『自分卒業式』は、晴れやかに

未来屋 環

とまるもゆくも

 そして、私は生まれ変わるのだ。



「――以上、卒業生代表、佐倉さくら さき


 答辞を読み終えお辞儀じぎすると、拍手の雨が降り注いだ。

 無事にミッションをやり遂げた安堵感あんどかんとあたたかい会場の雰囲気に、少しだけ涙がにじむ。

 頭を下げたままひとつ息を吐き、気持ちを落ち着かせてから顔を上げた。


 続いて卒業生全員での合唱。

 皆で声を揃えて歌うことが、こんなにも気持ちがいいなんて。

 これが最後だと思うと少し寂しいけれど。


「以上をもちまして、卒業式を終了します。一同起立――礼」


 アナウンス通り一礼した3秒後、もう一度会場は拍手に包まれた――。



「はい、カットです!」


 その言葉で周囲の空気が一変する。

 私以外の卒業生たちは笑顔で会釈えしゃくしながら部屋を出て行った。


「佐倉さま、おつかれさまです」


 振り返ると、そこにはプランナーが立っている。

 私が「お世話になりました」と頭を下げると、彼は「とんでもございません」と笑みを浮かべた。


「この度は弊社の『自分卒業式』サービスをご利用頂き、誠にありがとうございました」


 ――そう、今日は私の卒業式。

 但し、どこかの学校を卒業するわけではなく、『今の私』を卒業する日だ。



 生きるために仕事をしていたはずが、いつの間にか仕事をするために生きている。

 疲れ果ててとぼとぼ歩く帰り道、たまたまその広告が私の視界に飛び込んできた。


「弊社の主力事業は『自分卒業式』の企画です。日々息苦しさを感じている方々が気持ちの区切りをつけ、次のステップへと向かうお手伝いをさせて頂いております」


 プランナーの彼からは様々なスタイルの卒業式が提案される。

 体育館を貸し切る大々的なものから家族だけで行う小規模なもの、そして有休消化も兼ねた海外挙式まで……結果的に私は貸会議室を使用するリーズナブルなオーソドックス卒業式プランを選択した。

 思うままに答辞の原稿を書いていると、少しずつ自分の気持ちが見えてくる。

 式当日に近付くと共に、私の中の閉塞感へいそくかんは徐々に薄れていった。



「――私、明日辞表を出します。本当にやりたいことが見付かったから」


 そう伝えると、プランナーが笑顔で「ご卒業おめでとうございます」と筒を差し出す。

 式中に受け取った卒業証書を丸めて入れた時、確かに自分の中で覚悟が決まった。


 ――うん、頑張ってきた私、卒業おめでとう。


 プランナーの彼に見送られながら、店を出る。

 きらきらと輝く街並みを眺めながら、私は軽い足取りで一人打上げ会場のレストランへと向かった。

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『自分卒業式』は、晴れやかに 未来屋 環 @tmk-mikuriya

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