遺品の布団が帰ってくる話

かたなかひろしげ

布団と後輩

「俺、人の気持ちは超大切にしてるんです。」


後輩を焼肉に誘い、2件目にも寄って散々呑んだ。

案の定、後輩は終電が無くなったので、俺の家であと少しゴロゴロ寝転がりつつ、酒でも飲みながら朝まで時間を潰していけばいい、という話になった。


とりあえず帰宅すると、帰りを待っていた妻が、苦笑いしながら迎えいれてくれる。


いつ寝てしまっても良いようにと、座布団替わりの布団を取り出し、フローリングに敷いてくれると、「あとは勝手にやって」と、台所にすっと下がっていく。


酒は人の気を大きくさせる。今日家に連れてきたのは、いわゆる「っス」系の、舎弟っぽい職場の後輩だが、飲みすぎたマッコリの力か、頼んでもいないのに後輩は俺へのアドバイスをはじめた。


「だから先輩が事務所の人達を、あんまり信用せずに、気持ちを大切にしないのは、ちょっとよくないと思ってます!」


妻が、「私もホルモンミックス食べたかった」等と、ぶつぶつ言いながら作ってくれた焼きそばを食べながら、俺は心のない相槌を打った。


「確かにそうやな。って、いやいやそんなことはないで。俺は人の気持ちはすごーーく大切にしとる。」


焼きそばは、こってりとしたソースに揚げ玉が散りばめられており、肉は入っていないようにみえる。焼肉に行ってくる、と妻には言っていたので肉は抜いてくれたのだろう。決していじわるではないと思いたい。焼かれたソースの香ばしい香りが、客間に満ちていく。


「昔、俺、ダンスしてて、これでは当時は俺もかなりイケイケでな。千葉では天下無双とまで言われてたダンスチームのリーダー張ってたんや。

そんなある日、地元のイベントに出て、協賛してた寝具会社から「布団」貰ったんだよ。」


「その当時、丁度その時付き合ってた彼女と同棲したとこでな。

折角やからと、彼女とその布団使うことにしたんや。ニトソとかで売ってる安い布団やない、地元の商店街の中の寝具屋で売ってる布団やから、まあその、品質とかも案外良くてさ。寝心地もえらくよくてな、これはいい貰い物したなあ、なんて話してたんや。


彼女とはご両親とも仲良くさせてもらっててな。今の会社に入ったんも、その時の紹介、って、このこと話したのは初めてやったか。


でもな、そのあと、まあ色々あって別れたんだわ。その彼女と。

平たく言うと、俺が浮気された。んで、部屋から追い出した、っちゅうわけやな。」


俺は手元のチューハイ缶の残りを、一気に煽った。無果汁と書いてある割にやけに酸っぱいのは、この話のせいかもしれない。いや、化学の力か。


「でな。わかれた後に彼女が自殺した。」


変なスイッチを押してしまったことに気が付いたのか、後輩の顔色が変わる。


「それで、話はここからなんや。その・・彼女の親から色々遺品が届いたんやけど、その中にその布団が届いててな。

えらい驚いて。だって彼女と別れた時に布団が無いから、って言われてあげたものだったし、返ってくるとは思わないだろ?

ってか、俺はどちらかというとサレ男なわけだから、普通新しい男の方に送るだろ、そういうの?」


そこは後輩君も同意してくれるらしい。食い気味に返事が返ってくる。


『そうですねえ。自分だったら、受け取り拒否すると思うっす。なんかキモイし』


───台所で、がしゃんとなにかを落とした音がした。洗い物だろう。


「だよなあ。でもさ、それに手紙が入ってたんだよ。

それでその内容なんだけど、どうやら生前に残した手紙みたいでさ。」


「俺を振ってまで選んだ他の男とはもうとっくに別れた。すごく後悔してるけど、今更よりを戻してとは言えない。もう死にそうだし。

でも、病院のベッドで寝ている今、あの頃、一緒に暮らし始めた時にはじめて一緒にあの布団に入った時の気持ちが忘れられなくて、どうにもあの布団を捨てられなかった。───なので俺に送りつけたと。」


手元のチューハイを煽ろうとしたが、既に缶は軽く、中身は空だった。妻にアイコンタクトすると、苦笑いしながら追加の缶を持ってくれた。


「正直、頭を抱えたね。当時は俺もまだガキだったしさ。ご両親に、 ”俺、実はもう浮気されて別れましたんで、この遺品貰えません-” なんて間抜けな連絡もしたくなくてさ。届いた段ボールと布団一式、そのまま押し入れに放り込んだわけさ。」


「な? 俺も、人の気持ち大切にしてるやろ?」


隣の台所からこちらの様子を見ていた妻が苦笑いをしていると、ずっと静かに話を聞いていた後輩が、考えつつも口を開いた。


『でも、それっていつまでもそのままにはしておけないですよ』


「せや。だからこうして活用してるわけや。」

と、俺は、徐に後輩が今、座布団代わりに座っている布団を指さす。


『ひぇっ。趣味が悪いですよ、先輩ー』

少し飛び上がりつつ、後輩は複雑な顔をして足元にある布団をみつめている。


「でもまあ、こうして俺も結婚できてるんやから、今となっては良い思い出ってやつだよ」


『へ? 何を言ってるんですか?』


狐につままれたような顔をして、後輩が驚いている。

俺はそのまま続けた。


「彼女な、実は死んでなかったんや。振られた男から貰った布団なんて、未練がましくいつまでも使えるか!って、手紙の裏には書いてあって。」


それからしばらくして、彼女から連絡があってな。


「私はいっぺん死んだので、また付き合ってください。って真っ赤な顔で言われてな。その顔がまた可愛くてな、こりゃあもうダメだ、と。

あとはもうそこからずるずる。」


妻がにやにやしながら後輩の反応を見つつ、追加の焼きそばを持ってきて、布団の上に皿を置きながら後輩に言った。


「どう? この人、人の気持ち、大切にしてるやろ?」

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