水曜日のスーパー
スロ男
🚬
このへんの商店街は水曜、木曜定休が多く、そのせいか週の真ん中が妙に忙しい。特に今日は偶数月の15日の翌日ということもあってか、おばさまおじさま方で店内はごった返してるのであった。
「なあ、今日特売やってないよな?」
「店長がやったつもりないなら、ないでしょうよ」
あたしは呆れてそういうが、所詮店長も雇われの身。ローカルスーパーとはいえ五店舗を構える我が「横横屋」の特売日の選定は確かに本部が決めるものなのかもしれない。
……かもしれないっていうか特売日、火曜と金曜だったわ……。
そんなくだらない会話をする隙こそあれど、店長はストックルームの方へ呼ばれていき、あたしはレジの手が足りないと呼ばれた。品出しは一旦、中断。
あたしはストックルームでの作業が一番好きだった。流石に大声で、というわけにはいかないが、鼻歌ぐらいなら唄っていてもお咎めなし。本来なら今頃は「雨のウェンズデイ」でも口ずさんでいたはずだ。
レジを打ちながらは無理がある。
機械的に品物のバーコードを読み取り、精算用のカゴに移していく。まだ新人の頃、レジ袋が有料になりたての頃は「どうしますか?」などといちいち訊いていたが、この店に来るお客様は大抵エコバッグなりなんなりを持っているので、最近は尋ねもしない。それで回っている。
魚や肉のパックは、あたしはさっとポリ袋に入れてカゴに移すが、やらない店員も少なくはない。大体は古株で、それで文句も出ないのだから、そちらのほうが正当なのかもしれない。無料の袋だって、無料ではないのだし。
それでも、そんなちょっとしたことに嬉しそうに微笑んでくれるおばさまなどもいて、つまりこれはあたしの満足のためにやっている、自慰行為にすぎない。
いや、喜んでくれるおばさまとなら、これはもはやセックスと呼んでもいいのではないだろうか?
等と考えてしまうのは、あたしが処女で処女のままアラサーになることを運命付けられているからなのかもしれない。
誰が
食いちぎるぞ、てめえのそのポークビッツ。
ウチの店なんぞ、たまに若いのが来るかと思えば家族連れとか、ラブラブカップル(死語)だったりするので、あたしはますます喪女化が止まらない。
ふと途切れたレジの行列、釣られるように思考の奔流も一旦
「セブンスター、ひとつ」
煙草は面倒いんだよな、鍵かかってるし。すぐそこにコンビニあるんだからそこで買えよ、と内心思いつつ、顔に出ないよう鍵束を手に取りケースから煙草をひとつ。笑顔で「こちらでよろしいですか?」と訊きながら、銘柄なんぞ間違えるわけもないのでさっとバーコードを通し、と。
「え、それじゃねえよ?」
「ハァ?」
ふざけんな、あたしゃあセブンスターなんぞこれしか知らん、と思わず睨みつけそうになったとき、気づいた。
「あれ、
「よお、
「よお、じゃねーから! セッタっつったらコレだろ?」
「ボックスあんだろーが! 俺はボックスしか吸わねーの」
「ボックスならきちんと『セブンスターボックスください』っていえや!」
「あー、ちょっと井戸田さん?」
「うるさい、店長! え、店長?」
レジには五人ほど並んでいて、横には店長。申し訳なさそうな顔をしながら、あたしにいう。
「疲れててピリピリしちゃったんだね、レジ代わるから一服してきな」
別に疲れてねーよ、とは思ったものの、素直に好意に甘えてレジを店長に任せた。大輝がこっちを見て、にやにやしていたのが腹立たしい。
スーパーの裏庭、といってもほぼほぼ搬入口兼店員用の駐輪場には赤いスタンドタイプの灰皿がある。
そこで一服していると、大輝がやってきた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」
「俺とおまえ、関係者」
かつて同じ部活をやっていたこと以外、何の関係もなかったが、
「地元戻ってたの、それとも里帰り?」
あたしが宙に煙を吐きながら訊くと、うーん、と煮え切らない態度。特に興味もないのでさらっと流して、
「で、なんでまたこんなところに」
彼の実家はここから電車を乗り継ぐところにあったと記憶している。Uターン就職したにしろ、もっと住みやすい場所はあるだろう。
「ん」といって、大輝は顎をコンクリート塀のほうへ向けた。「大学出てそのままIT系に勤めたんだけど、辞めて、今年の春からそこの臨時教員」
塀の向こうには市立の中学校がある。が、
「え、なんて?」
「笑っちゃうよな、俺が先生とか」
「あ、いや。ITって。あんた、バリバリの文系じゃなかったっけ?」
「え。そこなの? 切り貼りプログラマとか文系でも、いや文系のほうが案外得意だったりするんだよ」
あたしは煙草の灰を落とした。
「そーゆーもんなの?」
「そーゆーもん。ちなみに国語教師」
「でしょうね。他の教科得意だったイメージないわ」
大輝は大口を開けて笑った。
「まあな。……で、敷地内完全禁煙だから、煙草吸えるところ探して散策始めたら、まずこのスーパーを見つけたってわけ」
「なるほど」
言ってから大輝の格好を見ても、教師といった雰囲気がない。ジーンズにカジュアルなジャケットだからだろうか。中学の教師って、こんなだったっけ、と記憶を探るが、何も出てこない。高校の時の教師は大半がスーツだった気がする。体育教師や音楽教師は違ったか。
「こうやってヤニ吸うの何年振りだ」と大輝がいって、さあ7〜8年ぶり? と応える。部活をサボってヤニを吸うのはあたしと大輝ぐらいで、弱小とはいえ体育会系だったのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。
「地元の奴等とは?」
「付き合いないからわかんない。ホラ、あたし、素行不良なのにオタクの、陽キャ嫌いだったから」
「いかにもなオタク組からは怖がられてたしな」
喉を震わせて笑う大輝にムッとしたが、図星のムッだ。一匹狼といえばカッコよいかもしれないが、あたしはみにくいままのアヒルの子だった。
「采花」
「なによ」
「おまえ、処女だろ」
あたしは手から煙草を取り落とし、見事にエプロンのポケットに入ったので、あちあちいいながら取り出し、足で揉み消した。
「ふざけんな、火傷したわ!」
どれどれ、とあたしの手を取った大輝は指先の水脹れを見たあと、口にふくもうとしたので頬っ面を軽く叩いてやった。
「なんだよ……もうすぐ魔法使いになんぞ……」
「そりゃ男の場合だろ!」
「そうなの?」
「いや、知らんけど。女だから、……魔女?」
「魔女か、そりゃいい」
腹を抱えて笑って見せて、大輝は煙草を灰皿に投げ込んだ。
「煙草吸いに、またちょくちょく来るわ」
「そこの通用口から出ていきな。学校、そこからのほうが近い」
「サンキュ」
閂を戻しながら、腫れた指先がひっかかって痛い。痛いがあたしは、魔女見習いのあたしは、なぜか笑っていた。
だけど、いいか?
水曜日にだけは来んじゃねーぞ!
水曜日のスーパー スロ男 @SSSS_Slotman
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます