暖かな春には

入江 涼子

第1話

  私は一人でアスファルトの道路を黙々と歩いていた。


 ぴちちと鳥が鳴く中、暖かな春の昼下がりにウォーキングをする。歩く道路には人影もまばらで時折、自動車が行き交うくらいだ。てくてくと行く。

 しばらくすると、小さな公園にたどり着いた。こちらにも遊ぶ子供達の姿はない。代わりに近所の人達がお花見にちらほらといるくらいで。と言っても、お酒は飲まずに喋りながらお菓子類やお茶などをつまむくらいだが。


(いいなあ、桜が綺麗に咲く中、友達と楽しそうだわ。私にもそう言う仲の人がいたらなあ)


 軽くため息をつく。けど、代わりに持っていた小さなバッグから、スマホを出した。パシャパシャと人が写らないように気をつけながら、桜や風景の写真を何枚か撮る。ひらひらと風により、薄ピンク色の花びらが散った。


「……あの、お姉さん」


「……はい?」


 ふと、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには一人の少女が不思議そうにこちらを見つめていた。じっと佇み、首も傾げている。


「何で一人でいるんですか?」


「え、暇だからかな。私、引きこもりだしね」


「はあ、お姉さんは寂しくないのかな?」


「うーん、寂しいのは寂しいけど」


「ならさ、あたしや皆でお花見してるから。一緒にあっちに行かない?」


「……え、あなたや皆さんの迷惑にならない?」


 私が言うと、少女は少しの間に考える表情になる。しばらくして、こちらを見た。


「うーん、じゃあさ。あたしと行って聞いてみようよ!」


「あ、あの?!」


 少女は私に唐突に提案してきた。そのまま、速足で行ってしまう。慌てて追いかけたのだった。


 五分もしない内に少女が言う皆さんのいる場所に行き着く。そこには三十代半ばとおぼしき男性や女性、さらにもっと年長と分かる女性もいた。たぶん、年齢は六十代前半くらいか。

 三人組はレジャーシートを敷き、座った状態でお弁当を食べている最中らしい。


「……あれ、陽音(はるね)?その人は……」


「あのね、一人で寂しそうにしてたからさ。連れてきちゃった」


「陽音、お前。まさか、無理やり連れてきたのか?」


 最初が女性で次が少女、最後が男性だ。私は仕方なく、自己紹介をする。


「……あの、初めまして。こちらのお嬢さんに声を掛けられまして。名前は嘉良田知草(からたちぐさ)と申します」


「あら、ご丁寧にどうも。娘が無理に言ってすみません。私共は都川と申します」


「あ、自己紹介をしてなかった。改めて、あたしが都川陽音(つがわはるね)で。左側の男の人がお父さん、右側の女の人はお母さん。それでお母さんの隣がお祖母ちゃんだよ」


「……初めまして、陽音の父で都川斎蔵(つがわさいぞう)です。娘が失礼しました」


「私は陽音の母で妻の晴海(はるみ)と申します、母は立子(りつこ)です」


「初めまして、嘉良田さん。孫娘がごめんなさいねえ」


「あ、一家で楽しんでおられるのに。すみません、私は失礼しますね!」


 そのまま、私は場を離れようとした。けど、立子さんが呼び止める。


「まあまあ、待ってください。孫娘が声を掛けたのも何かのご縁、私達で良ければ。お付き合いして行ってくださいな」


「いいんですか?」


「構いませんよ、さあ。まだ、お弁当はありますしねえ」


 私は立子さんのお言葉に甘え、レジャーシートの近くに行く。履いていたスニーカーを脱ぎ、陽音ちゃんと一緒に座った。


「……お祖母ちゃんが言うなら、しばらくお付き合いしてください。さ、おかずやおにぎりをどうぞ」


「ありがとうございます」


 お礼を言ってお母さんの晴海さんが小皿によそってくれたおかずやおにぎりを受け取る。割り箸も分けてもらい、食べさせてもらった。うん、卵焼きやウィンナー、竹輪の磯辺揚げ、ブロッコリーなどいろんなおかずはバリエーションが豊富で。おにぎりもわかめ鮭味やおかか入り、昆布の佃煮入りの三種類があり、どれも美味しい。卵焼きは塩入りで隠し味にマヨネーズを使ったと、立子さんが教えてくれた。陽音ちゃんもウィンナーを焼いたり、おにぎり作成を頑張ったと誇らしげに言った。ご両親もぽつぽつと私に話しかける。それに答えながら、楽しいひと時を過ごした。


 夕方になり、陽音ちゃんは皆さんで後片付けをする中、私が帰るのを見送ってくれた。


「誘ってくれてありがとう、楽しかったよ!」


「あはは、知草さんに喜んでもらえてあたしも嬉しい」


「じゃあ、バイバイ!陽音ちゃん」


「うん、バイバイ!知草さん」


 陽音ちゃんは手を大きく振りながら、にこにこと笑う。私も手を振り返す。それは彼女の姿が見えなくなるまで続いた。


 私は軽い足取りで家路を急ぐ。陽音ちゃん、明るいし良い子だったなあ。ご両親やお祖母さんも良い人達だったし。確か、陽音ちゃんは小学四年生になると言ってたかな。また、来年にも会えたら、今日の事で改めてお礼を言おう。そう思いながら、空を見上げた。桜の花が夕陽に照らされ、オレンジやピンクを混ぜ合わせた色に浮かび上がる。私は目を細めながら、足を進めた。花びらがまた、風に飛ばされるのだった。


  ――End――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暖かな春には 入江 涼子 @irie05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説