【KAC20255】『TESSHIN』 ダンシング・ヒーロー

かごのぼっち

ダンシング・ヒーロー

 私は某大学病院の看護師・河合愛奈まな


 私は知っている。


 私が勤めている病棟の患者のひとりが、夜な夜な布団を抜け出しては、朝に素知らぬ振りしてフラッと戻って来ている事を。


「八神さん? 昨夜病棟抜け出してどこに行ってたんです?」

「トイレじゃ」

「病棟の外に?」

「病棟のトイレはみんなが使っていて汚いから、外来のトイレに行っておった」

「朝まで?」

「年寄りはお通じが悪いんじゃ」

「まさか煙草や飲酒じゃないでしょうね?」

「そんな事をすれば数値に出るじゃろう」

「まあ、そうなんだけど⋯⋯」


  結局はぐらかされて有耶無耶にされてしまう。


 ある日。


 緊急会議が遅くまで行われていた為、帰りが夜遅くなってしまった。


 駅までは繁華街を抜けて行けば人気も多く、街の明かりで安全に帰れるのだが、疲れていて早く帰りたいが為に、この日は薄暗い裏道を通ることにした。


「よぉ、姉ちゃん」

「⋯⋯」


 怖い!


 何だか知らないけど、相手にしないでやり過ごす事にした。足早に先を急ごうとすると、もう一人の男が現れた。


「おっと、どこへ行くのかな仔猫ちゃん?」

「通してください!」

「そんなつれないこと言わないで、よお?」

「遊ぼうぜ、なあ?」


 手首を掴まれる。


「いやっ! 離して!」

「おっと、大声出すんじゃねぇ」

「ひっ!?」


 首元にナイフ!? ヤバい⋯⋯これ、めちゃくちゃヤバい!!


「いでぇっ!?」

「おや、看護師さん奇遇じゃのお?」


 男が何者かにナイフを持っていた手を後ろ手にされた。


「誰だジジィ!?」

「通りすがりの患者じゃよっ!」


 カランッ、ナイフが落とされた。


「てめっ!」


 もう一人の男が殴りかかった! が、しかし!


 バキッ! 男の頭部に後ろ回し蹴り!?


「ぶはっ!」

「こんな年寄りに二人がかりとはな? 怖い世の中じゃよ」


 暗がりの中、ようやく街灯の下に顔を出したその患者とは。


「八神さん!? どうしてこんなところに!?」

「はは、見つかってしもたわい」


 と言って八神さんが男の手を離すと、男たちは敵わないと思ったのか、その場を逃げ出した。


「怪我はないかの?」

「ありがとう、八神さん⋯⋯でも⋯⋯」

「わはは! 複雑な表情じゃな?」


 と言って背を向けて歩き出した。


「いったいどこへ!?」

「これからバトルなんじゃが、来るか?」

「いえ、あの⋯⋯」

「ああ、仕事帰りじゃな? 引き留めて悪かった。お疲れ様! じゃ!」

「『じゃ!』じゃないですよ! 病棟帰ってください! それにバトルってなんですか!」

「今日だけは見逃してくれんかの?」

「だからどこへ⋯⋯」


 八神さんが指を差す、その先にダンススタジオ!?


「ダンスじゃ!」


 私は社交ダンスか何かかと思っていた。何となく気になって、少し覗いてみることにした。


「あっ、テッシンさん、ちわっす!」

「テッシンさん♡ 今日もぶちかましてくれるんでしょっ!?」


 どう見ても紳士淑女には見えない、ファンキーな若い男女たちに慕われていているようだ。ヒップホップ⋯⋯なのかな?


 スタジオの入り口を開けると大音量でリズミカルな音楽とDJの声、それからMCっぽい声まで聴こえて来て、中は凄い活気に満ちている。クラブハウス?


 スタジオの中心に円形のステージがあって、グルリを観客?が囲んでいる。


「愛奈ちゃん、ちょっと行ってくるわい」


 そう言って、テッシン?さんがステージに上がると、会場から割れんばかりの声援が飛び交う。


 こぞって「テッシン!」と絶叫にも似た歓声だ。


 テッシンさんが片手を上げて歓声に応えると、ジャケットを脱いで投げ捨てた。


 ⋯⋯パジャマだけど?


 それがどうだ? 会場は更に熱を帯びて彼の名前を呼び始める。


 私は自分の目を疑った。


 次の瞬間、彼がステージの中央に躍り出て、突然激しいダンスを舞い始める。


 まるで地面を滑るかのように、否、どう見ても地に足が付いていない!? 滑らかにホバリングする様に移動しながら、グルリのダンサーを挑発して、高く跳躍した。


 シュバババッとパジャマがはためく音がするほどの勢いで回転し、頭から地に着地、と思って度肝を抜かれたが、片手で体を支えて高速回転しながら脚を旋脚している。まるで体操選手のようだが、流れているリズムとマッチしていて、音に合わせる度に歓声と拍手が上がる。


「音ハメがパネェ!!」

「ウィンドミルからのトーマスフレア!」

「それより初めのトップロックのエア感なんて訳わかんなかったんだけど!? あれ、ほぼ浮いてるよね?」


 とか聴き慣れない単語の入った会話を聴いていると、ステージの熱は更に加速していた。

 もはや残像が残りそうなほどに速い回転を繰り出していたテッシンが、ピタ。音楽とシンクロして止まった。


 何あれ⋯⋯あの超スピードの回転から何であんな格好で止まれるの!? そしてパジャマがはだけてお腹も背中も丸見えだけど、バッキバキじゃない!?


 今度は非常にスローなメロディが流れ始めて、それに合わせてとんでもないスローな動きで先ほどまでのアクロバティックな動きを体現している。


「おいおい、どんな体幹とバランスしてやがんだ!?」

「フィジカルもすげぇ!!」


 いやいや、あの人病人だかんね?


 少しづつテンポアップしてゆくリズムに合わせて、片手でジャンプを始めて、色んなモーションを組み合わせてゆく。観客はリズムに合わせてクラッピングして彼のダンスとシンクロし、会場がトランス状態だ。ダン、シュシュッ、ダダダン、シュッシュッ⋯⋯小気味良い音が私の体を動かして、体が勝手に縦揺れし始める。


「ワンラビからの八咫烏、ゼノリアル、ケイデンスからのハイジャンプクラップ!?」


 もう何の事を言っているのか解らないけど、とにかく凄い事は理解出来る。思わず拍手してしまう。


 何やら片手で体を横に支えながら回転始めたよ、あの爺さん? そしてまたどんどん速くなって⋯⋯何あの回転? 何で目回んないの?


「ジャックハンマー! からのスピン!? バックスピン、ショルダー、ヘッド、倒立、からの〜片手スピン!? それも何この高速回転!? ええっ、スイッチ!?」

「って、だからどうしてあのスピードからフリーズ出来るわけ!?」

「片手斜め倒立フリーズとか人間技じゃねぇよ? かと思えばフレーバーも凄い!」


 フレーバー? 加齢臭か何か?


「あのお⋯⋯」

「おお、テッシンさんのお連れさんの⋯⋯」

「はい、マナと言います。変なこと聴きますが、テッシンさんて何者なんですか?」

「あれ? 知らないの? ブレイキンで本場ブロンクスの世界大会で三年連覇した天下無双のBboy、ブレイカー・キング・テッシンを?」


 え⋯⋯、何? 世界王者なの!? ブレイキンてあのオリンピック種目にもなってたやつだよね!?


「そんなに凄い人が、どうしてオリンピックに出れなかったんですか?」

「何でも入院してたらしいよ?」


 ああ〜、確かに! それ大学病院うちだわ!


 とか言ってる間に会場の熱気は最高潮に達していた。


 最後、彼が高速スピンからとんでもないハイジャンプをして空中でムーンサルト? を決めて私の前に降り立った。


「マナちゃんお待たせ!」

「いや、テッシンさん!? 会場爆発しそうなくらい盛り上がってんだけど、このまま連れ出したら私、殺されんじゃないですか!?」

「わはは! そんときゃワシが守ってやるわい!」


 なんて頼もしい言葉⋯⋯なんて思わないからねっ!?


 テッシン⋯⋯否、八神さんはその後真っ直ぐ病棟へ帰って、自分の布団でぐっすり眠ったそうだ。


 とてもステージ4の末期癌患者とは思えない。


 しかし、私はその事を誰にも言わずに黙認してしまった。


 何故なら⋯⋯。


 私もまた彼のファンになってしまったからだ。


 八神鐵心。


 私のダンシング・ヒーローだ。











        ─了─

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