第28話

 月曜日、学校が終わって、話を聞いてほしいから一緒に帰ろう、と湊を誘った。

 僕達は居酒屋で言い合ってから、まだ気まずい雰囲気が漂っていて、今日こそは謝ろうと、帰りの支度をしている湊の前に立ち、僕は口火を切った。

「湊、この前はごめん。言いすぎた」

「いや別にいいよ。俺のほうこそごめん。言いすぎた」

「うん。いいよ」

「はぁ。良かった。ずっと気まずいの嫌だったけど、なかなか謝れなかった。ごめんな。で、今日話を聞いてほしいって言ってたけど何? 先輩のこと?」

「先輩に関係あること、と先輩の彼氏のことかな……」

 周りには同じ学科の人達が教室に残っている。ここでは話せない。

「帰りながら話すよ」と言って学校を出た。


 僕達は駅へ向かって歩く。学校から少し離れた所で周りを見渡し、凛華先輩や先輩の彼氏、春菜と言う人がいないか確認した。

 湊がまだ話さないのか? みたいな顔で見てくる。


「あのさ……、僕と凛華先輩、姉弟きょうだいかもしれない。あと、先輩の彼氏と浮気相手を別れさせようと思う。あの写真を使って」


 湊が急に足を止めて、「は?」と言って頭を抱えている。

「だから、姉弟かもしれなくて、別れさせたくて……」

「は? は? は? まてまてまて。情報が多すぎる! 先輩と姉弟?! ちょっと意味わんねぇって!」

「そのままの意味だけど」

「いやいや、姉弟ってありえないだろ! ちょっと冷静になって話そう」

「僕は冷静だって。湊が高校の時、僕と先輩が似てるって言ってたことあったよね……」

「そんなこと言ったか!? 似てない。ないない! はぁ。なんか頭いてぇ。……行き先変更。ファミレス行くぞ」

 

 駅を通り過ぎて、ファミレスへ向かった。ファミレスに着くまでに、お母さんから聞いた話を湊にした。

 湊は一度聞いただけでは理解できず、三回ほど同じ話をした。


 ファミレスに着き、ドアを開け、二人です、と湊が店員に聞かれるより先に言った。席へ案内され、座るなり、「さっきの話を整理しよう」と湊が言う。僕は整理できているんだけれど。

 湊はかなり動揺しているようだ。いつもならファミレスに来たら、すぐに注文をするのに忘れている。


 僕は呼び出しボタンを押す。


「真絃のお母さんは、お父さんと結婚する前に、凛華先輩のお父さんと関係をもち、妊娠してしまった。同じ時期に二人と……してしまったから、どちらの子を妊娠したのか分からない」

「うん。そうだね」

 

 店員が来た。

「お待たせいたしました。ご注文伺います」

「ドリンクバー二つで」と僕が言う。

「あ、ポテト一つ」と湊が言う。

「以上でよろしいでしょうか?」

「はい」と二人で返事をし、僕達は視線を合わせた。


「で、お母さんは今まで真絃がどちらの子か調べずにきた、と言うこと?」と湊が言う。

「うん。そうだね。僕、ドリンクバーとってくる。コーラでいいよね?」

「あ、うん」

 ドリンクバーに行き、コップを二つ取る。氷を入れてコーラを注ぐ。

 湊を見るとテーブルに頭をぶつけるくらい項垂れている。高校生の時、テストの点数が悪くて項垂れる湊の姿を思い出した。

 コーラを注ぎ終えて、次はアイスコーヒーを注ぎ、席に戻る。


「はい、コーラ」

「ありがとう」と言って、湊が顔を上げる。

「湊、高校の時、テストの点数悪かった時もそんな感じだったよな。ははは」

 湊が眉をひそめている。

 その顔見て、僕は笑うのをやめてコーヒーを一口飲んだ。思ったよりも苦い。コーヒーが喉を通って胃に入るのを感じる。コーヒーの苦味が僕を刺激する。苦いので二口目を飲むのはやめ、氷で薄まるのを待つことにした。

 お母さんと会ったカフェのアイスコーヒーは美味しかったな。


「真絃、お前は何で平気そうにするんだよ。正直、俺は話を聞いただけで泣きそうだ」

 湊が僕を憐れんでいるかのような表情をしている。僕は湊から視線を外す。

「何で湊が泣きそうなんだよ。僕はたぶん平気。だってしょうがないじゃん。姉弟だったら受け入れるしかないじゃん」

「泣けないくらいにショックなんだな、お前。今は心が無になってるんだな。俺はお前が心配だよ。お前の人生波瀾万丈すぎ。本当心配」

「波瀾万丈って、そんなたいしたことないよ。とりあえず姉の彼氏の浮気をやめさせる計画を立てたいんだけど……」

「ちょっと待て。まだ姉って決まってないだろ? 少し待ってろ」

 湊がコーラを半分ほど一気に飲んで、スマホを取り出した。スマホを見つめて操作している。

 僕は少し氷が溶けたコーヒーを飲む。まだ苦い。こんなに苦かったら今日も夜眠れないかもしれない。


「お待たせいたしました。フライドポテトです」と店員がポテトの入ったお皿をテーブル中央に置いた。

「ありがとうございます。湊、ポテト食べていい?」

「……」

 湊は僕の声が聞こえていないみたいだ。さっきから何をしているんだろう。


 僕がポテトを半分ほど食べた頃、「なるほどなるほど」と湊が言った。

「さっきから何見てんの?」

「調べよう。姉弟かどうか」

「どうやって?」

「ほら、これ見ろ。DNA鑑定ができるらしい」

 湊がスマホの画面を僕に見せる。そこには親子鑑定と書かれていた。口腔粘膜や髪の毛、爪を採取してDNA鑑定ができるらしい。

「お父さんと親子かどうか調べる……」

「うん。親子鑑定が難しいなら兄弟鑑定もあるらしい」

「え? 凛華先輩にDNA鑑定をお願いするってこと?」

「そうなるね。えーと、ちなみに口腔粘膜の採取が一番鑑定に成功するらしい。それ以外は失敗する確率が高いって」

 もし姉弟だったとしたら、凛華先輩には知られたくない。友達として先輩のそばにいられなくなる。

 それにお父さんには絶対に言えない。DNA鑑定なんて頼めない。お父さんをまた傷つけてしまう。それと、もし僕と血が繋がっていなかったら? 僕のことを拒絶するかもしれない。あの家から追い出されるかもしれない。また家族が壊れてしまう。

 調べたくない。でも、血が繋がっていないかもしれないと、ずっと思いながら過ごすのもつらい。


「費用は二〜五万円だって。もし金足りないなら貸すよ。俺は調べるべきだと思う。ずっとモヤモヤするじゃん。でも、最終的に決めるのは真絃だから、よく考えて決めろよ」



 ファミレスからの帰り道、お父さんから、『今日は外で食べないか?』とメッセージが届いた。



 家に着くと珍しくお父さんが早く帰って来ていた。もうスーツを脱いで、普段着を着ていた。

「今日早かったね」

「あぁ。今日は定時で帰れたんだ」

「そうなんだ。どこに食べに行く?」

「真絃は何食べたい? いつもご飯作ってくれてるから、お前の好きなものを食べに行こう」

「じゃあ、寿司で」


 家族で外食なんていつぶりだろうか。家族全員で最後に外食した時のことはもう思い出せない。お父さんと二人で外食なんて、したことないんじゃないかな。


 お父さんの車の助手席に乗り込む。タバコの匂いと、タバコの匂いを消そうとしている芳香剤の匂いが混じって鼻の奥にまとわりつく。


「お父さん車でタバコ吸ってたっけ?」

「あぁ。少しな。やっぱ匂うか?」

「うん。誰か乗せるなら吸わないほうがいいよ」

「そうか。気をつけよう」

 離婚をしてタバコの本数が増えたのだろうか。前は車の中では吸っていなかったはずだ。

 

 車が動き出す。

「今日はお父さん外食の気分だった?」

「まぁたまには外食しないとな。真絃が毎日ご飯作るの大変だろ?」

「僕は料理が好きだから別に大丈夫」

「そうか。お母さんは違ったみたいなんだ。お母さんの負担は大きかったと思う。時々家族で外食すれば良かったな……」

 お母さんの話をするなんて珍しい。お母さんのことが話せるくらい、お父さんも心の傷が癒えてきているのだろうか。

「そんなこと考えなくていいんじゃない? もう終わったことなんだから。僕と外食いっぱい行けばいいじゃん」

「そうだな」

 そう言ってお父さんは軽く笑った。

 

 窓の外に目を向けると、空はまだ少しだけ明るいけれど、月が輝き、星が瞬いている。

 運転するお父さんの横顔を見る。僕とお父さんは似ていない。僕はお母さん似で、お父さんに似ていると一度も言われたことがない。

 お母さんが僕とお父さんの耳が似ていると言っていた。お父さんの耳を見るけれど、自分の耳と似ているなんて分からない。


「ねぇ。僕が産まれてきた時嬉しかった?」

「いきなりどうした? 嬉しかったよ。正直子供が苦手だったんだ。でも、やっぱり自分の子供は特別だな。可愛いくて仕方なかった」

 血が繋がってなくても? と訊けるわけない。だいたい血が繋がっている可能性もあるんだ。


 僕のお父さんはお父さんだけだ。

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僕達は愛を信じられない、でも、 七瀬乃 @nanaseno

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