宅配アイドルでーす!

れんか

第1話

 宅配ピザを頼んだら、玄関に変な女が立っていた。

 インターフォンが鳴ったので、てっきりピザ屋だと思って、俺は二階から駆け降りた。台所に置いてある母親の財布からピザの代金を掠め盗って、慌ててドアを開けたら――。

「宅配アイドルでーす!」

「はぁ~? なにソレ? そんなの頼んでないから!」

 そういって、鼻先でバタンとドアを閉めた。

 誰だよ、あの女は? 宅配アイドルって何なんだよ!? ヒラヒラのミニワンピ着て、ツインテールのヘアースタイル。いかにもアイドルでございますって格好だったなあ…… どうでもいいけど、俺の頼んだピザ屋はまだか?

 いきなり、玄関先で歌声が聴こえた。

 インターフォンから覗いたら、あの変な女が歌っている。なんて迷惑な奴だ! 新手のストーカーか!? 

「おいっ! 人ン家の前で何やってるんだ」

「アイドルだもん。マイクがあったら歌っちゃうよ」

 マイク型のカラオケに合わせて、ダンスしながら歌っている。イラっとしてドアを開けて怒鳴った。

「迷惑なんだ! 帰ってくれよ」

「私、頼まれて、ここに来たんです」

「いったい誰に?」

「それは内緒でーす。うふふ」

「とにかく早く帰ってくれ!」

「イヤでーす!」

 文句を言ってもヘコタレない、強メンタルの女だ。これはもう実力行使でいくしかないと外へ飛び出した。

 そこへ、ピザ屋のバイクが停まった。

「お待たせしました。宅配ピザでーす」

 俺は代金を払ってピザを受け取った。女は横から物欲し気な顔で覗いていた。

 突然、アイドルのお腹がグゥ―――と鳴った。

「……おまえ腹減ってるのか?」

「うん。昨日から食べてない」

「ダイエット中?」

「違う。お金がなくて……」

 恥かしそうに、真っ赤なって俯いた顔がちょっと可愛いと思った。

「じゃあ、ピザ食べるか?」

「ハイ!」

 嬉しそうに飛び跳ねた。


 キッチンのテーブルで見知らぬアイドルと一緒にピザを食べた。

 うちは両親共稼ぎだし、弟と妹も会社や学校にいっている。昼間は俺だけがこの家に居る。いわゆる自宅警備員ってやつで、当然無職の俺に収入はない。このピザも母親の財布から代金を払った。

 ――俺の人生、どこで狂っちまったんだろう。

 大学までは順風満帆だったのに……就職して、初めて挫折を味わった。辛い仕事のノルマ、社内の人間関係、パワハラ上司……ストレスで体調を崩して一年で退社。

 求職のモチベーションが下がって、家族には資格の勉強するからと家に引き篭もった。結局、資格の勉強もしないで毎日ゲームとYoutubeで日長一日明け暮れて、昼夜逆転して部屋から出なくなった。

 かれこれ三年もヒッキーをやっている。以前は両親も働け働けとうるさく文句を言っていたが、最近ではもう諦めて顔も合わさなくなった。

「ご馳走さまでした」

 こんな風に誰かと飯を食べたのは久しぶりのような気がする。いつも深夜に俺の分だけ残された食事をレンジでチンして、自分の部屋でこっそりと食べていた。

「お礼に歌とダンスを見せるね!」

 そう言って、アイドルが歌いながらダンスを踊っていた。正直、上手いというほどでもないが、その一生懸命ぶりが俺を感動させた。

「おまえ見てると元気が出てくる!」

「アイドルですから……」

「自称だろう?」

「いいえ。本物のアイドルにきっとなります」

「頑張れよ」

 すると彼女は俺の手を取って。

「一緒に頑張りましょう!」

 爽やかな笑顔で言った。その言葉が俺の胸にジーンと響いた。

 誰かに励まされたのなんて何年振りだろう。働かない言い訳ばかりする俺に家族は呆れ果て、ついに存在を無視するようになった。

「このままじゃダメだって自分でも分かってる。……けど社会に出ていく勇気がないんだ」

「逃げないで! 失敗しても何度でもリセットできるよ」

「……そうだな」

「愛されるアイドルになれるよう頑張るから、一緒に頑張りましょう!」

 そう力強く宣言すると、彼女は手を振りながら去って行った。その後ろ姿はアイドルのオーラを放っていた。

 あの子の目はキラキラしたな、それに比べて俺の目は死んだ魚の目だ。きっと生きる目標を持っていないせいだろう。変なアイドルだったけど、あいつに勇気を貰った気がする。――俺の中で何かが動き出した。

「一緒に頑張ろう……かあ」

 取り敢えず、パソコンの求職サイトを覗いてみようと思った。


「大臣! 良い結果が出てますよ」

 ここは政府の少子化対策本部の片隅にある「ニート没滅プロジェクト」である。

 近年、若者たちの間では、働かない、結婚しない、子供できない、この悪循環で少子化が急激に進んでいるという調査結果がでた。

 ニートたちを家から引きずり出して、社会復帰させ、結婚出産させるために作られた特殊プロジェクトなのだ。

 その作戦に芸能プロダクションの売れないアイドルたちが動員された。

 ニートのいる家へ宅配アイドルとして訪れ、一緒の時間を過ごし、社会へ出ていく勇気と希望を与えるのが彼女たちの使命である。

「今回、アイドル作戦でニートたちに意識の変化が見られました。約70%が家から出るたいくめのアクションを起こしました」

「おおー! それは凄い」

 大臣は手を叩いて喜んだ。

「35%が求職サイトにアクセスしました。25%がハローワークに行き、その内10%は就職しましたから、このアイドル作戦を続けていけば、必ずや少子化対策に効果が出ると思えます」

「アイドルたちはどんな方法を使ったんだい?」

「震災以来、日本人たちに“絆”という意識が芽生えました。いかなる困難も『一緒に頑張りましょう!』と可愛いアイドルに言われると、さすがのニートも奮起したくなるようです」

「キーワードは『一緒に頑張りましょう!』だな?」

「ハイ! アイドルはファンと共に成長していくのです。ニートたちもアイドルと共に成長していこうとする意識が芽生えました」

「おお、若者たちよ! 未来は君たちの手に委ねられている。二次元も良いけれど、三次元にこそ本物の愛が存在するのだ。――まずはアイドルから始めよう!」

 少々、押し付けがましい大臣の言葉だが、日本の未来はアイドルたちがきっと救ってくれることだろう。

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