第13話 喫茶グリモワール
南区の商店街に、その店はあった。
純喫茶グリモワール。
広くはない店内の一番奥まった所にある四人掛けのテーブルは、この数年誰も通されていない。
この席で、楽しく語らっていた2人の少女を待っているのだ。
そして今日、待ち人達がやってきた。
「この店も懐かしいね」
金魚柄が涼しげな和装の女性が、落ち着いた声で語る。表情にはでていないが、親しい友人であれば彼女が思い出の喫茶店に再び来ることが出来て喜んでいるのだと分かるだろう。
「あれ~?シズカさんがやけにクールだ」
いつものように先に来ていたのはスコップ。
「ごめんね、これでも目一杯喜んでるの。なかなかこっちの人みたいに表情に出せないから……」
「まあ、そういう設定だとは知っているけど……」
海辺町の惨劇から一週間。
後処理もやや落ち着いた2人はささやかながら、再会を祝して思い出の喫茶店に来たのだ。
「少し、季節を間違えたかな」
常夏の町海辺町と違って、世間は秋になろうかという頃。確かに涼しげなシズカの装いは周囲から浮き気味だった。
「まあ良いわ。町ではなんの問題もなかったんだもの」
シズカはスコップの正面に座ると、案内してくれた給仕にコーヒーを注文する。
アレ?
お願いね、と一言添えるあたり給仕と面識があるのが分かる。
なんということはない当たり前の光景だが、スコップには凄く引っ掛かる。
給仕とシズカは友人関係にあったはずだ。なのに今のやりとりの間、笑顔を一つも交わさなかった。
「え?シズカさんだよね。ミップルだよね」
「シズカですけど?」
「そうなんだろうけど……」
シズカと給仕、ミップルが直接会うのは二年ぶりだろう。だから、以前のようにどちらかがウザがらみするようなノリまで関係は戻っていないのかも知れない。
「お待たせしました」
悩むスコップの思考は、ミップルの声で遮られた。
「ありがとう」
なんだこの違和感。
「ごゆっくりどうぞ」
配膳をしてそのまま立ち去ろうとするミップル。
本来はそれは当たり前なのだが。
しかし、いつだって彼女は注文の品を届け終わっても、スコップ達のテーブルでだらだらとお喋りしていくハズなのだ。ひどい時には空いている席に座ってまで!
そして店長に怒られて慌てて帰って行くのが、パターンのはず。
よそよそしいシズカさんに、よそよそしいミップル。これではまるで……。
「タイムリープ……?」
タイムリープってのは、ご本人が自分の時間を遡行しちゃうあれだ。この場合は、スコップが多分彼女らと知り合って間もない頃に戻ったのだろう。
「そんな訳ないでしょ」
ミップルがレジの方をちらりと見て、恥ずかしそうに説明をする。
「私は、ちょっとサボりすぎたからしばらくは真面目に働かないと……」
だよな。ミップルは世紀末事変の最中も真面目にずっと情報屋してたもんな。バイトのクビが掛かっているのだろう。それは真面目にもなるとスコップも理解する。
とすれば、シズカは?
「私は、特にないよ。タイムリープとか言われるのは心外」
運ばれてきたコーヒーをすする。
「あち……」
小さくつぶやくシズカの仕草に、スコップとミップルはキュンとした。
が、疑惑は晴れていない。
「何よ2人ともその目は」
「じゃあどうしてそんなにクール系を装ってるのさ。僕と最初に会ったときでももう少し感情出てたよ」
「そうですよ今更良い子ぶっても遅いですよ」
「あなた達ねぇ」
そう、シズカは過去が暴露されたから……時間軸上は遙か未来のことだが。ともかくそれに合わせて調整している、などではないのだ。
二人の視線に耐えきれなくなったシズカ。ほんの少し恥ずかしそうだが、話す気になったようだ。
「……顔の筋肉が痛いのよ、あんまり動かすと」
「はぁ?」
「旅の間は、そんなに笑ったりしてなかったから……スコップが言うように、ある意味ここに来た頃に戻ってたのかな、多分。それで久し振りに皆と会って嬉しくて……ずっとニヤニヤしていたみたいで」
自らの頬をぷにぷにとほぐすシズカ。
「だからしばらくはこんなので許してよ」
「ええ、まあ……」
「理由が分かれば僕は別に……」
「良かった。笑われないか心配してたの」
シズカは心底ほっとして、微笑んだ。
直後に痛くてニャーと叫ぶのだが。
「なんだこの可愛さは!」
「わ、私今夜お持ち帰りします!」
ミップルももう
興味はあったが出来なかったいろんな事が出来る、そういうお年になったのだ。
「今日はミホのとこでハンバーグなんだから。それからお泊まり会をするの。この身を三井さんに持ち帰らせるわけには行かない!」
ほっぺをさすりながらシズカの眼差しは真剣だ。
食事処である「料亭みほ」は、主に和食を出す店だ。だからこそ和食のカテゴリーである「洋食」も、高いレベルのものを提供できるのだ。
「だから三井さん、大人のお泊まり会はまた今度……ね?」
「は、はい……お姉様……」
シズカのお色気ウィンクを受けて、ウットリドキドキしながら、ミップルは怒りの店長に引きずられていった。
シズカはまたもや筋肉痛で鳴いていたが。
「でも、感じが変わったのは本当だよ。何というか、ギラギラしたものが消えた感じだ」
「そう?」
「そうだよ」
シズカはやや冷めたコーヒーを一口。
スコップは焙じ茶ラテを一口。
「はぁ……それで?そちらの方はどなた?」
「知らない。けど、お兄さんナンパっていうのはそんなに殺気をまき散らしてするものじゃないよ」
2人が着くテーブルの真横にはいつの間にか男が一人立っていた。
スコップが言うように殺気を隠そうともせず。
「ナンパはお断りよ。私半年はのんびり過ごすって決めてるんだから」
「……黙れ」
「何?」
「その臭い息を俺に吐きかけるな!宇宙人共!」
シズカとスコップは両手で自分の口をふさいだ。
余裕である。
同時に、店の奥にいるミップルへ、目で合図を送る。
(誰なん?)
ミップルはもげそうなほど首を横に振る。
(私知りません!)
しかし問題ない。
彼の正体と目的はすぐに分かることになる。
「俺は、銀河刑事ギャリバン!この青い地球を狙う悪党共!この俺が全て消し去ってやる!」
時空監察官シズカHMS 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G
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