マスクドライダー・九頭 

あぷちろ

第60話 市民の希望


 春眠暁を覚えず。うららかな日差しと過ごしやすい気温。それでいて朝晩は冷え込むから冬布団でいても自然と眠りやすい室温になる。

 そんな布団の魔力に囚われた少女が一人、ここにもいた。

「亜樹子、朝だぞ」

 俺こと九頭勇太郎は6畳一間の狭いアパートの一室で同棲している恋人である亜樹子の肩をゆすり、まどろみの中にいる彼女を起こそうとする。

「むにゃむにゃ……私が天下無双よ……! 輜重の襲撃は戦場の華よなぁ……」

 どんな夢をみているのか、俺にはわからないがさぞ楽しい夢を見ているようだ。

「はぁ……」

 俺は小さな溜息を吐いた。亜樹子を起こすことをあきらめて部屋の片隅におかれているテレビのスイッチを押した。

 昨日に見ていた番組の名残か、一際大きな音がスピーカーより流れた。

「わっ」

 慌ててテレビのボリュームボタンを連打して音量を下げた。

 布団の上に目を遣るとすやすやと眠る亜樹子の姿。胸をなでおろす。

「こんなしょうもないことが”トリガー”になったら洒落にならねえぞ」

 亜樹子には特殊能力がある。それは自分自身の深層心理にある願望を具現化してしまう異能だ。具現化した願望の多くは人型――よく怪人と称されるモノとなり、街中に出現する。時折、奇妙な形式をもつモノもあるが、たいていは怪人型だ。

 そして、亜樹子が願望を具現化する”トリガー”。これの殆どは自身の感情が負の方向へと大きく揺れ動くときであり、彼女がが怪人というカタチをとって現実世界へ現れるのだ。

 何気なくバラエティー番組を見ていると、画面が切り替わってニュース速報が流れる。

 「速報です。鳶谷公園にて怪人の目撃情報がありました。近くにお住まいの方は家から出ないようにしてください。外出を控え、公園にいるご家族のいる方はすぐさま連絡をとってください」

 俺はあわてて振り向くが、当の本人はすやすやと幸せそうに寝息をたてていた。一旦胸をなでおろした。

 ―pipipipi―

 携帯端末から着信を知らせる電子音が鳴り響く。

「もしもし」

『ゆっくんかい?』

「黒井さん」

 受話口から聞こえてきた男性とも女性ともとれる声は俺の直属の上司である黒井さんであった。

『テレビはみているかい? 見ているよね。重点管理対象はまだおねむかい?』

「ええ。黒井さんも亜樹子の寝言ききます? 傑作ですよ」

 俺が茶化すように話すと、黒井さんは真面目腐った声色で続けた。

『ぜひともそうしてくれたまえ。重点管理対象は?』

 すぐさま俺は亜樹子の傍に近寄り、携帯端末をスピーカーモードする。

「むにゃむにゃ……私がブレイクダンサーや! この街もブレイクしたるで!」

 怪人の暴れる現場が中継されているテレビ画面を見ると、妙な形状をした怪人が荒っぽくダンスを踊りながら建造物を破壊していた。

「どうみても、ブレイクダンスではないけどな」

『冷静なツッコミをどうもありがとう。これで確定した。今回のお題はこれだね』

「寝ている対象の機嫌をとれと? 無茶苦茶な」

対応部隊の時間稼ぎにも限度はある。迅速な対応を頼むよ』

 黒井さんにあるまじき、切迫した様子のまま電話が切れる。

「……なんと無茶苦茶な」

 携帯端末からは無常にも通話が打ち切られたツー、ツーとした電子音が非情になり続けていた。




 つづく

 

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マスクドライダー・九頭  あぷちろ @aputiro

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