物の怪の被害者と公務員はジルバを踊る

新巻へもん

蛇の化け物

 KAC2025連作してます。


 第1話 うれしいひなまつり

https://kakuyomu.jp/works/16818622170372439708/episodes/16818622170372443559

 第2話 姉さんの記憶https://kakuyomu.jp/works/16818622170603278361/episodes/16818622170603280899

 第3話 人に仇なすもの

https://kakuyomu.jp/works/16818622170819350767/episodes/16818622170819984530

 第4話 暗闇の底で

https://kakuyomu.jp/works/16818622171067140920/episodes/16818622171067183984




 鈍い音と共に留め金が弾けとび、戸板が開いて小霧は地面に転がる。

 暗いところから急に屋外に出たので目が眩んだ。

 外に出たときに擦りむいたのか両手の手のひらが痛みでズキズキとする。

 その手で体を支えると小霧は薄目を開けて建物から離れるようと歩き出した。

 まだ、安全が確保されたわけじゃない。

 強く目を瞑って眩しさに溢れる涙を押しやる。

 とにかく逃げなくちゃ。

 小霧は目の前の木立ちに足を踏み入れた。


 まだ、背後にいるはずの何かは諦めていない。

 ようやく明るさに慣れてきた目で林の中を走る。

 頭の隅では逃げられるわけがないという声が囁いていた。

 背後から迫ってきている何者かの気配とバキバキと灌木を押しのける音は小霧との距離が変わらない。

 あえて逃げさせ追いかけるのを楽しんでいるかのような印象を受けていた。

 それでも息を切らせながら走り続けた小霧はついに堪えきれなくなって後ろを振り返る。


 信じられないほど大きな蛇が追ってきていた。

 小霧など丸呑みにできそうな太い体を左右にくねらせ近づいてくる。

 その細い目は嗜虐的な喜びに満ちていた。

 背筋をぞくりとさせた小霧は顔を前に戻してスピードを上げようとする。

 その途端に横合いから出てきた人影が抱きつくようにして蛇の進路上から外れるように引っ張った。

 勢いのついていた小霧は木立の中でジルバを舞う。

 小霧の手を握っているのはダークスーツを着こんだ若い女性だった。


 軽々とはいかないものの女性は疾走の勢いを殺す華麗なステップを踏む。

 女性は突然のことに声も出せない小霧を更に驚かせる行動を取った。

 左手で小霧の体を支えながら、右手をスーツの左脇に突っ込むと拳銃を取り出す。

 進路変更が間に合わずそのまま通り過ぎようとする大蛇に向かって撃ち離した。

 プシュ、プシュ。

 サイレンサーを通した射撃音が響く。

「ちっ、やはり効かないか」

 正体不明の女は舌打ちをした。


 拳銃をしまった女は小霧の手を引いて大蛇から離れようとしつつ大きな声で叫ぶ。

「赤松! 早く来い!」

 バキバキと低木をへし折りながら、方向転換を終えた大蛇が追ってきていた。

 2人が走る方向から安物のスーツを着て何かを背負った男がやって来る。

「中矢さん、先走り過ぎだって」

 すれ違うと中矢と呼ばれた女は足を止めた。

 小霧は訝しげな視線を中矢に向ける。

 助けに来た赤松というは惚けた顔をしており、拳銃を撃った女性よりも弱そうであった。

 そもそも、拳銃も効かない化け物相手に何かできるとも思えない。


 中矢は乱れた息を整えながら小霧に笑いかける。

「安心しろ。あの男は意外と腕がいい。天下無双とは言わないがね」

 小霧の視線の先では赤松が背中を丸めて膝に手を置いてゼーハーと息を整えていた。

 どこからどう見ても運動不足の冴えないおじさんである。

 それでも大蛇が迫ると赤松は顔色を変えてスーツの中に手を突っ込んだ。

 中から取り出したものを土俵入りする力士のように投げる。


「トリの降臨」

 呟くと無数の烏が現れて大蛇の回りをギャッギャッと取り巻いた。

 中には大胆な烏もおり、嘴で大蛇の体をつつく。

 なんと拳銃弾をはじいた肌が傷ついていた。

 赤松は何やら口の中で呟いていたが、背中に背負った剣を抜く。

「やだなあ、抜けちゃったよ。これ俺が退治する流れじゃねえか」

 ぼやきながらも切っ先の欠けた剣を構えた。


 赤松が前に出ると執拗に目を狙っていた烏がぱっと大蛇から離れる。

 そこに裂帛の気合の声と共に赤松が剣を振り下ろした。

 一太刀浴びせただけなのに大蛇はもだえ苦しんで暴れまわり始める。

「おっと」

 巻き込まれそうになった赤松は後ろに飛び退った。

 手にした剣をほれぼれと眺める。

「さすが天羽々斬あめのはばきり剣。後代のレプリカだが蛇には良く効くな」


 それから思い出したように赤松は烏に向かって左手を伸ばした。

「戻れ」

 何十羽という烏が左手に吸い込まれるようにして消えて残った紙の束をスーツの内ポケットにしまう。

 そうしている間にも蛇はどんどんと小さくなり、最終的には体長60センチほどになった。

 いつの間にかやってきた黒スーツの男たちが蛇をケースに回収して去っていく。

 剣を鞘に納めた赤松が小霧と中矢のところにやってきた。

「これにて一件落着ですかねえ」

 のんびりとした声を出すと、小霧は緊張の糸が切れたのかくにゃりとなって意識を失う。


 次に小霧が目を覚ましたのは病室だった。

 はっとして自分の体に目を向けると手術着のようなものに着替えている。

 かけ布団をはぐようにして上半身を起こすと、隅の小さなテーブルの上に乗せたノートパソコンのキーボードを叩いている中矢の姿が目に入った。

 小霧が起き上がった気配に気が付くとキーボードから指を離して中矢が体を半回転させる。


「気分はどうかな?」

「はい。悪くないです。えーと、ここは?」

「私たちの病院だ。具合がいいなら話を聞かせてもらおうか」

 小霧は自分の把握している限りの話をした。

「あの蛇は何だったんでしょう?」

「まあ、妖の類だな。人の精を吸い取るやつだ」

「澪姉さんは……」

「犠牲者の1人だろうな」

「そうですか。えーと、中矢さんは何をされている方なんですか? そして赤松というおじさんは?」

「怪異の相手をするのが仕事のしがない公務員さ。協力感謝する。疲れただろう。少し休みなさい」


 次に小霧が目を覚ましたのは家の近くにある大きな病院の一室である。

 医師が言うには路上で倒れて今まで昏睡状態にあったらしい。

 小霧には1週間ほどの記憶が全くなかった。

 両親に付き添われて退院をする。

 何か大事なことがあったような気がするのだが思い出せない。

 

 その様子をスモークガラスのはまった車の中から眺めていた中矢が運転手に指示を出す。

「出して」

 横に座っていた赤松が揉み手をした。

「ということで今回の依頼の報酬を……」

「まったく。すんでのところだったじゃない。もう1人犠牲者が増えるところだったわ」

「まあ、結果的に助かったのだから、難しいことはいいっこなしで」

 小霧の横を通り過ぎながら中矢は頭を次の事件に切り替える。

 当事者にとっては大事件でも、怪異を相手にする仕事をしている者にとっては、数多くある事件の一つでしかなかった。


 ***


 最後にお寺生まれのTさんばりにいきなり現れた救いの手。

 なんのこっちゃと思った方は以下の作品をお読みください(隙あればダイマ)。

 

 『俺はしがない下請け陰陽師なんですが』

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651616113076


  

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物の怪の被害者と公務員はジルバを踊る 新巻へもん @shakesama

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