名画座の思い出とエマ

若いころ古い映画が好きでよく名画座に通った。

地元の名画座シネロマンは地下にあった。
元はポルノ映画館だったが館主の趣味で名画座に変わり、高校生のころ学校をさぼってよく通った。
アメリカンニューシネマの名作はほぼここで見た。
大学生になって上京し、夏休みに帰郷したらシネロマンは閉館していた。

大塚名画座は蓮實重彦が閉館の様子を書いたことで有名な映画館だ。
ここにもよく通った。
ブレッソンの『抵抗』は衝撃だったが、映画館の最期に立ち会えなかったのは残念だ。

大槻ケンヂが自伝小説『グミ・チョコレート・パイン』で池袋の名画座文芸座地下を書いている。
高校生の「僕」が文芸座地下に行くと冴えない大学生たちがいて僕を疎ましそうに睨む。
僕は「お前らなんかに(人の心を揺さぶる)爆弾は作れない!」と心の中で罵る。
ここを読んでグサッ! と胸にきた。
高校生の大槻ケンヂが通っていたころ、大学生の自分も文芸座地下の常連だった。
自分は「僕」に「お前なんかに爆弾は作れない!」と罵られる側の人間だった。

タランティーノは自分と同世代の監督だが『トゥルーロマンス』で主人公のカップルが名画座で出会う場面を描いている。
ヒロインがわざと主役の若者にポップコーンをぶちまけ、それで二人は親しくなる。
あれはすべての映画青年が見る夢のような名場面だった。

本作のヒロインエマがすばらしかった。
ちょっとトゥルーロマンスのヒロインのように破天荒なところがあってそこがよかった。
『さよなら、シネマ。』もまた映画青年が見る夢かもしれない。
ただしふつうの青年は夢見るだけで終わる。
堀川さんはその夢を「エマ」という忘れがたいキュートなキャラに昇華させた。
これはとてつもないことだ。

『さよなら、シネマ。』というタイトルもいい。
「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うための遠い約束」
は我々の世代ならみんな知ってる映画の主題歌だが、本作を読んでひさしぶりにこの歌詞を思い出した。
甘く切ない極上の青春小説です。
ぜひご一読をおすすめします。

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