心を閉じ込めた私は。

天照うた @詩だった人

人なんて、信じられないよ。

 ――私は、どうしたらよいのだろうか?


 窓の外を眺めて、私――桃原ももはらつばさはふっと息を吐く。


 外の世界には桜が舞い、春が来たことをうるさいほどに実感させてくる。



「……入学式」



 絶対に来て欲しくなかった、この日が来てしまった。


 ――世界なんて壊れちゃえばいいのにさ。

 窓の外の世界を消すように、一気にカーテンを閉じる。


 でも、その隙間から差す日の明かりは、痛いほどに私を刺す。


 ……きっと、世界は私に消えて欲しいんだろうね。


◇◆◇


 誰もいない家を出て、鍵を閉める。


 ……ひとりって、楽だよね。

 なんでだろう。この環境が好きなはずなのに。

 でも、どこか満たされていないように感じる。この穴って、どうやったら埋められるのだろうか?


 新しい制服。中学を卒業してからいっぱい練習したメイク。美容院で切ってきた髪。

 全部、中学校の時とは違う。あのころよりも良い「私」になれたはずだ。「私」を作れたはずだ。


 ……でも、どこか足りないような気がする。

 そして、きっと一生それは手に入れられないものなのでしょうね。


 無情に散る桜を軽く睨んだ。


◇◆◇


「――今日はこれで終わりにする。気をつけ、礼」


 ……ぼーっとしている間に、入学式が終わってしまったみたい。


 ――私、やっぱりダメだな。

 どれだけ見た目を整えたって、私は私のままなんだ。もう、変わることなんてできないんだ。


 荷物を片して、帰ろうとした――その時だった。



「――桃原。なんで、お前がっ……!」



 ――嘘だ。

 嫌だ。嫌だ。そんなわけ、ないよね?

 あの人とだけは会いたくなかったのに。あの人とだけは――もう無理なのに。


 ……あぁ、世界って残酷だな。


 そこにいたのは、中学校の時の元カレ――後に私に対するいじめの元凶となった人物、神河かみかわ太陽たいよう


 ……結局、どこに行ったって同じなんだね。私は誰かに虐げ続けられなければならない。

 もう、嫌だ。生きている意味って、どこにあるのかな?



 彼は、何も言わずにその場を去った。


◇◆◇


 ――分かっていたことだった。次の日から、私にはまたいじめが始まった。

 中学校時代の悪夢の再来。もう二度と、起こって欲しくなかったもの。


 最初に感じたのは違和感だった。

 何故かクラス中のみんなが私を避けているような、本当に気のせいとしかいえないような違和感。

 そこから、物がなくなった。最初は消しゴム。そして、ペンケースまるごと。さらには、教科書まで。

 最後に受けたのは、直接的な暴力だった。休み時間になるとスマホに着信が来る。その着信には、必ずどこかの場所が書いてあるのだ。

 その場所に行けば、「彼」とその取り巻き達がうざったく感じるような気持ちの悪い笑みを浮かべて、私のことを歓迎する。


 ――やっぱり私は、どこに行ってもそうなんだ。


 誰かに助けを求めればよかったのかもしれない。けれど、私は一貫して無言でいた。


 もう、ダメだ。

 人間だなんて信用できない。自分以外に私を守る術なんてない!


 だから私は、心の殻をつくった。

 本当の「心」を覆い隠して。自分を物だと思うことで屈辱に耐えて。あと三年間、この年月を待てばきっと苦しみから解放される……そう、自分に言い聞かせて。


 私は、人間不信になった。


◇◆◇


 初夏の風が吹き始めた日のことだった。


 ――もう、二ヶ月くらいか。

 新しい環境に身を投じて。それで、またあいつと出会ってしまって。この日々が始まって。

 考えれば考えるほど、自分が嫌になってくる。こんな思いをするなら、努力なんてしなければ良かったと思う。


 ヴヴッ


 定時通り、スマホの着信。

 『体育館裏』


 ……私は、無力だ。

 何にも逆らえない。従うしかない。私は、まるでロボットのようだ。

 ロボットなら、人間の感情なんてない。こんな感情だなんて、感じることもない。


 ――行くか。


 重い腰を上げて、椅子を立つ。


 その時、だった。



「桃原さん」



 ――私に、声?


 私がいじめられていることは、周知の事実だ。そんななかでわざわざ私に声を掛けようとする奴なんていない。


 いったい、どんな物好きでしょうか?



「ちょっと話がしたいんだ。体育館裏へ来てくれないか?」



 私に声を掛けたのは、クラスの凪原なぎはらみなとだった。


 ――体育館裏、か。

 そこは、今日のあの約束の場所だ。何を話したいのか知らないけど、ここを接触させるのは良くないと自分の頭が言っている。



「ちょっと……遠慮、しておきます」



 そう言うと、凪原は静かに目を伏せて――強い瞳を浮かべる。



「桃原さんって、太陽に虐められてるよな? 俺、そういうのほんとに許せないタイプなんだけど」



 ……私の人生が、今一歩大きく動いた。

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