布団の上で踊る小人

透峰 零

第1話

 布団の上で小人がダンスをしたならば、そこで寝ている人間は天下無双となる。


 そんな話を最初に聞いたのは、確か母からだった。

 母がその話を聞いたのは夫の母親――つまり、僕の父方の祖母、彼女からすれば姑からだという。

 祖母は、赤ん坊の僕が寝ている布団の上で、確かに小人のダンスを見たのだという。

 だからきっと大丈夫よ、と母は微笑した。その顔が少しばかり疲れて見えたのは、僕の気のせいではないのだろう。

 歌、ダンス、水泳に算盤、習字、剣道空手野球テニス将棋に囲碁。

 何をやらせても、天下無双どころか下から数えた方が早い成果しか上げられない僕の才能を掘り起こそうと、祖母は躍起になっていた。新しいことを始めさせては、何もできないと癇癪を起こす。その繰り返しだ。

 僕の習い事のためのお金を稼ぐのも、送り迎えも、「お前の躾が悪いから、この子の才能は伸びないんだ!」と祖母に怒鳴りつけられるのも、全て母だった。

 父は祖母が怒るのを恐れて、家には遅くにしか帰ってこない。本人は残業だと言っているが、スナックに通っていることを僕は知っている。財布に入れっぱなしのポイントカードを見れば一発だった。まったく、もう少し注意して隠せば良いものを。

 残業してるはずなのに、入ってくるお金より出ていくお金の方が大きいのはどういうことか、と母が問いかければ「遅くまで仕事している人間を敬うこともできないのか!」と顔を真っ赤にして怒鳴りつけていた。その顔も、怒る仕草も、何もかもが祖母にそっくりだったのを僕はよく覚えている。


 その父が死んだのは、僕が小学六年生の時だった。車に撥ねられて死んだのだ。

 相手の信号無視ということもあり、慰謝料や賠償金など、色々な理由で沢山お金が入ってきた。金食い虫がいなくなったおかげで、僕ら親子の暮らしはかなり楽になった。さらに、母は友人の勧めで始めた投資が大当たりして、ちょっとした小金持ちになった。


 一方で、祖母の癇癪は酷くなる一方だった。可愛がっていた一人息子の死で、疎んじていた嫁が裕福になるのが許せなかったのだろう。


 その祖母が死んだのは、僕が高校一年生の夏だ。同じく交通事故であった。

 やはり相手の過失で、またしても僕らの元には多額の金銭が入ってきた。

 これで当初の予定通り、僕らの暮らしを脅かすものは全ていなくなった。

 その後の僕の人生は至って順調で、大学を卒業して、そこそこの企業に就職。

 合間に片手間で始めたビジネスが大当たりして、今に至る。





 …………今思えば、祖母が言っていたことは本当だったのだろう。

 何せ僕は、今や裏の世界では知らぬ者のいない天下無双の殺し屋だ。


 どうやら、僕の布団の上で踊っていたのは小人ではなく死神だったらしい。


 fin.

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