夢はトリか幻か。
数多 玲
本編
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
漆黒に広がる森の奥で、突如現れる巨大な翼。
隣にいる白い布に幾何学的な模様をあしらった民族衣装のようなものを着ている女性が、これが先祖代々伝わる「トリの降臨」であると語っている。
……先祖代々伝わっている割には「トリ」とは呼び名が少々適当過ぎないかと思ったが、それはいわゆる「鳥」を指すのではなく神に近いとされる存在の呼称ということだそうだ。
俺がいるのはその「トリ」の降臨に備えて儀式を準備している村だが、あたりに広がるのは森ばかり。
「トリ」が降り立つのであろう場所だけが大きく整備されている。
ほどなく、その巨大な翼の何かが舞い降りてくる。
俺を含め村の住民はそれに対して最上級の敬礼をもって応える――
……というところでいつも目が覚める。
大した内容でもない気がするが、これだけ回数が多いことと、何よりやたら鮮明に覚えていることが気になる。
「あまり根拠のない話だけど、ただの偶然でなければ前世の記憶か未来視っていうところかな」
クラスメイトの
飛鳥は頭もよく、面倒見がいいため女子人気も高いクラスの副委員長である。
「……と言いたいところだけど、その内容にあまり危険な部分がないから未来視というには警告要素が少ない気がするね」
「未来視には警告要素が必要なのか?」
「必要ってことはないけど、未来において気を付けないといけないとミカサくんの無意識が訴えてくる情報としては大したことない内容だな、と思って」
あわてて「ミカサくんの話がつまらないっていうわけじゃないよ」とフォローを入れてくるところが実に飛鳥らしいが、確かに一理ある。
未来においてこの出来事が俺にとって重要なことであるという感じではない。
「ところで、隣にいた女性は可愛かっt……? じゃなくて、民族衣装を着てたんだよね」
「ああ」
「その幾何学模様というのがわかれば、何かの手掛かりになるかもしれないね」
なるほど。うまく行けばその民族に関することがわかるかもしれないな。
「あとは、『トリ』という存在が神に近い存在として崇められている民族というのも手掛かりのひとつだね」
ふむ。あれだけ鮮明に覚えているんだから、必ず何か根拠というか意味があるに違いない。
描いた幾何学模様を興味深そうに眺めたあと、ちょっと調べてくるねと言って飛鳥が立ち去ってまもなく、別の奴が俺の席に近づいてきた。
「何の話だった? なんか面白そうだね」
話に入ってきたのは、発明好きの
これこれこういうわけで、という話をしたときに明らかに顔色が変わったのを俺は見過ごさなかった。
「……何か思い当たることがあるのか」
「ごめん。それはたぶん僕が作った発明品のせいだね」
棗が言うには、先日棗に寝つけないと相談したときに作ってもらった「ぐっすり眠れる枕」が原因らしい。考えてみれば確かにその夢を見始めたのは枕をもらった時期ぐらいからだ。
そしてそれは、インプットした好きな夢を見られる装置がついた枕であるということだ。
「いい夢を見てもらおうと思って、ちょっと特殊なワードを入力したんだよね」
「……それが『トリの降臨』なのか」
「ちょっと違う。たぶん機械が完全じゃなくて、ワードをうまく認識できなかったんだろうね」
「どんなワードを入力したんだ」
「女神の淫行」
「おい」
「ごめん」
もしかしたら「いんこう」を鳥だと判断したのかもしれないね、もしくは「いんこう」が「こうりん」になったのかもしれないと悪びれもなく語る棗に、なんでそのワードでぐっすり眠れると思ったのかと文句を言う気力も失せた。
大したことなくてよかったと思ったが、幾何学模様を手掛かりに探して翌日飛鳥からもたらされた実在の民族に関する情報とその秘密が明らかになり、それを見つけ出さなきゃいけないことになるとはこの時の俺は想像すらしていなかった。
夢はトリか幻か。 数多 玲 @amataro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます