バーナード・オズウェルはマーガレット嬢のおつき

水越ユタカ

第1話

「バーナード、バーナードはどこ?」

 マーガレットは広い屋敷のなかで声を張り上げた。

「お嬢様、お呼びでございますでしょうか」

 その声を聞きつけて駆け足で飛んできた侍女に、マーガレットはつんと澄ました顔で言う。幼い顔立ちにふわふわしたくせっ毛の長い髪は本人にとってはコンプレックスだが周囲の者たちにとっては愛らしさを感じさせるのみである。

「わたくしはバーナードを呼んだのよ」

「バーナードはただいま町に買い出しに出かけておりまして……」

「言い訳はいらないわ。はやくバーナードを呼んで」

「しかしお嬢様……」

「バーナードじゃなきゃいやなの! バーナードがいいの!」

 そう言い切るその姿は、己の願望がすべて通るものだと信じて疑わない。大陸の奥地にある小さな領地の領主、マーガレット・クラウスは今度の年明けで十四になる。たったひとりで領主という責務を背負うにはやや幼い少女である。

 侍女たちが数人がかりでマーガレットをしばらくの間いさめているうち、どれだけ経っただろうか、侍女たちの表情に疲れが見えはじめた頃、屋敷の門を一人の男が通った。マーガレットも侍女たちもいよいよ我慢できなくなったその瞬間、男は彼女らの前に姿を現した。

「大変お待たせいたしました。マーガレットお嬢様、お呼びでしょうか」

「お呼びでしょうか、ですって?」

 自身の目の前の床にひざまづく男に、マーガレットは蜂蜜色の瞳を釣りあげた。

「遅すぎるわ。いったいなにをしていたの」

 マーガレットのきつく問い詰めるような口ぶりに、男―― バーナード・オズウェルは素直に謝った。

「申し訳ございません。お嬢様の日用品を買い足しに行っておりまして、品切れだったため少々手間取ってしまい……」

「言い訳はけっこうよ。わたくし、もう朝から勉強しどおしで疲れて立てないの」

 主人の横柄な態度にバーナードは気分を害した様子もなく、むしろ得心した様子で顔を上げた。

「ああ、おんぶでございますか? では失礼――」

「なに言ってるのよ、ばかじゃないの? わたくしのこと、いったい何歳だと思ってるの? 十四歳よ、もうすぐ十五なの。バーナード、あなた十五の淑女にばかみたいなかっこうで背中におぶされっていうの?」

「大変申し訳ございません。以前横抱きにしたときはたいそう怖がっておいででしたので、てっきりお嫌かと……」

「いったいいつの話をしてるのよ、ばかっ!」

 マーガレットの甲高く罵倒する声に、ひとり、またひとりと使用人が後ずさりで部屋からいなくなっていく。

 バーナードは根気強くもう一度謝罪を言葉を口にすると、マーガレットに向けて手を差し伸べた。そして、見かけに似合わずがっしりとした腕で主人を軽々と抱きあげる。マーガレットはバーナードの首の後ろへまわした腕へよりいっそうの力を込めて抱きつき、目を閉じた。

「マーガレットさまって、あのお歳のわりにはなんだかわがままじゃありません?」

「あ、そうか、あんた、まだ来たばかりだから知らないのか」

 若い侍女が何気なく言った言葉に、やや年上の侍女が言った。

「お嬢様のお父様が最近亡くなられたのは知ってるでしょ? お母様が亡くなられたのもお嬢様がまだ小さい頃だったし…… まだまだ甘えたい年頃でしょうに……」

 母が亡くなった時、ずっとそばにいてくれたのはバーナードだった。五歳の時に家の庭にある池で溺れた時に助けてくれたのも、七歳の時に飼っていた自分と同い年の犬が亡くなった時にそばでなぐさめてくれていたのも彼。読み書きを教えてくれたのも彼だし、極めつけは、赤ん坊の頃初めて口にしたのは父でも母でもなくて「バーナード」だったという。

 バーナードはマーガレットを抱えたまま器用に扉を開けると、彼女を寝台に下ろした。

「少しお休みになりますか? それとも――」

 尋ねる従者の腕を、マーガレットがぐいと引いた。

「一緒に寝て、バーナード」

 瞬間、先ほどから落ち着いた様子でいたバーナードの瞳が一瞬、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

「…… いけません。先ほどご自身でもおっしゃったように、もう子どもではないのですから」

「子どもでなくても、おまえはわたくしの従者だわ。従者は主人の言うことを聞くものでしょう?」

「主人をいさめるのも、従者たる私の役目です」

 すぐさま落ち着きを取り戻したバーナードは、そっと己の腕からマーガレットの手を外した。

「しばらくしたら起こしにまいります。おやすみなさいませ、メグお嬢様」

 形式ばった挨拶を口にして、バーナードは扉の向こうへ消えた。

 マーガレットは寝台に寝転んでため息を吐いた。

 昨年のちょうど今頃、父が死んだ。仕事ばかりで、ほとんど家にいない人だったし、いたところでマーガレットにはまったく構ってくれない父だった。マーガレット自身父との思い出はほとんどなく、母親も幼い頃に亡くしたこともあって、幼い頃から今までに続く数々の思い出には、すべてバーナードがいる。

 彼のいない人生など、マーガレットには考えられなかった。―― いや、正確には彼のいない人生を知らないのだ。考えたくもない。

「お嬢様、そろそろお目覚めください」

 数時間後、マーガレットはバーナードの声で起こされた。

 気持ちよく眠っていたところを邪魔されたような気がして、マーガレットは声の主をきっと睨んだ。が、当の本人は彼女が寝起きの機嫌が悪いのを心得ているためか、その視線をものともしない様子で口を開く。

「顔を洗って、口をすすいでください。身なりもきちんと整えて。日が暮れるまでに終わらせていただきたい書類仕事がいくつかございます」

「書類仕事なら身なりを整える必要なんてないじゃない」

「仕事とそれ以外の切り替えは大切です。旦那様はいつも身なりを整えてから仕事をされていらっしゃいましたよ」

「だったら言うけど」

 バーナードの普段通りの堅苦しい息の詰まるような返答に、マーガレットも負けじと言い返す。

「お父様は毎晩夜遅くまでお仕事をされていたわ。わたくしが夕方までに仕事を終わらせなければいけない理由はないんじゃなくて?」

「いいえ、お嬢様。それは違います」

 マーガレットの反抗はけれど、バーナードによってきっぱりと否定される。

「旦那様は早朝に起きられて食事の時間も惜しんで仕事をなさったうえでそれでも夜遅くまで机に向かっていらしたのです。朝日が昇りきってから起きられて、お昼寝までなさっているお嬢様とはわけが違っ――」

 ぼす、とバーナードの顔面に枕が直撃して、台詞は一方的に中断させられる。マーガレットはいらいらといた様子を隠さずに寝台から降り立った。

「わかったわよ、着替えればいいんでしょう」

「…… 侍女を呼んでまいります」

 バーナードは己の顔面に衝突した後床に落下した枕を丁寧に寝台の上へと戻しながら言った。

「面倒だわ。おまえが着替えさせて」

「…… もうできません、と以前から申し上げているはずです。今ヘレナを呼んでまいりますから――」

「彼女は嫌だわ。着替えさせるのが遅すぎるもの」

「では、ゾーイを」

「彼女は雑すぎるわ。このまえなんて櫛に私の髪を引っかけたのよ」

 バーナードは絶対にそんなことをしないのに。

 そう続けようとする前に、わかりました、とバーナードが口を開く。

「その件に関しては近いうちに何とかしましょう。申し訳ありませんが、今は他に適任者がおりませんので不便かとは存じますが我慢なさってください」

 なかばまくしたてるように言って、バーナードは部屋を出て行った。

 昔は、少しごねればなんでも言うことを聞いてくれた。それなのに、近頃そうは行かなくなってきたような気がする。最近は全然遊んでくれないし(あくまで子どもの時に比べれば、だが)、そばにいてくれる時間は増えたのに話す内容といえば勉強や仕事のことばかりだ。本当は前みたいに花や虫の話とか、甘いお菓子の話だとか、そういう他愛のない話をしていたい。

「痛っ……」

「も、申し訳ありません!」

 マーガレットのくるくるとした栗色の髪の毛に、櫛が引っかかるのは仕方のないことだった。いくら梳かそうと油を塗ろうと癖の強いマーガレットの髪の毛は、一向に真っ直ぐになどなってくれないのである。

「謝らなくていいから、早くして」

 べつに、侍女たちが嫌いなわけではない。特別好きでもないが。バーナード以外の人間に、対して興味がないだけなのだ。

 マーガレットは身支度を整えてもらうと執務室に向かった。父がたまに帰ってきたかと思えば娘の話も大して聞かずに閉じこもっていた、あの部屋だ。マーガレットはあの部屋に対してほとんど憎しみしか湧いてこないが、領主という立場になった以上そうはいかない。

 領主になって、バーナードは遊んでくれなくなったけど、前よりも一緒にいてくれるようになった。仕事の関係上父と過ごしていた時間が、マーガレットにまわってきたのである。それだけは領主になって良かったなと思う。

 そんなことを考えながら歩いているとふと、窓の外から侍女たちの話す声が聞こえてくる。

「―― そういえばさっき、バーナードさんが女の方といるのを見たんですけど」

「さっき?」

「ほら、お嬢様がお休みになっている間に……」

 首を傾げた侍女の片方に、もうひとりが説明すると、彼女はああと声を上げた。

「きっといい人が見つかったのよ。前から探してたじゃない」

「あーなるほど。バーナードさんてもう何年かしたらこの屋敷出ていかれるんですかね?」

 聞き捨てならない言葉に、マーガレットは足を止めた。

「どうかしらね? ご実家も家柄としては悪くないし、結婚すること考えたらそろそろいい時期かも、とは思うけど、こればっかりはご本人と、あとお嬢様のご意向ね」

「ああ――」

 侍女たちの声が遠ざかっていく。

 マーガレットは、廊下の隅に立ち尽くしたまま足を一歩も動かせずにいた。

「お嬢様?」

 誰もいない廊下の隅にじっと立ち止まっていると後ろから声がして、マーガレットは振り返った。

「どうされました、こんなところで……」

「…… 虫がいたのよ」

「虫?」

 訝しげに首をひねるバーナードにマーガレットは「そうよ」といつものつんと澄ました調子で言う。

「トンボがいたの」

「と…… いや、でも今はトンボの季節じゃ――」

「いたものはいたの!」

 なかば八つ当たりぎみにむしゃくしゃした気持ちをぶつけると、バーナードは少しだけ怯んだ様子を見せた。

「…… 申し訳ありません。ですがお嬢様、まだお仕事も残っていますので、虫はあとにしていただけますと」

「わかってるわよ、そんなことは」

 いつも通りいやに丁寧に諭されて、マーガレットはいらいらと言った。自然と眉と眉の間に力が入り、唇がとがる。自分でも子どもみたいだと思う。実際バーナードからしてみればまだまだ子どもなのだろう。おんぶや昼寝が必要で、勉強にはついてやらないといけない、おまけに虫が好き。今だってそんな言い訳で納得された。

「お嬢様、お待ちください。走ると危ないですから」

 いらつきのせいかどんどん早足になっていくマーガレットの後ろから、バーナードがなだめるような声で言ってくるが、余計にいらついて止まることなどできない。

「きゃ……!」

 勢いよく角を曲がろうとしたところで、花瓶を持った侍女と衝突する。花瓶の中には当然美しく咲いた花と水が入っていて、マーガレットとぶつかった衝撃で飛び出してくるのが見えた。自身がびしょ濡れになるのを瞬時に覚悟したマーガレットはぎゅっと目をつむった。が、来るはずの感覚はどれだけ待っても一向に来ない。

 まさかと思って顔を上げると、バーナードが目の前に立ちはだかっていた。半身で花瓶の中身を受けたせいか、左肩と顔の半分に思いきり水を被ってしまっている。

「あ……」

「やだっ、ごめんなさいバーナードさん!」

 マーガレットが言うより先に花瓶を持ったまま青ざめた侍女が叫んだ。

「いえ、たいしたことでは…… それより――」

 バーナードはくるりと体勢を変えてマーガレットを見た。マーガレットははっとして、咄嗟に身をひるがえした。後ろから制止の声が飛んでくるが、かまわず突き進んだ。今のはもう、完全に周りを見ずに全速力で走っていたマーガレットが悪い。誰が見ても明白だ。そう思ったら、つい逃げ出してしまっていた。

 なんなのだろう、これは。

 べつにバーナードに怒られるのが嫌なわけではない。ただ、バーナードがほかの、自分以外の人間の味方をするのを見たくないだけ。

 ―― これじゃ本当に子どもみたいだ。

 さっき侍女たちが話していたことは本当なのだろうか? もうすぐ、近いうちにこの屋敷を出て、マーガレットの知らない誰かと結婚してしまうのだろうか?

 そんな話は聞いていない。もしその話が本当なら、一番初めに主人であるマーガレットに報告するのが道理のはずだ。なにも言わずに行ってしまうなんて、そんなことあるわけがない。と、自分を納得させかけて、でも、とひとつの予感が走る。

 真面目で堅物なバーナードのことである。まだたったの十四歳の、バーナードから見ればずっと子どもの自分に、バーナードがいないとなにもできない子どもにそんなことを言うのは気が引けているという可能性もある。

 だって自分でもそう思う。

 もしかすると、いつまで経っても子どもの自分に呆れてすらいるのかもしれない。そんな主人にほとほと愛想が尽きて、だから、あんなことを……。

「お嬢様」

 いつの間にか戻ってきていた部屋の前に立ち止まって考え込んでいると、突然扉に大きな影ができた。聞き慣れた声に振り返れば、やはりそこには幼い頃からそばにいる従者の姿がある。

「執務室までお戻りください。処理していただかなければならない書類がまだ――」

「バーナード」

 ついさっき濡れてしまったためか上着を脱いで、短い髪はかきあげた名残りがあるがほぼ乾いてしまっている。

「おまえ、わたくしに言わなければいけないことがあるのではないの」

「え?」

「わたくしにまだ、言っていないことがあるのではないの?」

 睨みつけるようにしながら言うと、たちまちバーナードは蒼褪めた。その反応で、もうすっかりわかってしまった。侍女たちの話の真偽も、バーナード自身の気持ちも。

「―― ちょっ…… と…… 待ってください。お嬢様。申し上げていないことというのは、つまり、その」

「おまえは!」

 わかったとて、それは到底大人しく理解して頷けるようなものではなかった。理屈ではわかっても、たった今、バーナードの反応を見た瞬間熱を持ってしまった心は、マーガレットにはどうしようもなかった。

「おまえはわたくしのものでしょう? お父様がいた頃ならいざ知らず―― おまえはわたくしのものになったのよ! それなのに――」

「お待ちください。お嬢様、私の話を……」

「そのお嬢様というのはやめて!」

 バーナードの反論するような声にマーガレットは金切り声で叫んだ。

「もうお嬢様じゃないわ、わたくしは領主なのよ! おまえのたったひとりの主人なのよ! お父様が亡くなってからおまえはわたくしのものになったのよ! そうでしょう?」

 主人に詰め寄られて、バーナードは怯み、そしてなにか言いたげに口を開き、諦めたように閉じ、そしてまた開く。それを何度か繰り返したあと、

「…… お嬢様、それは違います」

と、小さな声で口にした。

「私は――」

 それ以上は聞きたくなかった。バーナードの返答を聞いた瞬間、マーガレットは部屋に飛び込んだ。中から鍵をかけてしまえば、バーナードが入りたくとも入れない。

「おじょうさ……」

「もう聞きたくないわ」

「聞いてください」

「聞きたくないって言っているのよ! もう、どこかへ行って!」

 マーガレットがもう一度叫ぶと、扉の向こうから呆れたようなため息が聞こえてくる。足音がどんどん遠ざかっていっていなくなったのがわかると、マーガレットは寝台の上にどさりと腰を下ろした。

 勢いあまって言ってしまった。あんなこと、聞かなければよかった。知らなければ、いずれ彼がいなくなるその時まで幸せでいられたのに。

(嘘でもわたくしのものだと言ってくれればよかったのに)

 でも、それができないのがバーナードだし、そういうバーナードだからそばにいてほしいと思うのだ。

 バーナードなしで、勉強も、領主としての役目も真面目にこなせる気がしない。突然目の前が真っ暗になったみたいに、先が見えない。わからない。バーナードのいない人生など考えられない。

 ずっと昔、屋敷の庭にある池で溺れた時のことを思い出した。苦しくて、なにもわからなくて必死に動かしていた手をバーナードが引いてくれたのだった。底の見えない、足もつかない、深い深い池から、いともあっさりと助けてくれた。

 バーナードはもう、そばにいてくれない。

 彼には彼の人生があって、たまたま、父に出会って、その娘の世話を命じられて、成り行きで仕えていただけなのだ。仕えていた当人が亡くなった今、彼はもう自由だ。父が亡くなってしばらく経つが、これまでいてくれただけでも感謝しないといけないのかもしれない。

 カーテンもなにもかも閉め切った暗い部屋のなかでそんなことをつらつらと考えていると、突然、部屋の窓ががたんと揺れた。鳥だろうかと腰を上げかけたその時、窓はゆっくりと向こう側から開いた。開いた窓から力強く吹きこんできた風が、カーテンを煽る。

「ば……」

 バーナード。

 外にある木を登ってきたのだろう。バーナードは窓の木枠を乗り越え、マーガレットの部屋の中に躊躇なく入った。

「―― ば、ばかじゃないの? いったいなにをして……」

「お嬢様、覚えていらっしゃいますか?」

 バーナードは、肩についた木の葉を払い落しながらこちらに歩み寄ってくる。妙に落ち着いた、ともすれば普段と変わらない態度にマーガレットは思わずあとずさった。それを見てか、バーナードはその足を止めた。

「十年前の話ですか。庭の池でお嬢様が溺れたのを、私が助けました。それはもう必死な思いで」

「…… 知らないわ。そんな昔の話」

 マーガレットは嘘をついた。バーナードは自分に嘘をついたことなど一度もないのに。彼は「そうだろうな」とでも言いたげな笑みと、同時にどこか寂しそうでもある笑みを浮かべて続けた。

「もう十四年も前のことになります。まだなにも知らない子どもだった私が、旦那様―― あなたのお父上のところへ奉公へ行くことになったのは。初めに命じられたのはまだほんの、母親の腕に抱かれているような小さな女の子の子守りでした」

「…… なんの話がしたいのよ、いったい」

 急な思い出話に、マーガレットは眉根を寄せた。そんな話をされると、明日にでも、いっそ今晩にでもバーナードがいなくなってしまいそうで不安になる。

 マーガレットの心境をわかっているのかいないのか、バーナードは真面目な顔に戻って告げた。

「私はあなたのものですよ。初めからずっと」

 欲しかった言葉のはずが、あまりにも唐突で、マーガレットはゆるゆると首を振った。

「…… うそよ。信じないわ」

「信じてくださらなくてけっこうです」

 帰ってきた言葉にマーガレットは顔を上げる。

「でも事実です。あなたが私に対して、ここから―― この屋敷から出ていけと言わない限りは、私はずっとここにいます」

「…… さっき言ったわ」

「もう一度、きちんと言ってください。おまえなどもう要らないと」

 目の前で片膝をついて言う男に、マーガレットは「ばか」とちいさく口にした。

「おまえがいなかったら、誰がわたくしの仕事の補佐や身の回りの世話をするのよ。―― ああ、もう、ばかばかしい。喉が渇いたわ、バーナード。執務室に戻るから、お茶を持ってきてちょうだい」

「―― は……」

 主人の変わり身の早さに困惑した様子の従者を、マーガレットはやや気まずげに振り返る。

「早くして」

「…… かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

 返事をして立ち上がるバーナードを横目で見ながら、マーガレットは彼に見えないように密かに笑みを浮かべた。そして、この先も彼がそばにいてくれることに心から安堵したのだった。

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