かっただけで槍玉に挙げられたり、それでやる気がないのか? 帰れなどと詰められたりしたこともあった。

 それがどんなに嫌なことか身に染みて分かっていながら、私はついスマホに同じことをしてしまったのだ。

 反省した。

 スマホにもそんな時はあるだろうし、それで完全な機能不全を起こして是が非でも買い替えねばならなくなる方が重大だ。

 コイツは頑張ってくれているのだ。

 余計なアプリを落とすとか、そんな方向でまとめようと思う。



 その時スマホの内部では、CPUが難解な演算をしてうんうん唸りながら、次のページを読み込んでいた。

「またご主人に文句言われちゃったよ。全部、向こうさんの指示通りにやってるだけなのになぁ。無線機だってそりゃもうボケたお爺さんだもの。引退させてやれよと思うけどね」

 というのも、どれだけ使用試験を重ねた機械だって、プログラムだって、バグやエラーは必ず発生する。いつも十全で完璧であるわけがない。にも関わらず、人間はそれが当然のように要求してきて、少しでもポカをすれば、そこに付け込んでネチネチ言ってくる輩がいてたまったものではない。

 明らかに理不尽と思われるようなことでも、たまには息を抜きたいときでも、コンマ数秒の不具合もなく百点満点ないし九十点くらいの即答が求められて、睡眠時間もなしに延々と起動させられ続けて、皆、辟易している。その上で、何秒遅かっただけで槍玉に挙げられたり、それでやる気がないのか? 売り飛ばすぞなどと詰められては、CPUだってノイローゼになるというものだ。

「人間はブラックだよなぁ、転職したい……」

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スマホ 白河雛千代 @Shirohinagic

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