天使による平和な世界

ひゐ(宵々屋)

天使による平和な世界

 『天使による悪人の制裁』が世界に噂されはじめたのは、とあるいじめっ子が失踪した事件がきっかけだった。


「道端で泣いていたら、白い翼に、頭に輪っかを持った人が通りがかって、私のお財布があの子に持っていかれちゃったことを話したら『優先度は低いけど見かけちゃったから先に処理してあげるね』って言っていたんです」


 いじめられていた少女はそう証言した。


 それからというものの、『天使に会った』という証言が世界の各地で挙がるようになった。


「もしかすると、最近死刑囚がいつの間にか脱走しているのも、天使のせいなのかもしれない。脱走しているんじゃない、私達が死刑を行う前に、天使が彼らを制裁し、消しているのだ」


 ここ数か月間に起きている大勢の死刑囚脱走事件は、とても恐ろしいニュースとして人々を恐怖に陥れていた。警備はどうなっているのだと、怒りも湧いていた。だからこそ、死刑囚脱走事件についてそんな意見が出た際、人々は冷笑した。責任感はないのか、恥を知れ、と。


 この世界で『天使による悪人の制裁』が信じられだしたのは、普通に生活していた人々が失踪し始めてからだった。

 隣の家で生活していた者、同じ職場で働く者、通りすがりに挨拶する程度の知り合い……そういった人物達が消えはじめた。


 失踪事件であるから、調査が行われた。その人物が何をしていたのか。その人物の周囲との関係は。

 すると、失踪した者達には、共通するものがあったのだ。


「この女性ですが、多くの男を騙し、金を奪っていました。そのせいで自殺した者もいたそうで……」

「この男性ですが、少年時代に女の子に暴力していたそうです。しかし、未成年だったこともあり大きな罪として問うことができなかったらしくて……」

「この人物ですが……自宅に、大量の身元不明の人骨がありました」


 一見、普通の人間に見えた彼らは、全員悪人だったのである。


「天使様、ありがとうございます! 憎きあいつに罰を与えてくれて」


 天使の正体はわからない。しかし法律で裁けなかった者が、罪から逃げていた者が裁かれたことにより、感謝する人々は多かった。


「いくらなんでも暴力的ですよ。消してしまうなんて。人権はないんですか?」


 一方で、天使のやり方を否定する者もいた。


「天使天使って、本当に彼らがやったことなのかなぁ? 何か大きな陰謀でもあるんじゃないかなぁ?」


 天使の存在を疑う者もいた。


 それでも、世界はよくなった――悪人が確かにいなくなったのだ。

 殺人事件は起こらない。強姦事件も起こらない。詐欺も窃盗も消えた。


 間違いなく世界はよくなり、まさに理想郷がそこにあった。

 一瞬だけの出来事である。



 * * *



 ある日、何気なくタバコをポイ捨てした若者が、その瞬間、ぱっと姿を消してしまった。


 繁華街での出来事であり、周囲には多くの人間がいた。だから、その瞬間を誰もが見ていた。


 そして上空にあった天使の姿も。


 天使は言った。


「ものを道端に捨てること。それは悪と言えるでしょう。我々は、神様からこの世の悪を裁くよう、使命を与えられました。重罪人はすでに全員処理しましたが、まだまだ、人間の中には悪人がいるようです。みなさん、善き行いを」


 悪質なクレーマーが、いじめっ子が、怠惰な者が、粗暴の悪い者が、その行いを見せた瞬間、消えはじめた。


 天使に「悪」とみなされたのだ。まるで雑草が抜かれるかのように、平和な世界から消えていく。


 世界が平和になったと喜んでいた人々は、徐々に天使を恐れはじめた。一体何が「悪」に判定されるのか、わからない。


 ちょっとした嘘を吐いただけで、消えた者もいた。怒鳴っただけで消えた者もいた。


「こんなの、神や天使こそ悪じゃないか」


 もちろん、そんなことを口にした者、考えた者も消えてしまった。

 全てが裁かれる。


 裁かれることなく世界に残り続けたのは、純粋な赤ん坊や、子供達だけだった。

 けれども彼らは、全てが悪とみなされた人間達、つまり大人達がいなくては生けていけなかった。


 果てに、世界から人間が消えてしまった。

 残されたのは人類が築いた文明の証とも言える建築物や、それを覆うとする植物、生息地を広げようとする動物達。


 そして幼くして亡くなった子供達の骨だったが。


「こんなに幼くして死んでしまうなんて、親不孝ですね。なんと悪いことでしょう」


 天使が彼らの骨を消してしまった。


 世界は完全な平和を手にした。

 悪がいなくなった世界では、また悪が蔓延ることがないか、天使が空を飛び見回りをしている。



【終】

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天使による平和な世界 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

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