全国一律240px解像度

ちびまるフォイ

見えなくてもわかってほしい

「ふあ……よく寝た。今何時だ?」


壁掛けの時計を見上げるが、

それらしい物体があることしかわからない。

ついさっきまで見えていた針や数字が見えない。

見えるはせいぜい黒いシミのようなものだけ。


「あ、あれ……? あ痛っ!!」


時計に寄った瞬間、足元に転がっていた何かを踏みつけた。

かがまないと何かすらわからない。


「ついに老化かな……眼鏡でも作りにいくか」


近所のメガネ屋さんで視力検査。

結果はあきらからだった。


「結果出ました。視力4.0です」


「……あれ? そんなに高いんです?

 でも今、店員さんの顔見えませんよ」


「ああそれでしたら、世界の解像度が変更されたんです」


「は?」


「今は一般人は解像度240pxが基本になっています。

 だから解像度が低く見えるのでしょうね」


「なんで!?」


自分の目が悪くなったわけじゃなかった。

世界の解像度が低くされていた。


メガネ屋さんを出ると、商店街はカップルで溢れていた。


もともとこの商店街は恋みくじ商店街と呼ばれ、

近所の浮かれカップルがよく訪れる聖地ではある。


「しっかし、今日の人通りはすごいな。それに……」


顔面落差のあるカップルも多かった。

すごくきれいな女性と、あまり見た目気を使っていない男性。

その逆もしかり。


金銭のやり取りで付き合っているような事務的な空気も無い。

ガチカップルなのだろう。

大事なのは見た目じゃなく中身なのか。


「あ、ちがう。解像度落ちたからか」


自分だってカップルの顔はよく見えない。

世界の解像度が落ちたことで、見た目はそれほど重要じゃ無くなった。


「なんだ。解像度落ちても悪いことばかりじゃないな」


本当の意味で人間の価値が見定められる。

そう思えば、解像度の低い世界も悪くない。


「ふふ。いい気づきを得たぞ。

 せっかくだしコレを小説に……」


ネタのひとつとして近況ノートでも書こうと思った。

ポケットに手を突っ込んだ。

あるはずの感触が無くなっている。


「あれ!? 無い!! 俺の!! 最新スマホが無い!!」


落としたかと思ったが、落としたら音が鳴るはず。

せっかくつい最近発売された限定モデルなのに。


「ああもう!! 解像度低いからよく見えない!!」


地面を這いずって、手足を広げて落としていないか確認する。

大きめのスマホなので見落とすことは無い。


「って、そうだ! タグがあった!」


地面にあった犬のふんを掴んだとき思い出す。

紛失防止のタグをつけていたこと。

タグのリモコンを握ってボタンを押す。


遠くの方からタグの警告音が鳴った。

しかし音はどんどん遠くなっていく。


「あっちか!!」


ダッシュで向かうと、ボヤけてはいるが人のシルエット。


「おいこら! 俺のスマホを返せ!!」


「うわっ!?」


スマホを盗んだ泥棒は不意をつかれた。

隠していた最新スマホを取りこぼした。


「なんでわかったんだ!? 気づかれないようにスッたのに!!」


「このタグの音は持ち主にしか聞こえない周波数で音を出すんだよ!」


「くそ!! そんな技術が!!

 せっかく解像度が低くなって盗み放題だったのに!!」


「この汚い泥棒め。どうしてくれようか」


「お願いだ。警察だけは! 警察だけは!!」


「この期に及んで何言ってる。現行犯そのものじゃないか」


「病気の妹と危篤状態の母がいるんだ!!」


その後に泥棒の悲しいエピソードが話される。


なんやかんやの不幸で自分は貧しい生活をしていること。

家には病気がちの妹と、寝たきりの母の介護をしていること。

面倒を見続けるためには金が必要だったことなどなど。


花粉以外で涙腺を破壊されたのは今回がはじめてだった。


「そんな……悲しい事情が……!!」


「でも、窃盗という方法を選んだのは……」


「そうだな。だが初犯だったんだろう?」


「はい! まだ初犯の10回目です!」


「今回は見逃してやる。

 そのかわり、真っ当な仕事について妹と母親を悲しませないようにな」


「見逃してくれるなんて!! それじゃコレはせめてものお礼です!」


「コレは?」


「前にポケットから抜いた際に手に入れた解像度の薬です。

 これを飲めば解像度が上がります」


「え!? 今、この世界は解像度が低くなってるのに!?」


「一部の富裕層は解像度が高い生活をしています。

 なにも一律で世界の解像度が下げられたわけじゃない。

 この薬は解像度をこっそりブーストできちゃうんです」


「そんな薬が……!」


「ただし1回きりです。それに欠点は……あ! あぶない!!」


「ふえ?」


振り返ったときだった。

商店街の歩行者天国をガン無視して路面電車がつっこんできた。

解像度が低かったので、顔面に迫るまでそれが電車だとわからなかった。


電車に跳ね飛ばされて地面に叩きつけられる。


「こんな……世界で……電車運転するんじゃ……ないよ……」


体は痛みで動かない。

あきらかな大けがを見えなくてもわかってしまう。


「きゅ、救急車ーー!!」


泥棒が救急車を呼んですぐに病院へとかつぎこまれた。


低解像度なので道路は信号無視や道路標識無視が多く、

道は常に事故ばかりで渋滞が発生している。


救急隊員は苛立っていた。


「くそ!! このままじゃ患者が間に合わない!」


「ドクターヘリは?」


「こんな低解像度じゃ、どこに着陸していいか見えっこないだろ!?」


「だが今の状態が続けば……」


「ダメだ。もうここでやるしかない!」


「おい何をする気だ!」


「救急車の中で手術をする!」


その言葉に重症のはずの自分でもツッコミが出る。


「ちょ、何考えてるんですか! 医者でもないのに!!」


「患者さん、安心してください。実はわたしは前職が医者だったんです」


「あ、そういうことですか……焦った……」


「ただし問題がひとつ」

「なんです?」


「低解像度なので、なんも見えないんです」


「致命的過ぎませんか!?」


「手術は精密作業。血管の一本でもミスったら終わりなんです。

 しかしこの低解像度では手術の成功率は低い」


「かといってこのまま放置されたら俺は死ぬんですよね」


「ええ、それはもう間違いなく」


「なら手術するしかないじゃないですか……」


進むも地獄、進まないのも地獄。

そんな状態であるアイデアが浮かぶ。


「そ、そうだ。俺の……俺のカバンを開けてください」


「よろしいんですか?」


「薬が……ひとつ入ってるはずです」


「これですね。コレはなんですか?」


「泥棒からもらった解像度を上げる薬です。飲んでください」


「あなたがもらったものでしょう?」


「俺が飲むよりも医者のあなたが飲んだほうが良い。

 飲むと解像度が上がる。手術も成功するはずです」


「たしかに。では失礼して……」


医者は解像度薬をひといきで飲みきった。

目から光が失われ顔つきがみるみる変わっていく。


「おお……おおおお!! 見える、見えます!!」


「よかった、薬の効果はあったんですね!!」


「ええ、間違いなく。一気に高解像度になりました。

 今は1m離れた場所でも毛穴がくっきり見えますよ!!」


「解像度あがってますね。それなら手術も……」


「任せてください!!」


高解像度を手に入れた医者による緊急手術がはじまった。

手術がはじまると医者はぽつりと呟いた。


「……ひとつ気付いたことがあります」


「なんですか?」


「この薬、解像度を高くするだけじゃないんですね」


「え? そうなんですか」


初耳だった。

メスで腹を切り開いてから医者は気付いた。



「解像度が高くなるかわりに、

 見えている世界から色が消えるんですね。この薬」



そう言うと、医者は正常な部分を見事に切り離した。

なにせ患部とそうじゃない部分の色の違いなんてもうわからない。

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