お世話になりますっ!

天川

プロローグ

 ある大先輩作家の金言がある。


「人間は、ある日突然老いるのではない」


 当たり前すぎてお笑い種かもしれないが、わかっていてもそれを自覚できないのが人間だ。加えて云うなら、男の方が余計に愚かだろう。地位や名誉をそこそこ手に入れた男ほど、自分の老いを認められず、周囲に人を集めたがる。なぜか? 自分に都合の良い思考しかしない者同士が引き合うからだ。


 別に社交性を責める気は無い。人間は良くも悪くも社会的な生き物だ。だが、その「協調性」とやらは果たして本質に沿ったものか? 周囲に気を遣わせ、持ち上げることを強いているだけではないのか?


 自分を客観的に見るのは難しい。

 正解であれ勘違いであれ、周囲に好かれているならそれが自分の正しさの証明だと思う者も多かろう。だが、事はそう簡単ではない。人間はどこまで行っても自分の都合で生きるもの。おだてられるのに慣れた者は、都合よくおだてる者と共存し、嘘も方便とばかりに「正義」を作り上げる。


 それでも、人間には「真っ当」でありたいという願いが備わっている。いたずらに疑問を持たなければ仮初めの幸せに浸れたかもしれないが、悩み抜いた対価としてようやく得られるのが「真っ当さ」だ。


 これはどこにも書かれていない。宗教や哲学書にちらりと顔を出す程度だ。

 社会は建前を統一すべく法を作り、これを守っていれば悪人ではないと保証してくれる。だが、賢い人間はそのギリギリを攻めるチキンレースに興じ始めるものだ。「法を犯さなければ何をやってもいい」と胸を張る者を見ると、儂は嫌悪しか感じない。


 なぜか……?

 それはきっと、自分の根源にある「真っ当さ」というものが作用しているのだろうと思うのだ。



 ────────────



 ともあれ……

 儂は本日、老いへの備えとして、ある決断を下すことにした。


 なに、大したことではない。

 還暦を前に、心身の衰えを今一度自覚し、準備を始めるだけだ。この先あと何年、きられるか分からんが老害と呼ばれる愚か者には、なりたくないからな。


 ……人生の大半を「底辺」と呼ばれる肉体労働で過ごし、金のかからない暇つぶしで始めた執筆活動が思いがけず幸運に恵まれ、還暦を前に老後の蓄えには不安が無い暮らしができている。今の世の中では、これを成功者と呼んでもいいのかもしれない。


 ただ、一点だけ──結婚というものに縁がなかった事を除けば。


 若い頃は、自分が孤独なヤモメ人生を送るとは想像もしていなかった。いや、頭の片隅では少し考えたこともあったが、楽観的な気持ちがそれを押し流していた。それが、あれよあれよという間に歳を取り、気づけば独身のままの一生が確定する年齢をとうに過ぎていた。もっとも、その頃には既に結婚しないことが珍しくもない世の中になっていたが。


 さまざまな社会不安が吹き荒れる中、結婚と生活を両立できる暮らしなど自分には無理だと悟ったのは、四十代に入った頃だ。ならばせめて、自分自身が納得できる生き方をしようと決めた。


 諦めとは偉大なものだ。


 諦めることで、これまで思いもつかなかった選択肢が現実的に浮かんでくる。一つの概念に縛られていたら、儂はこの歳まで生きてこられなかっただろう。


 とはいえ、社会が今なお結婚を前提とした仕組みであることは事実だ。身体の自由が利かなくなり、あちこちに支障が出てから慌てて考えるようでは、凡百の愚か者と変わらない。自覚があるなら、対策を講じるべきだ。


 そこで儂は、新たな「お手伝いさん」を雇うことにした。


 実は、数年前から身の回りの世話をしてくれている人がいるのだが、その方は儂よりずっと年上で、最近になって少々身体が辛いと言い始めたのだ。そこで後任を探す必要が生じた。前任者には「今度はもう少し若い人に」と勧められている。


 だが、この歳になって年下の女性を家に上げるというのは、なんとも落ち着かない。別に下心は無いが、余計な警戒心を持たれない関係性が理想だ。節度ある関係を心がけても、相手に邪推されることは往々にしてある。これが女性の面倒な……いや、難しいところだ。だからといって、いまさら男を家に上げるような気には到底なれないが。


 それにしても………。

 六十近いヤモメ男の家にお手伝いとして来る女性とは、一体どんな人物なのだろうか。自分で募集をかけておきながら言うのもなんだが、そんな仕事に応募するような人格を少し疑ってしまう。もし、知り合いの女性がこんな募集に応募しようとしていたら、儂でも絶対に「止めておけ」と言うだろう。


 だが、これは今のうちに解決しておくべき重要な課題でもあるのだ。歳を取れば身体の自由はますます利かなくなる。今はまだいいが、いずれ立ち行かなくなり、いざ介護が必要になってから人を雇うのは心情的に抵抗がある。せめて、家に気兼ねなく他人を入れるための最低限の準備──部屋の体裁や心構え──は今から整えておきたい。


 あまり歳を取ってから生き方を変えるのは難しいし、するべきではないとも云う。やるなら早いうちがいいだろう。


 しかし同時に、懸念もある。

 独り身でろくな趣味も持たず、見た目通りの貧乏暮らしで、贅沢らしい贅沢もしたことがない。おかげで原稿料でそれなりの資産はできたが、内情を知ったお手伝いさんが独居老人の資産を掠め取る事件は後を絶たない。現金は肌身離さず管理すればいいが、ゆくゆくは銀行の手続きなども任せたいと思っている。できれば信頼できる人に長く勤めてほしい。


 だが、昨日今日で来た人に信頼を寄せるのは、どうしたって難しい。こればかりは長い年月をかけて信頼を築く必要があるだろう。


 こんなときは、結婚しなかった人生を少しばかり後悔する。たとえ熟年離婚の危機がちらつく関係であっても、いざとなれば頼れるのは伴侶……いや、そんなわけないか。


 そもそも、近くにいるだけで苦痛になりうる相手と暮らすという構造的な無茶が嫌で結婚しなかったというのに、いまさら何を後悔しているんだ────。

 必要な人間はその都度雇えばいい。もし不満があれば辞めてもらえば済む話だ。最初からそう割り切っていれば、不満も溜まらないだろう。


 だが、家に上げれば見られたくない儂の生活の内部事情をすべて見られることになる。儂は潔癖症ではないが、他人の視線や感情にはひどく神経質だ。その上、仕事部屋や寝室を覗かれ、「汚い」「気持ち悪い」といった目で見られるのは、できれば遠慮したい。


 自分の生活空間は自分だけのもの。他人の目に触れただけで「汚染」されたと感じてしまう。元々散らかっているだろ、という理屈ではない。仕事場とは聖域なのだ。

 このご時世、何でもスマホで撮影してネットに上げる輩が多いと聞く。家の中の惨状を撮られ晒されでもしたら、「作家・肝川もか」の名に傷がつく。


 いや、儂の名前の箔なんかはこの際どうでもいい。作者の実像を見てファンが幻滅し、作品の評価まで下がるのだけは納得がいかないのだ。だからこそ、儂は徹底して世間に顔を出さないように生きてきたのだから。


 こんな儂だが、過去一度だけ、有名な文芸賞の末席に名を連ねたことがある。だが、直前に母が亡くなり、表彰式への出席よりも葬式を選んだ結果、「文芸賞を蹴った新人」と変な形で注目されてしまい、余計に顔を出せなくなったのだ。


 だが、今思えばそれで正解だったのかもしれない。


 一度、ドキュメンタリー番組の出演依頼もあった。儂は作家であることを盾に、番組の構成と脚本を自分で手がける条件でそれを引き受けたのだ。


 あれは……今思い出しても痛快だった。


 これまで通り、儂は顔や姿を一切映さないという大前提で番組の制作を承諾したのだ。プロデューサーは頭を抱えていたが、そんなことで番組が作れないならプロデューサー失格だ。


 儂は周囲の人間を効果的に配置し、彼らに印象を語らせることで「作家・肝川もか」の実像(あるいは虚像か)を浮かび上がらせてみせた。映像に映るのは、遠くで草刈りや薪割りをする儂の遠影のみ。そこにプロ声優による儂の語りと、親しい人物や隣人、同業作家へのインタビューを織り交ぜ、巧みに構成することで、一度も姿を映さずに儂という人物を詳細に具現化することに成功した。


 あれは我ながら、いい出来だった。おまけに、その番組は年間の優秀ドキュメンタリー賞まで受賞した。


 実際は見たこともないくせに、噂と貼られたレッテルだけで勝手に想像しそうと思い込む。現代は見た目と世間のイメージだけで価値を判断する人間があまりにも多過ぎる。儂の小説だって、真面目に読んでいる人間がどれだけいるか怪しいものだ。実のところ、流行りものだからと読んだふりをするか、読んだのためにわざわざ買って読みもせずに小脇に抱えて持ち歩くか……。そんな人間ばかりと言っていい。物語のテーマや中身など、どうせ誰も気にしていないのだろう。


 今、書店に並ぶベストセラー作家は、俳優やモデル並みの美男美女ばかり。小説を書くにも顔が良いことを求められる時代。


 つまり、だ。


 いずれもベストセラーの涙を誘う『恋愛小説』や背中が痒くなる『ラブコメ』、果ては『少子化対策☆子作り学園』なんてものを書いているのが、実はこんな腹の弛んだ禿げた不細工な男だと世間に知れたら……今ある売上は間違いなく藻屑と消えるだろう。


 砂上の楼閣は露と消え、残るは無様な独居老人の姿のみ、というわけだ。

 ははは……いっそ辞めてしまおうか?

 考えていても、ろくな将来が浮かんで来んわい。


「──どうしたんです、先生?」


 声をかけてきたのは、ヨシエさんだ。御年七〇のおばあちゃん。


 近所に住む顔見知りだった彼女は、数年前に夫を亡くしており、時間を持て余していたところをうちで雇ったのだ。掃除、食事の片付け、お茶汲み、風呂の準備、庭の草むしり──頼むのは些細な仕事ばかりだが、実に良く働いてくれた。


 このまま儂が死ぬまで面倒を見てくれればありがたいのだが、なにせ彼女は儂よりずっと年上。最近は膝の痛みを理由に、そろそろ暇をもらいたいと申し出てきた。だから、新たな「お手伝いさん」を探す羽目になったのだ。


 正直、ヨシエさんほど気の合う人は他にいないだろう。これまでも、そしてこれからも、だ。そう思うと……世界はなんと無慈悲なものか。彼女に健康な身体と、せめてあと五十年分の寿命を授けても、バチは当たらないと思うのだが……なあ、神よ?


「──お手伝いさんの件、ですか?」


「ん、まあ……そうなんだが」


 ヨシエさんは上品に笑って、


「案ずるより産むが易し、ですよ、先生。試しに数日だけ雇ってみたらどうです?」


「まあ、そうなんだが……ヨシエさんほど気の利く人が、そう簡単に見つかるとも思えんのでなぁ」


 過剰に期待はしていないと言っても、まるで役に立たない人ばかり来られても困る。最低限の仕事はしてほしいのだ。問題は、その「最低限」の基準が人によって違うことだ。


「そんなことありませんよ。私だって、夫を亡くしてから、時間を持て余していただけです。誰かの役に立てるなら、それが私の生きがいなんですから。私のような者でいいなら、いくらでもいますよ」


 ……ヨシエさん、わかってないな。

 その謙虚な姿勢を貫ける人間は、世の中そう多くないのだよ。


「それに、先生は私のような者を十年近くも雇ってくれました。心配しなくても、務まる人はいますよ」


 確かに、ヨシエさんは有能な派遣社員などに比べれば「たかが知れている」能力かもしれない。だが、有能を自称するような奴は決まって気位が高く、仕事を選び、合わないとすぐ辞めてしまう。そんな自分勝手な輩が多い中、ヨシエさんのように自分の価値を過剰に見積もらず、できることをコツコツ続けてくれる人は、今や希少種だ。


 正直、儂は能力すらそれほど求めていないのかもしれない。

 本音では、気を許せる隣人が欲しいだけなのかも────。


 これまでの人生で知り合った人間はそれなりにいるが、家に上げられるほど心を許せる相手は、片手で数えられるほどしかいない。


 根っからの人嫌い────。それが、儂という人間だ。


「──お部屋に入られるのは、やっぱり嫌ですか?」


 今、儂はこの狭い書斎で、ヨシエさんと二人でお茶を飲んでいる。

 彼女は、儂の仕事部屋に自由に入ることを許した、唯一の人間だ。

 他の者は、例え編集者であっても応接室まで。たいていは玄関先で用を済ませる。


 だが、ヨシエさんは別だ。


 家族のように気安く、しかし踏み込んではいけない一線は守る。メイドのように甲斐甲斐しく気が利くわけでもないのに、お茶のタイミングや部屋の片付けの塩梅が実に絶妙で、儂を苛立たせることなく動いてくれる。


 こんな「最適」な人が他にいるとは思えない。


「はぁ……」


 どうしようもないやるせなさが、ため息となって漏れる。


「先生ったら~、おほほほ」


 ヨシエさんは儂の背中をぽんぽんと叩き、楽しそうに笑った。

 それからしばらく、並んでお茶をすすっていたのだが、


「……そういえば、お隣の家、少し前から空き家ですよね?」

 書斎の掃き出し窓から外を見たヨシエさんが、不意にそんな事を言い出した。

「そうだな。最近まで若い夫婦が住んでたんだが……不便な場所だし、建物も古い。いくら家賃が安くても、なかなかね」


 ヨシエさんは頬に手を当て、思案するように目を細めた。

「例えば、なんですけど?」

「ん?」


「新しいお手伝いさんが来たとして、いきなりこの家には入れたくないでしょう?」

「まあ、そりゃそうだ」


「先生、鞄ひとつあればお仕事できますか?」

「ん……? 調べものに蔵書が必要なときもあるが、家に戻れば済む話だ。たいていはネットで事足りるし……うん、できるな」


 実際、スマホで原稿を書いたことだってある。ラップトップと静かな場所さえあれば、どこでも仕事はできる。……フルサイズのキーボードだけは譲れないが。


「じゃあ、こんなのはどうでしょう?」


 ヨシエさんの提案はこうだ。

 まず、お隣の空き家を三ヶ月ほど借りる。

 最初の一ヶ月ほどは、儂がそこに入り浸って仕事をする。そうして適度に散らかってきたら、新しいお手伝いさんを呼んで掃除や片付けを任せる。

 その間に、彼女の素行や人柄を見極めるのだ。


「これなら、この家に上げる必要もありませんし、実際の仕事ぶりを試せますよ」


「なるほど……」


 借りた家に慣れすぎて、そこまで自分の城にしたくなり、結局他人を入れたくなくなってしまう可能性はある。だが、方法としては悪くない。

 貴重品や書きかけの原稿を盗まれる心配もないし、借り物と思えば無駄に散らかすこともないだろう。相手が戸惑わない程度の「適度な散らかり具合」を用意できるかもしれない。仮に写真を撮られたとしても、借家なら契約を終えればそれまでだ。最初は落ち着かないだろうが……。


 まるで『新居でお手伝いさんと新生活を始めてみた』みたいな、ライトノベルっぽい展開だな。

 安全な場所で相手が信頼できるかを見極め、本採用を決める。悪くない発想だ。


「いいな。やってみるか」

「面白そうですよね、うふふふ」


 手間も時間も費用もかかるが、いい人材が得られると思えば安いものだ。それに、こんな経験は滅多にできない。もし失敗しても、その時は新作のネタにでもしてしまえばいい。実体験を文章に変えて換金する──それが作家の特権だ。


「じゃあ、ヨシエさんも協力してくれるか?」

「もちろんですよ。先生のお世話のコツも教えてあげたいですし」


「助かるよ。……ただ、若い女性ってのは、どうもなあ」


 儂が渋い顔をすると、ヨシエさんは目を輝かせた。

「ほら、コメディアンの志◯けんさんだって、ずいぶん若い奥さんをもらったじゃないですか」


「……それは加◯茶だろ?」

「あら、そうでした」


「あの奥さんも、最初は財産目当てだなんだと叩かれたけど、もう三十年近くになるんだろ。最初の思惑は知らんが、これだけ連れ添えば本物だ。邪な気持ちだけでできることじゃないし、仮にそうだとしても、十分すぎるほど尽くしてくれてる。いい夫婦だよ」


「おほほ、そうですよね」

「……そう考えると、カトちゃんが羨ましいな」


 ヨシエさんはにっこり笑って、

「だから、先生も新しいお手伝いさんを呼んで、そこから始めてみたらどうです?」


「いや、嫁を探すために募集してるわけじゃないんだが……?」

「似たようなものですよ。この歳になれば、結婚していても結局は身の回りの世話をするくらいのこと。たいして変わりませんわ」


 ……女性の立場から見ると、どうなんだ、その言い方は。

 下手すれば女性蔑視と受け取られそうだが、女性が言う分にはいいのか?


 人生の大半を夫や子どものために尽くしてきて────。老後の夫婦の幸せを否定するわけじゃないが、儂くらいの歳になると夫婦生活に区切りをつける人も増えている。熟年離婚なんて言葉も珍しくなくなった。だが、還暦を過ぎてから人生を歩み直すのは、何もかもが足りない、遅すぎる。……そんな気持ちになるんじゃないだろうか。


 ヨシエさんは、積み重ねた実感からそう言い切れるのかもしれない。夫に尽くし、老後を共に過ごそうという前に早逝された。それに負い目を感じての贖罪のため、彼女はこんな事をしているわけじゃないだろう。

 せっかくの自由になった時間……いっそ、自分だけの楽しみを求めてもバチは当たらないだろうに────それでも、彼女は誰かのために働くことを選んだ。


 心から他人の助けに喜びを感じる人。そんな人は、世の中にそうそういない。


「なあ、ヨシエさん」

「はい?」


「いっそ、儂と結婚せんか?」

「おほほほ、 先生、冗談が上手いんだから!」


 ……あながち、冗談でもないんだがね。

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