おふとん丸、天下無双への道

海星めりい

おふとん丸、天下無双への道


「さぁ、始まりました。古今東西のゆるキャラが集う、『ゆるキャラ天下無双!』。今回もいろんなゆるキャラが参戦しております。新しい顔ぶれもいるようですねえ。どんな戦いが繰り広げられるのか楽しみです。まずは、最初のゆるキャラいって見ましょう――おお、翼を広げて……これは見事なトリの降臨ですね!」


 丸みを帯びたトリのゆるキャラが大きく翼を広げている。後ろのモニターにはトリの降臨! と表示されており、おそらくあのキャラの決めポーズかなにかなのだろう。


(ええ……これ本当に大丈夫? 私、これのバイト初めてなんだけど……)


 わちゃわちゃとしているゆるキャラの中の一人――『おふとん丸』の中に入っている桜井さくらいりつは困惑を隠せない表情のまま観客たちへと手を振るのだった。



 *******************



 その日、桜井律は自室のベッドの上に転がりながらスマホを眺めていた。


「うーん、やっぱり短期とか隙間バイトだとあんまりいいのはないよねぇ」


 律はあまり売れていないダンサーだった。実力はそこそこあると思っているが、上手いだけのダンサーは星の数ほどいるといっても過言ではない。

 現状、ダンサーの仕事だけで食べていけないため律はバイトを探してスマホを眺めているというわけだ。


「ん!?」


 ぼーっと眺めていた律だったが、大声を上げてベッドから跳ね上がる。


「10000/日かと思ったら、10000/時!? 破格すぎない!?」


 見間違いかと思ってフリックし過ぎた画面から慌てて戻って、確かめてみるも表示されている文字に間違いはない。


「一名だけの募集ってどんなバイト? これ最近流行りの闇バイトの追加要員の募集だったりしないよね……? あ、でもアプリの公式マークがついてる。ってことは大丈夫っぽい? だとしても、こんな破格の金額で一名ならすぐに埋まりそうなもんだけど……」


 未だに埋まっていないようだった。

 その理由は条件を眺めていくとすぐに理由が分かった。

 とんでもなく厳しかったのだ。


「身長150~155cm。性別問わず。年齢20~30歳。体力に自信のある方限定――……しかも体重と体格も指定されてるし。ここまででかなりの条件つけておいてさらに、都内まで来てくれって? しかも、あと二時間も無いし……こりゃ、埋まらないのも当然か」


 律が見ても厳しい募集条件だと思えるものだった。


「こんなおあつらえ向きのバイト募集。受けるしかないでしょ」


 そう、律はここに記されている条件の全てを満たしていた。

 登録データから問題ないと判定されたのか、律がこのおいしいバイトを受けたことになっている。


「よしっ! すぐに準備しなきゃ」


 ベッドから跳ね起きた律は部屋着からさっさと着替えると、そのままバイト先へと向かうのだった。



 ******************



「すいませーん。バイトで来たんですけど」


 律が向かった先にあったのは何らかの事務所。

 何やらバタついているような雰囲気だった。


「ああ、よかった。アナタが引き受けてくれた人ね?」


「はい、そうです」


「よかった……なんとかなりそう。私、今回アナタと一緒に仕事をする田中です。よろしくお願いするわね」


 アプリでの確認も終えたところで、律はさっそく仕事内容を詳しく聞こうとしたのだが、


「移動しながら説明するわ」


「え、あ、はい」


 有無を言わさずワンボックスカーに案内され、後部座席へと乗ろうとするとすでに先客がいた。


「うわっ!?」


「あ、ちょっと狭いかもしれないけどごめんなさいね」


「いえ、ちょっと驚いただけなので……」


(これっておふとん丸だよね?)


 律と同じく後部座席に鎮座していたのはおふとん丸と呼ばれるゆるキャラのきぐるみだった。

 おふとん丸といえば、地元でそこそこ人気のゆるキャラだ。布団をモチーフにしたふわふわの白いボディに、枕をイメージした帽子がチャームポイントだったりする。


(でも、なんでここに?)


 なんて、思った直後、運転していた田中さんから仕事内容の説明が入った。


「おふとん丸の中の人が急病で倒れちゃって……その代役がアナタってわけ」


 律は目を丸くした。自分がその中に入るなんて、想像もしていなかった。ただのダンサーがゆるキャラの中の人になるのは完全に未知の領域だった。


「は? いや、でも私、ゆるキャラの経験なんてないですけど!?」


「大丈夫よ! とにかく軽く動いてくれればいいの。引き受けてくれたのはアナタだけだし、収録まであと1時間しかないの!」


「いち!?」


 あの意味不明なくらい短い募集時間と厳しい募集条件の謎がここで解けたが、なんの意味もない。

 しかし、引き受けた以上やるしかない。


「本当に中に入っているだけでいいんですか?」


「喋るキャラじゃないから大丈夫。ちょっとくらい声が漏れても生放送じゃないからカットしてくれるはずよ。ただ、番組の内容的に少しのアクションはあるはずよ」


「……わかりました。やれるだけやってみます」


「本当にお願いね」


 控室で律はおふとん丸を纏っていく。視界が狭くなり、ふわふわの生地が体を包み込んでいた。

 近くにあった鏡を見ると、そこには愛らしいおふとん丸が立っていたが、中の律はそれどころではない。


「これ、大丈夫なんでしょうね……」


 ぽむっぽむっ、と音がなりそうな足取りで収録会場へと向かう律なのだった。



 ***************


 収録会場に到着すると、すでに他のゆるキャラたちが勢揃いしていた。

『ゆるキャラ天下無双!』は、全国のゆるキャラが個性的なパフォーマンスやくじ引きのお題に沿ったバトルで競い合うというものだった。


(いや、きぐるみ初心者がやるような番組じゃない!? 無理でしょこれ!? 私、どうすればいいの!?)


 会場の端にいる田中さんに目を向けてみるも手を合わせて済まなそうに律を見るだけだった。


(いまさら謝られても困るっての!?)


 司会の掛け声とともに、スポットライトが次々と出場者を照らし、前でパフォーマンスを行っていく。

 最初のトリのキャラからはじまり、幾体ものゆるキャラがパフォーマンスを終え、ついにおふとん丸の番になってしまった。


「次は、おふとん丸でーす! 」


 名前を呼ばれた瞬間、律の頭は真っ白になった。とりあえずステージに上がるも、何をすればいいのか全く思いつかない。

 観客の視線が突き刺さったうえ、司会の「さあ、おふとん丸、いつもの踊り期待していますよぉ!」

 という声が響く。


(何が、軽く動いてくれればいい、よ!? いつものなんて知らないし、そもそもこいつ踊るキャラだったの!?)


「おや、どうしましたか?」


 このままでは放送事故になってしまう、と焦った律は、とっさに普段の癖が出てしまった――自分のダンスだ。


(ええい、もうこうなったらやるしかない!)


 おふとん丸の重たい着ぐるみをまとったまま、律はステージ中央で突然動き出した。

 いきなり、スワイプスからはいる。

 観客が「えっ!?」とどよめく中、ふわふわの布団ボディがグリングリンと動き回る。


 そう、律はパワームーブを得意とするダンサーだったのだ。ただ、いきなりきぐるみの状態で出来るほどの腕前では無いはずなのだが、火事場の馬鹿力でも働いているのかもしれなかった。


 続けてウィンドミル。

 足を回転させながら床を滑るパワームーブに、会場は騒然となった。


(ヘッドスピン……は流石に出来るかわからないから……)


 最後はトーマスを決める。

 ふとん丸の枕帽子もくるくると回る姿に、観客は大爆笑と拍手で応える。


「な、なんですかこの動き! ふとん丸、予想外のダンスマスターだ!?」


 司会が興奮気味に叫ぶ。

 律自身も驚いていた。うろたえたままいつものダンスをやってしまっただけなのに、なぜか会場は大盛り上がりだったからだ。


 放送時のSNSでは「#おふとん丸ダンス」がトレンド入りし、動画が拡散されていた。

 後で事務所から聞いた話では、ゆるキャラがこんなパフォーマンスを見せたことで、番組史上最高の視聴率を叩き出したらしい。


 収録後、汗だくで着ぐるみを脱いだ律は、田中さんだけでなく事務所のスタッフに囲まれた。


「すごいですよ! おふとん丸、これはいけます! ぜひこれからも中の人をお願いします」


「は!? いや、私短期バイトで……」


「あんなパフォーマンス見せて、前の人に戻せるわけないでしょう」


「そ、そんなぁ!?」


 小柄なダンサーが、布団モチーフのゆるキャラで天下無双を目指す日々が、こうして始まったのだった。


「だ、ダンサーとして成功したかったのにー!?」


「ダンスがウケてるじゃないですか!」


「ちょっと違うのーーーー!?」


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おふとん丸、天下無双への道 海星めりい @raiki

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