1−11
離宮に戻ると、リンが僕の元へ駆け寄ってくる。僕が医務室に行っている間に、僕が怪我をしてしまったことがリンの耳へ届いてしまっていたらしい。
「ノアディス様…。お怪我は…。」
「治してもらったから大丈夫。僕は平気だよ。」
リンや母様、アランに安心してもらえるように元気に返す。少し気だるい気がするけど、そんなことを言ってみんなをさらに心配させるのが嫌だった。笑顔を作ったけれど、なんだかリンには見通されてる気がする。さっとリンから目線をずらすと母様と目があう。僕の言葉を聞いて母様はなんだか安心したような顔をして僕を降ろした。
「ノア、あなたのことは私や父様が守るからね。何かあったらすぐに伝えるのよ。」
僕の頭を撫でながら母様はまたその言葉を僕に伝えた。母様は何度も「僕を守る」と言う。第2王子であり、体が弱くて魔力補佐装置が無いと歩くことすらままならないのに。ヴァルター兄様よりも劣っている部分が多いのに。なぜ。
「リン、ノアのことよろしくね。」
「はい。」
母様は立ち上がってリンにそう伝えると、アランと共に王宮へと帰っていった。
「さあ、ノアディス様お疲れでしょう。お部屋へ。」
母様の後ろ姿をぼーっと眺めているとリンがそう言って部屋の中へと促された。
「…うん。」
どうしても頭に浮かんだ疑問に答えが出なくて、心の中で母様に問いかける。なぜ、ヴァルター兄様よりも僕を大事に扱うの。なぜ、僕を守ると言い続けるの。なぜ、そんなにも僕を優遇するの。なぜ、なぜ、なぜ…。
「ノアディス様、」
「…あ、なに?」
「やはりまだどこか痛みますか?」
心配そうなリンの声と顔を見て、僕が母様の姿が見えなくなってからも動かなかったことに気がついた。
「ううん。ごめん、ちょっと疲れたみたい。」
そう言うとリンはもう一度僕を部屋に促し、僕もようやく足を動かした。
ヴァルターは、自室への道をトボトボと歩いていた。
ヴァルターの父である王は、ノアディスを「特別」だと言った。それがヴァルターには訳がわからなかった。何度頭をひねらせてもわからなかった。
王位継承をする確率が高いのは第1王子であるヴァルターのはずなのに、王も王妃も第2王子であるノアディスを特別視している。愛情も、ヴァルターよりもノアディスの方が注がれていることは本人もわかってしまうほど顕著だった。
王の執務室にヴァルターが呼ばれるときは何か問題が起こった時しかなかった。自ら執務室に向かいたくさんの良いことの報告をすることはあっても、執務室でゆったりともてなされることも、ましてや1人で執務室にいることもヴァルターは許されなかった。元々王は執務室に誰かを置いて行くことはしない。本人が退室する時には必ず鍵を閉める。あそこには重要な資料がたくさんあるため、ヴァルター本人がそのことに対して不満を抱いたことはない。母である王妃は合鍵を持っているため自由に出入りできるが、使用人はおろか王の身近な側近すらその鍵は渡されない。それほど、執務室は王宮にいる者達にとって神聖な場所である。
ヴァルターが王の執務室を訪れた時、ヴァルターは家庭教師に褒められたことを報告しようとしていた。次こそは褒めてもらえるかもしれない。もしかしたら今度こそノアディスよりも愛してくれるかもしれない。そんなことを思いながらドアをノックした。一度目は反応がなかったけれど、気づかなかっただけかもしれない。そう思いながらもう一度ノックをする。
すると、中から王ではない幼い声が聞こえてきた。頭の中が真っ白になり、ドアを押す。鍵はかかっておらず、スッとドアが開く。王がいないのに、鍵がかかっていない。その時点で嫌な予感がしていた。ドアが開くと、そこにはノアディスがいた。ノアディスの座っているソファには本やおもちゃが置かれている。
そのことを理解すると、いつの間にかノアディスを力一杯床に落としていた。
ノアディスは何か喚いていたけれど、ヴァルターの耳には届かなかった。聞きたくなかった。
王の執務室に1人でいられること、周りにおもちゃや本を置きゆったりと過ごしていたこと、そして今までの愛情の差、全てがヴァルターを怒らせる理由だった。
ヴァルターを見上げているノアディスの目には、恐怖と困惑の色が浮かんでいた。その目がヴァルターの自尊心を満たした。ヴァルターの方が力が強い、ノアディスはなんとか自分を守ることしかできない。その事実がヴァルターを高揚させた。やはり、自分の方が愛されるべきだ、と。歪んでしまったヴァルターの心はもう誰も直せないところまで来ていた。
もう一度ノアディスに向かって手をあげた時、何か強い衝撃を受けた。それが王の魔術だとは思いもしなかった。まさか、第1王子でありこれからをになって行く可能性が高いヴァルターを王が魔術で叩きのめすとは思っていなかった。
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好きな人が兄と結婚しました 川島嘘 @kawasimauso
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