悪夢の続きは幸せがいい

亜璃逢

悪夢の続きは幸せがいい

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 子どもたちの声、満開の桜、夕焼け空、そこにはクラスメートの今里君……

 そして彼は鳥のように飛ぶんだ……


 目覚ましのアラームを止め、私は寝ぼけ眼を擦りながら、布団からもそもそとはい出る。

 夢を見たことは覚えている、寝ざめの悪い、また同じ夢……



 最初はただの悪夢だと思っていた。

 でも、9回も同じ夢を見るなんて、さすがにおかしい。


 夢の中で見る今里くんは、穏やかで爽やかで冒険ものの本が大好きなリアルの彼と違っていつもどこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな儚さをまとっている。

 まるで、何かから解放されたいと願っているように。

 いくら私が彼に好意を持っているといっても、ちょっと夢見る内容が内容だ……



 予知夢なんて、非科学的なこと、信じていない。でも、繰り返し見る夢は、私に何かを訴えかけている気がしてならなくなってきた。



「今里くん!」


 その日教室へ駆け込んだ私は彼の名を呼ぶ。

 

「ねぇ、なんか最近変わったことなかった? 大丈夫?」

「びっくりした! 中津さん、急にどうしたの?」

「信じてくれないかもだけど、今里くんが辛そうにしてる夢、ここんとこよく見るんだ」

「え……あははっ。なんかそれ告白みたいだよ」

「茶化さないでよ、真面目なんだから」

「……ありがと、心配してくれて。でも、僕は大丈夫だよ。」


 彼の言葉は優しかったけれど、どこか他人行儀で、私の言葉を真剣に受け止めてくれているようには思えなかった。まあそりゃそうか、彼にしたらただの他人の夢、だもんね?



 でも、その日の放課後、やっぱり今里くんのことが気になった私は、彼を尾行してみることにした。ストーキングじゃないからね、心配なだけなんだからっ!

 彼はいつものように、図書館で本を借り、公園の桜の木の下にあるベンチに座って空を見上げていた。


 彼の行動は、いつもと変わらないように見えた。でも、一人でいる彼の瞳には、やはり夢と同じく深い悲しみが宿っているように見えた。手にした本を読むでもなく空を見上げている。


 そんな風に彼を見つめていると、突然視界が遮られる。


「いったぁ!!!!」


 公園で遊んでいた子が蹴ったサッカーボールが顔面を直撃したのだ。

 その時、その衝撃が原因なのか、私は大事なことを思い出した。


 夢の中で見た光景。あれは先見。私のスキル。

 そして、脳裏に浮かぶ夢の光景。子供たちの声、夕焼け空、公園から続く階段……


「今里くん!?」


 ボール直撃の衝撃から立ち直るまでに彼の姿は視界から消えていた。


「まさか·····」


 私は急いで公園から高台の展望設備へ続く階段をのぼった。

 息を切らして上まで着くと、そこには夕焼け空をバックに、今にも飛び降りようとしている今里くんの姿があった。


「今里くん!」


 私は彼の名前を叫びながら、彼に駆け寄った。彼は驚いたように私の方を振り返り、そして、悲しげな瞳で私を見つめた。


「どうして、ここに·····」


「私が何度も見た夢·····今里くんが、鳥のように飛んで死んでしまう夢を見たの。だから…」


 私の言葉に、彼は静かに微笑んだ。


「そっか、やっぱり、には見えちゃったんだね。」

「私……には?」

「でも、今回もが来てくれた。嬉しい。最後に、と話せてよかった。」


 彼はそう言うと、再び夕焼け空へと視線を戻した。私は彼の腕を必死に掴み、叫んだ。


「ダメ! 今里くんには、まだ未来がある! 私だって、まだ今里くんのこと、何も知らない! もっと、今里くんのこと、教えてほしい! あなたが、好きなの!!」


 私の必死な叫びが、彼の心を揺さぶったのだろうか。彼は、ゆっくりと私の方を振り返り、そして、一歩二歩と私に近づき、静かに涙を流した。


「ありがとう·····」


 彼はそう呟くと、私の肩に顔を埋め、子供のように泣き始めた。夕焼け空の下、私たちはただ、静かに抱きしめ合っていた。


 そして、涙が落ち着いたころ、今里くんはゆっくりと語り始めた。彼が抱える、誰にも言えなかった苦悩を。

 何度も転生を繰り返していること、そして、どの人生でも必ず同じ病に罹り、若くして死んでしまうことを。


「僕は、もう疲れたんだ。何度も、何度も、何度も、同じ苦しみを味わうのは。もう、終わりにしたい。」


 彼の言葉に、息を呑んだ。私もまた、転生者だ。


「今里くん、私も……私も、同じなの。あなたと同じように、何度も転生を繰り返しているの。」


 彼はふっと笑って言った。


「知ってた」

「え」

「いつも、誰かが僕が飛ぶのを止めに来るんだ。夢を見たと言って。それが、今世ではだった。でも、僕はいつもその声を振り切って、飛んできた」

「じゃあなんで、今は戻ってきてくれたの」



「ん~、好きって言ってくれたから?」

「なにそれ! 真面目に答えて」

「真面目だよ? これまで8回の人生、夢に見たといってもそこまでの思いで止めてくれるがいなかった、ってことかな」




 あれから、今里くんは少しずつ、自分の未来と向き合い始めた。

 私も、彼のことをもっと知りたいと思った。ただ「好き」って思いだけではなくて。


 これまでの世界より、今いる世界の医療が発達しているようで、もしかしたら、彼の寿命は過去最長になる可能性が大きそうだという明るいニュースもあった、



 私たちは、同じ苦しみを抱える転生者だ。同じ病に罹る苦悩、見たくもない未来を見てしまう苦悩……

 だからこそ、私たちは、お互いを理解し、支え合うことができる。そう思っている。


 また、来年、再来年、その先と、彼と一緒に満開の桜が見られることを願って。

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