第32話 大物との懇親会

 ゴールデンウィークの連休も終わって、またいつもの日常に戻った。

 何日か仕事をこなしたある日、定例の朝会に、営業部のメンバー30人ほどが集められた。

 全員の前で、桐山部長がよく通り抜ける声を上げる。


「今日は津田専務が来られるから、失礼の無いように」


 そうなのだ、今日は美濃山商事の人事担当役員である津田専務が、ここを訪れる日だ。


「ふう。今夜は遅くなるなあ」


 すぐ隣に立つ美田園さんが、ボソリと呟く。


 美田園さんと俺は、夜の接待の幹事を仰せつかっている。

 そこには営業部から有志が参加する予定だ。


「それと、もう一つ報告だ。遠野さんに久我山君、前に来てくれるか?」


 えっ!? 今、名前を呼ばれた?

 一体何事だろ……?


 恐る恐る前に進み出て、千冬さんと並んで、みんなに向かい合った。


「今まで取引がなかった鴻池産業から、初めて受注を取り付けた。しかもかなりの額だ。これをきっかけに、更に関係が深まればいいと思う。二人とも、よくやってくれたね」


『パチパチパチパチパチ!!!!!』


 職場全体から、大きな拍手を送ってもらっている。

 こんなのは初めてだから、何だか緊張する。

 千冬さんの方をチラリと見やると、彼女も俺に視線を向けて、かすかに口角を上げた。

 東京まで行って色んな会社と話したりして、それなりに苦労はしたけれど、その甲斐はあったみたいだ。


「よう、桐山君」


 朝会が終わってから不意に声が聞こえて、その先には、どこかで見たことのあるスーツ姿の初老男性がいた。


「ああ、これはこれは、津田専務! お早いお着きで!」


 そうだ、桐山部長が急いで駆け寄ったのは、つい先ほど話題になったばかりの津田専務だ。


「おはよう。悪いが、見せてもらっていたよ」


 突然の大物出現で、営業部全体がざわついている。


「君は、東京で会ったね?」


 ……え? ええっ!?

 桐山部長と一緒に目の前を通り抜ける間際に、津田専務がすっと足を止めて、こちらを向いたのだ。


「あ、は、はい!」


 東京本社で一瞬会っただけなのだけれど、さすがは人事の責任者、人の顔を覚えるのは長けているのだろうか。


「うん。いい仕事をしてくれているみたいだね。結構結構」


 俺と千冬さんとにそう言い残して、桐山部長と一緒に、どこかへと消えた。


 自分の席へと戻った俺に、美田園さんがにんまりと笑いかけてくる。


「ふうん。津田さんに顔を覚えられちゃいましたか。これは今夜が楽しみですねえ」


「いや、たまたまだよ、そんなのは」


 きっと朝会の様子をどこかから見ていて、それで気付かって声をくれただけ。

 ただそれだけのことだ。


 それからは何事も無かったかのように、今日も一日が流れた。

 仕事時間を終えると、職場が俄かに騒がしくなる。


「さて、そろそろ行きましょうか」


「ああ、そうしようか」


 これから参加者を引率して、津田専務との懇親会の会場に向かうのだ。


 主賓の到着を待って、営業部の半分ほどのメンバーと一緒に、オフィスを後にする。

 その中には、千冬さんの姿も見える。


 その場所は、美田園さんと一緒に選んだ和食屋だ。

 生け簀の中に魚や海老や蟹、スッポンなどが泳いでいて、選んだものをその場で調理をしてくれるのだ。


「ほう、これは面白いな。じゃあ、このスッポンをいただこうか。みんなも、好きな物を頼みなさい」


 食材と調理方法を選ぶ楽しみ、それを待つ楽しみ、食前酒を口にしながら、ワイワイと盛り上がる。

 やがて、魚や海老の活け造りやスッポン鍋といった、ちょっと高級な料理が並べられた。

 俺と美田園さんは幹事席に座って、酒や料理の追加注文のために奔走する。

 ご相伴に預かったスッポンはゼリーに似たような触感で、甘くてコラーゲンがたっぷりだ。


「うん、これは美味い。大阪にもいいお店があるね」


 主賓の津田専務にも、気に入ってもらえたみたいだ。

 一緒に選んだ甲斐があったねと、美田園さんと二人で、ほっとした表情を向け合う。


「二次会は、『ロン』に行こうかと思うんです」


 みんなの顔が赤くなって料理が無くなってきた頃、美田園さんがそう提案してきた。


「『ロン』って、この前の麻雀の店? それっていいの?」


「ええ。津田さんも麻雀好きで、この前も行ったんです。でも久我山さんは、気をつけて下さいね。本気でやると、嫌われちゃうかもですよ」


 ははは……日本の麻雀人口って、こんなに多かったっけかな?

 どうしよう、接待麻雀、ちょっと手心を加えてみるかなあ……


 ひとしきり盛り上がった懇親会も、終わりの時を迎えた。

 すかさず美田園さんが、津田専務や桐山部長に声をかける。


「どうです? これから打ちに行きますか?」


「麻雀かい? いいねえ。どうだ、桐山君?」


「はい、もちろん、お付き合いします!」


 桐山部長はすかさず、ペコンと頭を下げる。

 津田専務に桐山部長、上司の織部課長に美田園さん、それに俺で、多すぎるくらいの面子が集った。


「ねえ信君」


「ああ、千冬さん」


 席も離れていたし、今日は全然話せなかったな。


「これからどこかへ行くの?」


「うん。麻雀をやりに、雀荘にね」


「そう。それ、私も行っちゃダメ?」


 思いもかけない申し出に、少々驚きだ。


「ダメじゃないけど、千冬さんは麻雀分かるの?」


「ううん。だから見てるだけ。信君が好きだって言うから、どんなのか気になるの」


「そっか。うん、じゃあ一緒に行こう」


「んっ!」


 こっそりと千冬さんとそんな会話をして、6人で次の場所へ向かった。


 雀荘『ロン』はやはり明るい空気が漂っていて、イケメン店員のわんさんが出迎えてくれた。

 もう何組かの先客があって、麻雀牌を手にしながら楽しそうに語らっている。


「こんばんは王さん。行ける?」


「はい。一卓でいいですか?」


「そうね、どうしようかな……」


「あっ、じゃあ、皆さんでお先に。俺と遠野さんは、見ていますから」


 麻雀は四人が定員なので、一人余ってしまう。

 ここは上司やお偉いさんに場所を譲る方が、良いと思ったのだ。

 それに俺とやるよりも、美田園さんと一緒の方が、きっと盛り上がるだろう。


 こうして四人は全自動の雀卓を囲み、俺と千冬さんは、バーカウンターに腰を下ろした。

 目の前には、柔らかい笑顔の王さんがいる。


「いらっしゃいませ。何か飲まれますか?」


「ここ、料理もお酒も美味しいよ」


「そうなんだ。何にしようかな……じゃあ、モスコミュールで」


「じゃあ俺は、バーボンのロックで。あとはエイヒレを頼みます」


「はい、了解です」


 王さんは名前からして、中華系の人だと思う。

 けど日本語は、日本人かと思ってしまうくらいに上手だ。


 千冬さんと乾杯をしていると、後ろの卓で声が上がり始める。


「よし、リーチだ」


「ええっ!? 津田さん、早~い!」


 目の前のカウンターに立つ王さんが、ポケットからスマホを取りだした。


「ちょっと失礼しますね」


 その場で作業をしながら、スピーカーホンをONにして、何かを喋り出した。




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