第9話 アイリス
「そんな,でも,初級の回復魔法なんて,誰でもできるものじゃ」
女性はそう言いかけて,はっと口を押さえた。
「誰でもできる」が,ユウタを深く傷つける言葉であることに気付いたからだ。
ユウタは,魔法使いとして大きな欠陥を持っていた。それは,「障害」と呼んでもいいものだった。
ユウタは,絞り出すように言った。
「おれは,氷魔法しか使えない。それも,簡単な初級の氷魔法だけ。冷気を複雑に操ったり,空気中の氷で造形物を作ることはできないんだ」
ユウタがそれでも魔法使いをしている理由は,他になれる職業が無かったからだ。おまけに,軍のお抱えの商人や職人しか自由に商売できないこの国で,他の職業で生活していくことはかなり難しい。
それであれば,状況判断や機転の利かせ方で勝負できる冒険者の方が,生活の糧をえる手段としては妥当なのだ。
黒装束の女性は,先ほどの強気な様子から一転して,気まずそうな表情になった。
それでも,表面的には強気を繕った調子で言った。
「そう。なんだか,悪かったわね」
「いいよ。この手の質問は,聞かれ慣れているからさ」
「あなた,苦労人なのね」
「君の名前は?」
何気なくユウタは聞いてしまった。
黒装束の女性は,凜と胸を張って,右手を胸に当てながら言った。
「アイリスよ。よろしくね,ユウタくん!」
ユウタは,アイリスが自分の名前を知っていることに驚いた。
「おれの名前,なんで知ってるの?」
「 そりゃあ,知ってるわ。この城の住人の健康管理は,私の仕事だもの。
私,この城の回復部隊隊長をやっているの」
「え?回復部隊隊長って,何?」
「私は,『王室直属護衛隊』所属僧侶アイリスよ!」
聞き覚えのあるその言葉を何度か反芻し,ユウタはようやく合点が言った。
「王室直属護衛隊」は,サミュエルやダビデが所属する部隊のはず。つまり,彼女はこの国の幹部なのだ。
それにしても,彼女は随分と幼く見える。王室直属護衛隊は,未成年でもなれるということだろうか。
「君は,随分と幼く見えるね」
「これでも,今年で15歳よ!
魔法はね,剣術や狙撃の腕前以上に,生まれ持った素質が能力に大きく影響するの。私の場合,お父さんは剣士だけど,お母さんも僧侶の家系なの」
「へえ,優秀な遺伝子で生まれたんだ」
ユウタは,あけすけな感想をそのまま言った。
「あなたはどうなの,ユウタくん?」
「え?」
突然のアイリスからの振りに,ユウタは戸惑った。
自分の出自については,カナも含めて周囲の人間には一切話してこなかったからだ。
「おれの生まれは,分からない。
おれは,生まれてすぐ捨てられて,街の教会の前に捨てられていたんだ。
それを,教会の牧師さんが拾ってくれて,今の両親の元に預けてくれた」
ユウタは,つい最近になるまで,自分が孤児であることすら知らなかった。ユウタの里親にあたる今の両親は,実の子と変わらぬ愛情でユウタを育ててくれた。
しかし,成長期に入るに従い,顔かたちがまるで違う両親に,次第にユウタは違和感を抱くようになった。
魔法学校を卒業し冒険者稼業を始める前,両親に呼ばれ,ユウタは自分が元々孤児であり,教会の前に捨てられていたことを教えられた。
両親からそのことを伝えられても,ユウタには特段の驚きもなかった。
自分が両親とは似ても似つかない姿形をしていることは,とっくに気が付いていたからだ。
今の両親も,ユウタの本当の両親のことは何も知らなかった。
ユウタを拾った街の牧師も,ユウタを捨てた両親のことは何も知らないようだ。
しかし,少なくとも言えることは,魔法を扱う素質は極めて低かったことと,剣士になれるほどの肉体的な強靱さや,狙撃手になれるほどの視力の良さはなかったことは明らかだった。
パーティカースト最下位の魔王の息子 @tomoyasu1994
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