言えばよかった。

桜波人

第1話


同期の滝口はよく気がつく男だった。


笑顔が柔らかくて、言葉遣いも丁寧で、誰にでも親切だった。

入社した時からずっと、奈緒は彼の特別になりたいと願っていた。



滝口はあまり酒を飲まない方だったが、飲み会を主催するのが好きだった。

奈緒は積極的に参加して、彼の隣の席を陣取った。


「アルコールがなくても酔える」

ビールで乾杯した後は、コーラばかり飲む滝口が可愛らしかった。



飲み会の席で、滝口は率先してトングや取り皿を手にした。

「私がやるよ」

どんなに愛想よく奈緒が申し出ても、いつもキッパリと断られた。

「いいのいいの。分けるの好きだから」


滝口は大皿の料理をバランスよく盛り付け、公平に分配する。


から揚げは二個ずつ。

ポテトサラダは余らないように、ミニトマトも添えて。

焼き鳥はネギと肉のバランスをちょうどよく。



「いつもありがとう」

奈緒はちょっと大袈裟なくらいにお礼を言った。


綺麗に盛り付けられた小皿を受け取るとき、わざと指先に触れた。

上目遣いで微笑めば、滝口も笑ってくれた。



「わたし、ポテトサラダに入ってるキュウリが嫌いなんです」

新人の春香が信じられない言葉を放ち、滝口は彼女のためにキュウリを取り除いて、ハムと卵を多めによそった。







今夜は、滝口好みにブレンドされた餃子のタレがまわってきた。

ラー油が浮かんでいる。



「あ、わたしタレいらないです」

春香があっさりと拒絶して、滝口はタレの入った皿を引っ込めた。


タレをつけずに餃子を頬張る春香を見て、滝口もタレをつけずに餃子を一口食べた。


「んんんん。ちょっとものたりなくない?」

「そうですかー?なにもつけないのが一番ですよ」


笑い合う滝口と春香の様子に、嫌な予感がした。




「あの二人、つきあってるらしいよ」

そんな噂が流れた。



春香には同棲中のカレシがいる。

「まさか二股?」

奈緒が冗談めかして聞くと、彼女はいかにも心外だという顔をした。

「それこそまさかですよ。滝口さん、カノジョいるじゃないですか」




奈緒の顔から血の気が引いた。

「え、うそ」

「知らないんですか?もうすぐ結婚するって話ですよ」



知らなかった。

結婚?もうすぐ結婚するの?



春香の話は本当だった。

それからしばらくして、滝口は結婚休暇を取って、ハネムーンに出かけた。

お土産にマカダミアナッツの入ったチョコレートをもらった。




バカみたいだ。

どうせカノジョがいたんなら、はっきり言えばよかった。



断りもなく、から揚げにレモンを絞らないで。

勝手に焼き鳥の串をはずさないで。

ミニトマトは嫌いなの。



笑いかけるだけじゃダメだった。

もっと早く好きだと告白して、さっさと玉砕すればよかった。

奈緒は泣きながら、餃子に大量の胡椒を振った。




 




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言えばよかった。 桜波人 @sakura-saku-ra

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