50のおっさんがカフェ行ったら出禁くらった。
縁肇
第1話 カフェに行っただけなのに。
昼休み、職場の休憩室。タバコ臭とカップ麺の残り香が充満する中、スマホをいじる男が一人。
俺の名前は中村徹。50歳、契約社員。特に趣味もなく、日々をやり過ごしているだけの男だ。
そんな俺の視線の先には、同僚の木村がニヤニヤしながら差し出してきた謎のカード。
「中村さん、コレ、知ってます?」
「……なんだ、その悪魔の召喚カードみたいなのは?」
「魔女カフェの会員証っすよ! 今、会員制のコンカフェって流行ってるんですから!」
木村は胸を張るが、俺の頭にはコンカフェ=痛々しいオタクの巣窟というイメージしかない。しかも魔女? 何だそれ。ハリーポッターの見過ぎか?
「いやいや、俺はそういうのは……」
「いいじゃないっすか。中村さん、最近元気ないし! 可愛い子に会えば、気分も上向きますよ!」
50歳がコンカフェで気分上げてるって、それ社会的にどうなんだ。
だが、木村の勢いに押される形で、俺は会員証を受け取ってしまった。
「……まあ、話のネタにはなるか」
そう呟いた時には、すでに後戻りはできなくなっていた。
週末の夜。繁華街の裏路地に佇む一軒のカフェ。
看板にはこう書かれている。
『魔女カフェ ランタンの灯』
入り口にぶら下がるランタンが、怪しげに揺れている。雰囲気はいい。だが、いかんせん50歳の俺には場違い感が凄まじい。
「……引き返すなら今だぞ」
心の中の理性が囁く。だが、木村の「生まれ変われますよ」の言葉が頭をよぎる。
覚悟を決めて扉を押した。
「いらっしゃいませー!」
店内は思ったよりもこじんまりとしていた。黒と紫を基調とした内装に、カボチャのランタンが並ぶ。魔女の住む館、という設定らしい。
そして現れたのは、フリフリのゴスロリ衣装を身にまとった少女。
「ようこそ、魔女カフェ『ランタンの灯』へ!」
接客のテンションが300%増し。
「ご予約のお客様でしょうか?」
「あ、いや、飛び込みで……」
「素敵! 飛び込みのお客様なんて、まるで迷い込んだ旅人みたいですね!」
そう言って彼女はクルリと回る。俺の目の前でフリルが舞った。
いや、目が回るのはこっちだ。
「……じゃ、じゃあ、一人で」
「かしこまりましたー! 魔女見習いのマロンがお席にご案内します!」
マロン……。魔女なのに栗。
多分、季節限定の名前だろう。秋以外どうしてるんだ。
席に着くと、目の前には分厚いメニュー。開いてみると、そこには意味不明な料理名がずらりと並んでいた。
『禁断の魔女の黒いポーション』
『堕落した魂のブラッディパフェ』
『生贄の焼きマシュマロ』
もう完全に中二病全開だ。
店員を呼んで注文しようとすると、さっきのマロンが再び現れた。
「お決まりですか?」
「じゃあ……この『禁断の魔女の黒いポーション』を」
「素敵な選択です! では、呪文を唱えてください!」
「えっ?」
「呪文です! 魔女カフェでは、注文時に呪文を唱えるのがルールなんですよ!」
ルールが多すぎるだろ、この店。
マロンはにこにこと笑いながら、紙を差し出した。
《我、深淵の魔力を解き放ち、闇より出でよ》
痛い。痛すぎる。
「……言わないと、ダメ?」
「はいっ! みんなやってますから!」
嘘をつけ。隣のテーブルのサラリーマン、めちゃくちゃ普通にコーヒー飲んでるぞ。
「……わ、我、深淵の……」
「もっと声を出して!」
50歳のおっさんが、フルボイスで中二病呪文を唱える地獄。
「お待たせしました〜!」
ついにやってきた『禁断の魔女の黒いポーション』。
見た目は……なんだこれ。タイヤの廃液か?
黒光りする液体が、怪しげな泡を立てている。
「お、おう……」
恐る恐るストローを口に近づける。が、その前にマロンがにっこり微笑んだ。
「飲む前に、**『魂を捧げます』**って誓ってくださいね!」
どこの悪魔崇拝だよ!!
半ばやけくそで言わされたセリフを噛み締めつつ、俺は覚悟を決めてストローを吸った。
「……うん、思ったより普通のコーラだ。」
いや、これは完全にコーラ。コンビニで買えるあの炭酸の黒いやつだ。
「禁断のポーションって、ただのコーラじゃねえか!」
「ふふっ、魔女の秘密です!」
いやいや、バレバレだから。しかも魂捧げさせておいて中身コーラって詐欺の一歩手前だろ。
「さてさて、皆さん! ここで本日のスペシャルイベントを始めますよー!」
突然店内が暗転し、スポットライトがステージに集中した。
「本日は、我らがオーナーランタンちゃんのバースデーです!」
拍手喝采。客たちが一斉にクラッカーを鳴らし、テーブルのキャンドルがメラメラと燃え上がる。
そして登場したのは、赤毛ツインテールの少女。小悪魔系ゴスロリ衣装を身に纏い、カボチャの形をした杖をクルクルと回している。
完全にハロウィンから抜け出してきた女。
「みんな〜! 今日も来てくれてありがとう! 魔女カフェ『ランタンの灯』のオーナー、ランタンです!」
可愛く手を振る姿に、客たちは絶叫。歓声のボリュームが尋常じゃない。推し活という名の狂気が渦巻いていた。
「それじゃあ早速、特別なサプライズを発表しちゃいます!」
ランタンが笑顔で続ける。
「今日のバースデーは、私のだけじゃないんです!」
「え?」
「本日! 見事に50歳を迎えられたお客様がいらっしゃいます!」
なんだその恐怖の発表。
「それでは、本日のスペシャルゲスト! どうぞ〜!」
店内の視線が俺に集中する。
「……え、俺?」
マロンが嬉しそうに頷いた。
「はいっ! 中年の魔法、解禁です!」
「そんな解禁、誰が求めてんだ!!」
ランタンはさらに追い打ちをかける。
「そしてここからは……出禁セレモニーです!」
「は?」
「出禁です! 今日からあなたは、魔女カフェ『ランタンの灯』に永遠に閉じ込められる権利を獲得しました!」
「いやいやいや! 出禁って普通、店に入れないことだろ!」
「いえ、魔女カフェでは出ることを禁じるのが出禁なんです!」
どんなブラックホールシステムだよ!
「それでは! 魔女の呪文と共に、出禁の儀を始めます!」
「儀!? なんで儀式始まるの!? 俺、ただの客だぞ!!」
逃げようと立ち上がるも、すでに店員たちが壁際に陣取り、出口を塞いでいた。
これ完全にリアル脱出ゲームじゃねえか。
「さあ、いきますよ〜!」
ランタンが杖を振ると、店内のランタンが怪しく光り始めた。
「マジカル・パンプキン・ロックオン!」
「名前がもうファンシーなんよ!!」
周囲の客たちは楽しそうに手を叩いている。なぜ俺だけがこんな目に。
「魔女カフェ恒例、50歳の魂を祝う儀式! それでは……出禁、スタート!!」
「だから出禁の使い方!!」
ランタンが高らかに宣言した瞬間、俺の周囲にオレンジ色の光が渦巻いた。
「うわああああ!!」
俺は光に包まれながら、訳もわからず叫び続けていた。
だが、気がつくと足元はしっかり床を踏みしめている。どうやら転送魔法とかそういう類ではないらしい。助かった。
いや、助かってない。出禁だ。
目の前のランタンはにこにこ笑っているが、その笑顔はどこか邪悪さを孕んでいる。ゴスロリ衣装が余計に恐怖を引き立てていた。
「さあ、中年の魂を祝福しましょう!」
「だから何だよ、その祝い方は!!」
客席からは割れんばかりの拍手。おい、楽しんでる場合じゃないぞ。
「それでは、特別な魔法をかけますね!」
ランタンが高々と杖を掲げる。絶対にロクなことが起きない。
「マジカル・ミドル・リジュベレーション!」
「いや、その技名はもう意味分かんねぇよ!」
俺の体に光が降り注ぐ。
しかし——。
「あれ? 何も変わってなくね?」
自分の手を見る。相変わらず、皺は深く、指の関節はゴリゴリに痛い。
「……効いてないぞ?」
「ふふふ、魔法はすぐに効くとは限りません。じわじわと効いてくるんです!」
「そんな湿布みたいな魔法あるか!」
周囲の魔女っ娘たちが「さすがランタン様!」と拍手喝采している。信者のノリがすごい。もはや魔法というより宗教。
「それでは、次の儀式に移ります!」
「まだやるのかよ!」
「50歳記念・マジカル中年ファッションショー!」
「嫌すぎるッ!!!」
---
ステージに引きずり出された俺。
目の前には、悪魔的なファッションが並んでいた。
「こちらは『闇夜の漆黒ローブ』です!」
ただの中二病患者。
「そしてこちらは『青春の返却期限切れジャケット』!」
ダサいを極めたチェック柄ジャケット。30年前のファッション誌から飛び出してきたかのような代物だ。
「最後は……『無敵の50歳カジュアルセット』!!」
……いや、これ完全にジャージだ。
胸元に燦然と輝く「50th ANNIVERSARY」の刺繍。どこで売ってるんだ、こんな地獄の一品。
「どれにしますか?」
「どれも地獄だよ!!」
しかし選択権はなかった。マロンに手を引かれ、俺はジャージを着せられる。
周囲の拍手。心なしか同情の視線を感じる。
「いや、俺は50歳だけど、まだ負けたくないんだよ!」
叫んでみたものの、誰一人耳を貸してくれない。
「それでは、ファッションショーのフィナーレです!」
ランタンが両手を掲げる。
「せーのっ!」
「ミドルエイジ・ファイヤー!!」
無駄に派手なエフェクトと共に、俺の後ろで花火が打ち上がる。
「祝福されてる場合じゃねえええ!!!」
---
絶望の中、やっとステージから降ろされた俺。
しかしここで終わりではなかった。
「さて、それでは中年の証として、最後に魔男の儀式を!」
「……今なんて?」
「魔女じゃなくて魔男です! 中年の魂を持つ者だけがなれる特別な存在なんですよ!」
「誰がそんな称号望んだ!!」
ランタンが杖を振ると、俺の頭上に**『祝!魔男誕生』**の垂れ幕が降りてきた。
「やめろォォォ!!」
必死に逃げようとするも、魔女っ娘たちがニッコリ笑顔で取り囲んでいる。
「逃げないでください! これから魔男の契約を交わしますので!」
「そんな契約、俺の人生に必要ない!!」
しかし無慈悲にも、ランタンは呪文を詠唱し始める。
「マジカル・ミドル・アダルティック・メタモルフォーゼ!!」
「名前がもう地獄すぎる!!!」
再び光に包まれる俺。
だが、体に起きた変化は——。
「ん? なんか……チャラくねぇか?」
胸元が開いたギラギラのシルバーシャツ、胸には謎のネックレス。そして耳元にはやたらデカいピアス。
「……これ、間男じゃねぇか!!!」
「おめでとうございます! これであなたも**魔男(間男)**です!」
「そんな誤字みたいな誕生いらねぇよ!!」
そして地獄は続く。出禁のせいで扉は開かない。窓も鉄格子。俺は間男姿のまま、このカフェに閉じ込められてしまった。
「出してくれぇぇぇ!!!」
こうして、俺の終わらない地獄が始まった。
出禁生活1日目。目覚めた瞬間、目の前には鏡。そこに映るのは間違いなく間男の俺だった。
「……やっぱり夢じゃねぇのか……」
ギラギラしたネックレスが眩しい。どう見ても不倫ドラマの第3話あたりでボコられる奴じゃねえか。
「おはようございます! 今日も間男として素晴らしい1日を!」
ランタンの爽やかな声が響く。
「全然素晴らしくねぇよ!!」
出禁2日目:特訓開始
朝だった。
とはいえ、俺はそんな現実を受け入れたくなかった。昨日の地獄のような訓練の疲れが全身を覆い尽くしている。
「……まだ寝ていたい……」
枕に顔を埋め、現実逃避を決め込む。
だが、次の瞬間。
「おはようございます! 目覚めの一杯、召し上がれ♪」
ランタンの楽しげな声が響いた。
彼女は黒とオレンジのゴスロリドレスに、かぼちゃ型のヘッドドレスをつけている。金髪に赤い瞳が映える、どこかいたずらっぽい少女だ。
「んがっ!? がばっ!!」
突然、口元に無理やり突っ込まれる謎の液体。
熱い! 辛い! 口の中が地獄!
「うぉぉぉぉぉ!!」
床を転げ回りながら絶叫する俺。涙と汗が止まらない。
「効いてきましたね! 今日の目覚めの一杯は、**“煉獄の業火ハバネロエターナルインフェルノ・ブラッディリバース”**です!」
声にならない悲鳴をあげる俺を見ながら、ランタンは満面の笑みを浮かべていた。
涙目になりながら、俺はランタンを睨みつける。
その瞬間——。
「ご褒美ですよ♪」
ランタンの細い足が優雅に持ち上がり、俺の背中に降り下ろされた。
鋭いヒールが容赦なく食い込む。
「痛ってぇぇぇ! どこがサービスだ!」
床にうずくまりながら叫ぶ俺。だがランタンはなおも楽しげに足を乗せ続ける。
何かが……目覚めそうな予感がした。
---
「次は誘惑の笑顔の練習です!」
隣に立つマロンは、栗色のツインテールにウサ耳カチューシャをつけた少女。ピンクのドレスがよく似合う、柔らかい雰囲気だ。
「間男の魅力は誘惑の笑顔です! 甘い笑顔で虜にしなくてはなりません!」
どこからどう見てもその理論は破綻している。
俺は鏡の前に立ち、妖艶さ全開の笑顔を浮かべる。
「……フッ」
唇をわずかに開き、目元を流し目気味に。これぞ間男スマイルだ。
「どうだ……?」
だが、マロンの顔は青ざめ、口元を押さえている。
「その笑顔……排泄天使の微笑…ッ!!」
「は!? そんなに!?」
「もう無理Death……!!」
マロンは一瞬口を押さえたものの、耐え切れず——。
オエエエエッ!!
強烈な嗚咽とともに、俺の胸元に全力の一撃が降り注いだ。
「ギャァァァ!! 俺の一張羅が!!」
胸元には魔導カフェ特製ランチがリバース。
マロンは肩で息をしながら、顔面蒼白のまま俺を指さした。
「……あなた、間男じゃなくて穢滅のネクロマンです」
「どっちも嫌だよ!!」
「次は壁ドン訓練です!」
壁際にはシフォンが立っていた。金髪ロングに小さなティアラ、ピンクのフリルドレスがよく映えている。一見優雅なお姫様だが、その視線は鋭い。
「間男らしい圧倒的な存在感で壁ドンを決めてくださいね♪」
そんな笑顔で言われても、嫌な予感しかしない。
俺は覚悟を決め、壁に手をついてシフォンを見下ろした。
「逃がさないぜ……」
「なっ……!」
シフォンが目を見開く。ここまでは完璧だ。
「……お前の瞳に映るのは俺だけでいい」
決めゼリフまでバッチリ決まった。シフォンの頬が赤く染まる。
「は……はい……///」
完全に間男の術中に落ちた!
だが、その時。
「何してるの?」
背後から冷たい声がした。
振り返ると、黒髪の魔女っ子、ルシカが腕を組んで立っている。漆黒のドレスに鮮やかな赤のリボンを結び、まるで夜の女王のような存在感。紫色の瞳は怒りの炎を宿し、髪の先までもが静かに揺れている。目つきは鋭く、怒りの炎がメラメラと燃えていた。
「この状況……説明してもらおうかしら?」
「あ、いや、これは訓練で……」
「訓練で壁ドンしながら口説くとか、どこの間男よ!」
「間男だよ!!」
絶体絶命の修羅場。俺は壁際で追い詰められ、完全に逃げ場を失ったのだった。
「浮気者には体罰が必要よ。」
シフォンが妖艶な笑みを浮かべながら、拳を握りしめる。
「麗華の終幕拳・ジ・エンド!」
振り下ろされた拳が俺の股間に炸裂した。
「ホゲェェェェェ!!!」
天地がひっくり返るような痛み。股間から魂が抜けていくのを感じた。視界が揺れ、全身が痙攣する。
崩れ落ちる俺の姿を見て、シフォンは冷たい笑みを浮かべる。
しかし、それでも終わらなかった。
「待って!」
怒気を孕んだ声が響く。ルシカの漆黒のローブが揺れ、瞳は燃えるように紅く光っている。
「シフォンだけじゃないわよ。私も、この浮気者に罰を下さなくては気が済まない!」
彼女の手元に浮かぶのは、禍々しい魔法陣。
「闇に堕ちし愚か者よ、その罪を股間に刻まれよ——《無限縮滅の呪詛》!」
黒い瘴気が渦を巻き、俺の股間にまとわりつく。冷たい感覚が一瞬広がったかと思うと、次の瞬間、信じがたいことが起きた。
「うっ……!?」
股間がジワジワと締め付けられるような感覚。いや、それだけじゃない。物理的に縮小しているのだ。
「この呪詛は、罪深き間男にのみ発動する絶対制裁。お前の浮気心が浄化されるまで、その象徴は縮小し続ける……!」
「ギャァァァ!! や、やめろおおお!!!」
ルシカの笑みは止まらない。彼女はその様子を眺めながら、悦に浸ったかのように呟いた。
「……どう? 己の愚かさを悔いるがいいわ、股間を代償にね。」
そして、それを見届けたランタンが、悪戯っぽく指を鳴らした。
「さあ、盛大に発表しちゃいましょう!」
彼女が魔法陣を展開すると、頭上に巨大な光の掲示板が浮かび上がった。
『緊急速報:間男、股間終了のお知らせ』
キラキラとしたエフェクト付きで、まるでお祝いのように輝いている。
「おめでとうございます♪ これにてあなたの間男活動は無期限停止となりました!」
「こんな終わり、誰が望んだぁぁぁ!!!」
俺の絶叫は、魔導カフェの天井へと虚しく響いていったのだった。
50のおっさんがカフェ行ったら出禁くらった。 縁肇 @keinn2016
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