【3人劇】花に口付け
夜染 空
花に口付け
『花に口付け』
N:「ある所に、奇妙な病を持って生まれ落ちた少女がおりました。名前はレティシア。以降彼女の事はレティと呼称する……。レティは貴族の生まれであったが、横暴な事を嫌い、人にも生き物にも善を尽くして接する、心の優しい少女に育った」
N:「彼女の優しさは、特に草花に強く関心が向き…レティが住む邸宅には、色とりどりの花々が植えられていた。」
N:「*
0:間
レティ:「ラピス!早く来てちょうだい!」
ラピス:「お嬢様、そんなに急いでは転んでしまいます!」
レティ:「私の事はいいから!早く!」
ラピス:「あぁ、もう!」
N:「世話係のラピスを急かし、どこかに向かうレティ。そしてその先には、1匹の犬がケガをしてうずくまっていた」
レティ:「ラピス、この子……」
ラピス:「どこから迷い込んだのでしょうか…首輪はしていない…野良犬ですかね」
レティ:「治る?」
ラピス:「…ケガは深くないようですね…数日の間保護しましょうか」
レティ:「ほんと!?良かったぁ…」
ラピス:「ですが、ケガが治ったら里子に出しますよ。」
レティ:「分かってる…お家では、飼えないものね…」
ラピス:「お父様にバレないように、私の家で保護します。」
レティ:「お願い」
N:「何気ないやり取り。だが、まだ少女は気付かない…秘めたるその恋心に…」
0:レティ15歳
レティ:「ラピス、あの子は元気?」
ラピス:「あの子…あぁ、ペルの事ですか?」
レティ:「そう!最近お稽古が忙しくて会えていないから、元気かな…と思って」
ラピス:「元気ですよ。今日もテーブルの脚を歯ブラシにして遊んでいました」
レティ:「ふふっ!可愛い!見たかったなぁ」
ラピス:「やめておいた方がいいですよ、あれは猛犬です…」
レティ:「とか言いながら、しっかりお世話してくれているのね、ありがとう」
ラピス:「引き取り手が見つからなかったのです…飼うしかないでしょう…」
レティ:「貴方は、優しいわ…」
ラピス:「優しくなどありませんよ」
レティ:「そうかしら?」
ラピス:「そうです。」
レティ:「(少し困りながら)…ねぇラピス……お願いがあるのだけど…」
ラピス:「…なんですか?」
レティ:「明日のお父様のお誕生日……一緒にサボってくれないかしら…」
ラピス:「…何を言い出すかと思えば……ダメに決まっているでしょう?」
レティ:「でも!」
ラピス:「お嬢様、お父上のお誕生日ですよ。嫌っているのは分かりますが、せめてお祝いの言葉はかけるべきです」
レティ:「父の誕生日は口実…権力争いのいがみ合いに花を咲かせて、その寝首をいつ掻くかと機会を見計らっているのよ……そんなもの、見たくないわ…」
ラピス:「お嬢様……」
レティ:「お願いラピス!何でも言う事を聞くから!」
ラピス:「……お嬢様、年頃の娘が、男に何でも言う事を聞く…などと、言うものではありませんよ」
レティ:「…でも」
ラピス:「(ため息)わかりました、当日お嬢様は熱を出した事にしましょう」
レティ:「……!いいの!?」
ラピス:「ですが、せめてお祝いの品は届けると約束してください。庭園の花を一輪届ける事。いいですね?」
レティ:「わかった!ありがとう、ラピス!」
ラピス:「……」
N:「この上ない笑顔でラピスと別れたレティ。レティは知らない。その時のラピスの顔がどんなものだったかを……」
0:レティ18歳
レティ:「ラピス、変じゃない?」
ラピス:「とても良くお似合いですよ」
レティ:「でも、私にはこんな色……」
ラピス:「お嬢様、その陶器のような肌と金髪の長い髪…*
自信を持ってください。それに、貴女は今日から大人の仲間入りをするのです。*
レティ:「そうだけど……大人になるってことがどういうことか、よく分からないわ……」
ラピス:「そんなものですよ。勝手に歳をとって勝手に大人扱いされて…それ相応を求められる。それが大人というものです。大人は、勝手になるものなんですよ。」
レティ:「…こんなに早く、なりたくなかった」
ラピス:「…貴女は優しくお育ちになった。無理して大人になる必要はありません。ですが、せめて公の場ではそれらしくしていてください」
レティ:「…わかったわ」
ラピス:「では、参りましょ……お嬢様?」
レティ:「……怖いの…」
ラピス:「何がですか?」
レティ:「昨日まで子供扱いされていたのに、急に大人だって言われて…どうしたらいいかわからない」
ラピス:「焦らずとも良いのです」
レティ:「でも!他の大人が、それを許してくれない!」
ラピス:「…お嬢様……」
レティ:「私は自由気ままに花を愛で、育てていたかった!なのに、いつまでもそんなことをしていたら子供だとバカにされる…一日中飽きない事をしているだけなのに、変な目で見られるのよ!」
ラピス:「お嬢様、落ち着いて…」
レティ:「どうせ私は子供よ!子供のままでいたかった!なのに、どうしてよ!」
ラピス:「…っ!(抱きしめる)」
レティ:「…ちょ、ラピス、何を……っ!」
ラピス:「お嬢様、貴女が優しい事は、私が知っています。人にも動物にも…そして、特に草花には一層の愛情を持って接していることを、私は知っています」
レティ:「…」
ラピス:「それでは、ダメですか?」
レティ:「ラピス……?」
ラピス:「私は貴女をそんな目では見ない…外面をいくら作っても、その仮面の下は私だけが知っている…それでは、ダメですか?」
レティ:「…ラピスの前では、私は私でいて良いの?」
ラピス:「当然です。何年貴女に仕えていると思っているのですか?」
レティ:「大人ぶらなくても良いの?」
ラピス:「はい」
レティ:「…」
ラピス:「大人に、なりたいのですか?」
レティ:「…ラピスの言う大人は、何をするの?」
ラピス:「…知りたいのなら、またここにおいで。私の腕の中に。」
N:「なんとも甘い誘い。甘美な誘い。しかし、レティはまだ迷っている。大人になるということに疑問を抱いている。しかし、心は嘘をつかない…レティの心はラピスの甘い誘いを受け入れている…認めたくない自身と、認めた心…揺れ動くレティは、そして病を発病させる……」
0:間
レティ:「(激しく咳き込む)…なに、これ……花…?」
N:「突如花を吐き出したレティ……困惑し、混乱し、思考を放棄したレティ…それが何を意味するのか……彼女自身は、その意味を知らない…」
レティ:「ラピス…。だめ、言えない……どうしよう……こんなことお医者様に言ったって信じて貰えない……」
N:「動揺を隠せないレティ…それを知らないラピスが部屋に入ってくる」
ラピス:「お嬢様、失礼します、明日の…」
レティ:「……っ!ラピス、だめ!今入ってこないで!」
ラピス:「お嬢様、何かあったのですか……!?」
レティ:「何も無い、何も無いから!お願いだから出ていって!」
N:「ラピスを頑なに拒否するレティ…今までこんなことは無かった…ラピスはレティを*
ラピス:「お嬢様、落ち着いてください!見せたくないものがあるなら見ませんから!」
レティ:「お願い入ってこないで!私を、見ないで……!」
ラピス:「……っ」
レティ:「(咳き込む)」
レティ:「……っ」
ラピス:「お嬢様…それは……」
レティ:「…見ないで……」
ラピス:「花…」
レティ:「どうしてかわからないの…急に…私…、私……」
ラピス:「とにかく、落ち着いて…」
レティ:「ラピス、私、何かの病気なのかしら…花を吐くだなんて…もしかして、死んでしまうような重い病気なんじゃ、」
ラピス:「馬鹿な事を言わないでください…!」
レティ:「ラピス…どうしよう……」
N:「すすり泣くレティの肩にそっと手を当てるラピス。そして、そのままゆっくりと細いレティの身体を抱きしめる。背中をさすり、落ち着かせる。」
レティ:「(すすり泣き続ける)」
ラピス:「……お嬢様、花を吐く病気は、私も聞いたことがない……ですが、きっと治ります…」
レティ:「治らなかったら…もし、この花が原因で、明日死ぬようなことがあったら…」
ラピス:「お嬢様!」
レティ:「…っ」
ラピス:「簡単に死ぬなどと言ってはいけません」
レティ:「ラピス、怖い……抱きしめて、強く…。安心させて…。」
ラピス:「お嬢…っレティシア……」
レティ:「もっと、呼んで…」
ラピス:「レティシア…」
レティ:「もっと……」
ラピス:「……レティ」
N:「そのまま唇を合わせる2人。とても自然に…流れるように…這う唇が涙を掬う…苦しいと咳き込めば花が溢れる…許されないと分かっていながら、お互いを求める2人…秘密を共有したレティとラピスは、その瞬間……その一時だけは、世話係と主ではなくなっていた……」
0:後日
ラピス:「お嬢様、例の件ですが…」
レティ:「ラピス、2人きりの時は名前で呼んでと言ったでしょう?」
ラピス:「…レティ。」
レティ:「ふふっ、で、何か分かったの……?」
ラピス:「花吐き病と言う奇病があるそうです。確かな原因は不明ですが…」
レティ:「…そう、危険は無いのよね?」
ラピス:「死ぬまで花を吐き続けた者…発症して数年で花を吐かなくなった者…症例は様々ですが、これが原因で死ぬことはないようです」
レティ:「……なら、良かった」
ラピス:「なにか、心当たりは無いのですか?」
レティ:「それが分かったら、あんなに動揺しないわ…」
ラピス:「…」
レティ:「ねぇラピス…大人は、みんなああして人を落ち着かせるの?」
ラピス:「…あんな事?」
レティ:「…あんなに、熱いキスをするものなの?」
ラピス:「あれで熱い、ですか。あれはその場の雰囲気というか…それしか落ち着かせる方法が思いつかなかっただけですよ」
レティ:「雰囲気…」
ラピス:「そうですよ…あれ以上は……」
レティ:「なら、また花を吐いたら、同じことをしてくれるの?その先には、何があるの?」
ラピス:「レティ……?」
レティ:「嫌じゃなかった…嬉しかった…恋人みたいで、心が安らいだ…」
ラピス:「ダメだ…私は貴女の世話係で、貴女は私の主人だ」
レティ:「あの瞬間の私たちは違った…」
ラピス:「その先を望むことが、どれだけの事か分かって言っているんですか?」
レティ:「…」
ラピス:「まだ踏み越えては行けない場所に立っている…けれど、その先へ進んでしまったら、私はこの家を出ることになるでしょう」
レティ:「…っ、それは!」
ラピス:「なら!あれは過ちだったと思いなさい。本気にしては行けない」
レティ:「……私は…」
レティ:「(激しく咳き込む)」
ラピス:「レティ!」
レティ:「(咳き込み続ける)」
ラピス:「…また花が……」
レティ:「はぁ…はぁ……一体、何なのかしらね…ラピスを強く思うと、こうして花が溢れてくるの……」
ラピス:「…私を?」
レティ:「そう…初めて花を吐いた時も、ラピスのことを考えていた……あの日、大人になる意味を聞いたあの日…私は怖くて…でも、その時私はずっとラピスのことを考えていた…そしたら、花が……」
ラピス:「…なぜ…私の事なんで…そんなまさか…」
レティ:「そう…。変よね、小さい頃からずっと一緒なのに。」
ラピス:「…花吐き病の原因が片思いなら…それは私のせいですね」
レティ:「…この花が全てラピスを思って溢れてくるのだとしたら…私は不毛な恋をしていることになるのね…」
ラピス:「レティ……私はこの家を去ります」
レティ:「…っ、何故…」
ラピス:「少しでも、私を忘れられるように…その花がこれ以上溢れないように…私は、この家を去ります」
レティ:「…嫌よ、そんなの許さない…!ここに居て!私と一緒にいてよ!」
ラピス:「それではその花は死ぬまで溢れ続ける!」
レティ:「……っ」
ラピス:「レティ、貴女は立派な女性になった。私が居なくてももう大丈夫…。大人は、勝手に大人になるのです…知らなくても良いことだって、勝手に覚えてしまうのです」
レティ:「ラピス、行かないで……」
ラピス:「さようなら、レティ」
N:「レティの言葉も聞かずにラピスは部屋を出ていく。泣き続けるレティ。こぼれる涙と溢れる花……そうだと気付いた時には、もう遅かった。芽生えたのがいつなのか、それすら分からないほど、レティはラピスを愛してしまっていた…」
0:
N:「ラピスがレティの元を離れて2年の時が過ぎた。レティには縁談の話が舞い込むが、全て拒否している。結婚するには遅いのではと家族が詰め寄るが、レティには結婚する意志など微塵もなかった。ただ1人、愛した人を思い続ける毎日…レティは依然として花を吐き続けている…」
レティ:「(咳き込む)」
レティ:「…これも、もう慣れたものね…こんなものが溢れるほど、私はラピスを愛していたなんて…当たり前にそこにいたから…そんな事ありえないだろうと思っていたけれど…こんなになるまで自分の心を知らなかったなんて……」
N:「ラピスを想い続け2年…その年月は、自身の心と会話をするには十分すぎる年数だった。」
レティ:「…今、どこで何をしているのかしら…」
N:「ふと月を見る。月明かりに照らされて、庭園の花々が淡く光る……」
レティ:「…お父様とお母様は外出していて今日は戻らない…こんな日は夜の散歩にでも出てしまおう……ラピスに知られたらきっと怒られるわね…」
N:「立ち上がり窓に手を着くレティ。そして、あの日のことを思い出す」
レティ:「…嫌では、なかった……」
N:「熱く慰めてくれたラピスの唇を思い出すレティは、優しさと言う熱に侵され、その陶器のような肌を赤く染める」
レティ:「大人は勝手になるのですか……。私を大人にしておいて、よく言うわ…」
レティ:「……あの優しさに溺れるなら、それでも構わない…」
N:「そう言ってレティは外へと向かう。少し冷える屋外は火照った身体を冷ますにはちょうど良かった」
レティ:「…ここに、ペルがいたのよね…もう随分な老犬のはずだわ…元気にしているかしら…」
レティ:「……ラピス」
ラピス:「……そう何度も名前を呼ぶな」
レティ:「……っ」
ラピス:「全く……夢の中まで追いかけてくる奴があるか…」
レティ:「ラ、ピス…?」
ラピス:「ラピスですよ、お嬢様」
レティ:「…どうして……」
ラピス:「花に塗れて貴女が泣くのです…夢の中で。」
レティ:「……」
ラピス:「レティ、お前が望むのならそれでもいい。地獄に堕ちろと言うなら喜んで堕ちる。…お前が決めろ」
レティ:「…意地悪な言い方……」
ラピス:「大人はズルも使いこなさなきゃいけないんだ。子供相手だからと下手に出たままでは馬鹿にされるだけだからな」
レティ:「私がラピスを馬鹿にしていると言いたいの?」
ラピス:「いや?…ただ、良い大人のフリを辞めるだけだ。口調だってこの通り…この家に従事する者としての振る舞いをしていただけで、本当はこっちが素だよ」
レティ:「ラピスは悪い大人だったのね」
ラピス:「そうかもな。こんな可愛いお嬢様を慰める為にあんなに熱いキスをできたのは、役得だったな」
レティ:「ふふっ」
ラピス:「レティ、俺と来るか?」
レティ:「…決まっているわ、連れて行って」
ラピス:「なら、ちゃんとお別れをしよう。世話係のラピスに。」
レティ:「……どう言う意味?」
ラピス:「お前に仕えていた男はもう居ない。お前が選んだのは、ずるくて悪い大人のラピスだ。感謝の気持ちを込めて、きちんとサヨナラをしてくれないか?」
レティ:「…ラピス」
ラピス:「出来るか?」
レティ:「…そうね、あんな別れ方をしてしまって…お礼も何も言えなかった…ありがとうラピス……貴方が居てくれたから、私は恋を知った…貴方のおかげで、私は自分の心に気づくことが出来たわ…ラピス、本当にありがとう…」
ラピス:「お嬢様を誰よりもお傍で見ることが出来て、私は毎日が楽しかったですよ。お嬢様、立派になられましたね」
レティ:「ラピスが居たからよ。この感謝は、どう伝えれば良いかしら」
ラピス:「そうですね…では、あの時の私と同じようにして頂けませんか?」
レティ:「……それって」
ラピス:「その先へ連れていくのは、私の役目ではありません。これは、感謝の印です」
レティ:「……(ゆっくりとキスをする)」
ラピス:「ふふっ、ぎこちないですね」
レティ:「仕方ないでしょ…自分からなんて、した事ないんだもの…」
ラピス:「……では、お姫様を攫うとしますか。」
レティ:「へ!?ちょっと!」
ラピス:「さて、行きますよ、この地にいてはすぐバレてしまう、どこか別の土地に行きましょうか!」
レティ:「……ずっと、隣にいてね」
ラピス:「もちろん」
N:「そうして、奇妙な病を持って生まれた少女は大人になり、恋を知った…。一人娘が行方不明になりレティの父は方々に捜索願を出したが、どれだけ探してもレティは見つからない……それもそのはず。レティはラピスと遠い遠い地に居を構え幸せに暮らしているのだから…」
N:「2人が住むその家は、沢山の花々に囲まれている。きっとこれからもその色は褪せることなく咲き続けるだろう」
N:「花びら舞う美しい庭で、レティとラピスは幸せを願って、優しく口付けをするのであった」
END
【3人劇】花に口付け 夜染 空 @_Yazome_
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