怖いあいつと怖い君と怖い俺

水の月 そらまめ

幽霊ばっか



 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 少女が俺の名前を呼んでいる。悲しげに、もう来てはダメだと、俺の服を引っ張りながら。

 気になる。気になりすぎる。


 俺はずっと幽霊に会ってみたかった。実際に会って感動を覚えた! そんな彼女が夢に出てきた時はもうっ!

 ビビったけど、それよりも嬉しかったんだよな。



 何を隠そう俺は、心霊スポット大好き人間だ!


 何か起こりそうで、何も起こらないのがいい。「あぁ何も起こらないじゃないか」と安堵する自分すらも、なんだか面白い。

 でもやっぱり何か起こって欲しい! その末に死んで俺も幽霊になりたいっ!


 俺はもうドキドキだ。心臓の音なんて久しく聞いていないけど。胸はきっと高鳴っているに違いない。


 さぁて、今回も幽霊少女に出会う以外は、何も起こりませんように。



「今日もいい月夜だ」


 目の前にある深淵を具現化したようなトンネルは、そこまで有名でもない幽霊スポットである。

 ラップ音が鳴るとか、声が聞こえるとか。みずみずしい足音がするとか。そんな、ありきたりな噂。入手場所はSNSだ。

 そこに本物の幽霊がいると知っている者が何人いようか。


 車なんて通らない、鬱蒼とした山々に囲まれた廃トンネル。暗闇に足を踏み入れる前に、干からびた死体に手を合わせる。

 ここは電波が悪過ぎて警察には繋がらない。ここから去る時には忘れていて、また来ると思い出すんだよな。


 まじごめん。


 今日も楽しみ過ぎて道中のことは覚えていない。何たって幽霊と話せるんだぜ。



 俺は生命力を漲らせて、トンネルの中へ入っていく。

 暗い、暗すぎる……。目の前が全く見えない。スマホの光が闇に飲み込まれて、役に立たないくらいだ。

 その時、ポツポツと人魂のような光が現れ始めた。微かに周りを照らしてくれるありがたい存在だ。


 俺はスマホの明かりを切った。

 ここまでくれば、チカチカと電気がつく。


「ナイス、心霊現象。助かる〜っ」


「――――――〜〜〜゛」


 言葉にならない声が聞こえてきた。その続けざまに、パン! ダダダッ! ラップ音がする。


「ヤバい」


 このゾクゾク感がたまらなく好きだ。


 カンカラカンッ! 空き缶を蹴飛ばしてしまった。全く、心霊スポットにゴミを捨てるなよ。


 空き缶が飛んでいった先に視線を向けた。誰かが石を積んだのか、それとも崩れたのか、とにかく石が山を作っている場所がある。

 そこに、黒髪の白く光る少女がいた。


 彼女は腰まである黒い髪に、垂れ目な黒い瞳をしていて、白いシャツに深緑のズボンを履いている。靴は履いていなくて、いつもの裸足だ。輪郭がはっきりと見えないのがまたいい。


優香ゆうか


「また来たんだ……今日で10回目。知らないよ、食べられちゃってもっ」


 警告をする少女は、ニッと嬉しそうに笑った。


 綺麗と言うよりも、可愛らしいと言う感想が前に出て来る。

 見た目こそ少女のように見えるが、9日通った経験から、優香はどこか大人びた性格をしているように思う。



 うっすらと見えなくもない足で立ち、歩くような仕草で、石山から降りて来る。

 すると、チカチカと光っていた明かりが常時つくようになった。


 同じ景色が続くトンネルは、見渡す限り変化はない。

 優香が言うには、今回で何かが起こるらしい。数字が関わって来るなんて、絶対に何か起こるじゃないか!


 俺はワクワクしながら、呆れる優香に心霊スポットの極意や、今まで行った中で感動した場所を話していく。

 そして、次に狙いを定めている橋の話。


「――ペンキの色に見える赤い線は、実は刺された女性が橋の上を引きずられた跡なんだとか。まだ死んでいなかったのに、そのままポイッと体を捨てられた女性の怨念が、今もなおその場所に残り続けている……。現象としては、橋の上から飛び降りて来る女性がいる感じらしい。刺した女性が悲鳴をあげている、なんてのも聞いたかな。どんなことがあったのか、までは書いてなかったけど、何人か被害にあったって書いてて、もう、たまらんっ」


「めちゃくちゃ不謹慎なんだけど……。心霊スポットで別の心霊スポットの話するとか、ほんと頭おかしい」


 優香はくすくすっと笑った。その微笑んだ顔が、生気なさすぎて好きだ。

 深夜の1時から3時に現れる彼女には、首を絞められた跡がある。くっきりと人間の手の跡がついているのだ。


 それをいつ聞こうかと、この9日間距離を詰めてきた。


「優香、その首の手の跡って――」


「――――――〜〜〜」


 誰かわからない声がした。

 いつもは優香と話している時何も起こらないのに。あぁ、この悪寒がする感覚がたまらない。好きだ! さあ来いっ、心霊現象!


 ふと頭痛がした。吐き気がする。

 急に具合が悪くなってきた感覚に、俺は「ふ、ふふふ」と自分でも不気味だと思う声をあげた。


 この感覚もたまらない。


「***」


 優香が意味不明な事を言った。耳鳴りのノイズが酷くて、彼女の声が聞き取れない。


「行って」


 はっきりと聞こえた。その言葉を聞くと、決まって俺の体が重くなり始める。

 最初は気のせいかとも思っていたけれど、多分これは気のせいじゃない。



 今日は目が霞む。寝不足だろうか。



「最後に聞きたい。君はどうすれば成仏できる? 俺のエゴだってわかってる。でも少しでも君の助けに――」


 何十にも聞こえた言葉のせいで、単語を一つしか理解できなかった。

『魂』優香はそう言った気がする。


「? 魂がなん――」



 ゾクッ――。何か寒気がした。


 ぺたり、ぺたり。素足の音が、この何もないトンネルに異様に響く。チカチカと明かりが点滅し始め、音のする方へ視線を向ける。

 そこには肌が爛れ、血を流した、さながらゾンビのような異形がいた。


 よく見れば、少女と異形は繋がっている。


「にげて」


 そう、優香は毎回、その言葉を口にしていた。

 体が重い。足が鉛のようだ。思うように動けない俺に、奴はゆっくりと近づいて来る。

 呼吸がうまく吸えない。何故かいつもより、はっきり優香の姿が見える。優香以外の霊たちも、俺を見つめていた。

 今までは、姿なんて見せなかったのに。


 その時、囚われているのだと悟った。あの化け物に。

 激しく点滅する明かりがゆっくりになって、化け物が急に近づいて来るように感じる。


「行って」


 優香に蹴られた。彼女は白い裸足を地面につけ、一歩二歩と異形から逃げるように下がっていく。

 べたり、べたり。ゆっくりと不愉快な音を立てる異形が、俺の前に来た。ガクンと腰が抜ける。これ、死ぬやつだ。


 俺の恐怖に満ちた顔を見て、異形が笑った気がした。

 ――――しかし、カチンと固まり、それ以上は動かない。


「? ……ど、どうした?」


 俺の掠れた声はかき消された。異形が言葉にならない音で、何かを叫び出したからだ。

 気づけば、手が異形の体に入り込み。俺の方が笑っていた。


 背後にいた優香は、引き攣った顔をしている。見ていたら、彼女が無理やり作り上げるように笑った。

 次の瞬間、俺の体は吹き飛んだ。

 トンネルの外まで。



「うわぁぁああ〜〜っ!?」


 目を見開いた先に、死体が転がっていた。いつもの干からびた男だ。

 流石にビビった。


 俺は痛みに顔を歪めながら立ち上がる。

 吹っ飛ばされ、転がったせいで、俺の体は擦り傷まみれかもしれない。だが、身体が動くようになった。むしろ元気な気もする。なんでだ?


 その時、地面が微かに揺れる。

 俺はそんな事、どうでもいいとばかりに走った。息切れも、汗も、服が乱れることも気にせずに。

 今自分がどこにいるかも分からない。


「いや闇雲に走ってどうする俺……、そもそもこれ以上行けないし」



 優香は、大丈夫だろうか。

 俺は野に咲いていた花を摘み取って、トンネルに戻る。


 いくら俺が心霊スポット大好き人間だとしても、流石にあの中に入る気は起きない。

 花を添えて、俺は彼女が解放されるようにと願う。

 意味がないかもしれないけれど、君のために祈るよ。………………除霊師とかに頼んだ方がいいのかな。


 俺はスマホを取り出してぽちぽち。繋がらない。


 君は俺を助けてくれたけど、俺は君を助けることは出来なさそうだ。役に立たない俺でごめん。それでも祈るよ。君たちが天国に行けますように。


 その時、地震が起こった。


 かなり大きな地揺れだ。


 とてもやばい気がする。



 ゴゴゴゴゴゴ!!!!

 何が起こってるんだ? 何が……嘘だろ!?

 月明かりで微かに見えていた目の前が、一瞬で真っ暗になった。轟音を響かせて、トンネルが陥没したのだ。


「ゴホゴホッ」


 大量の砂煙を被って咳き込む。


「ゲホッ、ゴホゴホッ。ちくしょー、俺が離れてから崩れろよ……。にしても、俺の守護神強すぎか? めちゃくちゃ運がいいな」


 砂煙が落ち着いてきても、どこか見通しが悪い。月明かりが心もとなさすぎて、俺はスマホのライトであたりを照らす。

 それでも心もとないのは同じだ。


「おー……」


 トンネルは完全に埋まったように見える。



 踵を返そうとした時、視線を感じた。


『最後の楽しかったね――――』


 優香が笑っていた。満面の笑みだ。よくわからないけど、トンネルの外に出ている。幽霊じゃなかったのか?

 言葉を返そうと、俺が口を開いたその時。


『あの化け物、ようやくか』『来ると思ってたー』『君の話面白かったよ』『やっと行ける』『すごかったよ』『力吸ってごめんな〜』『あんたのおかげ』『お兄さんありがとう』『あいつの力吸えるとか、お兄さんガチ強かったんだね!』『今日も肌艶いいなお前』『お兄さーん!』『じゃねー』『お兄さんも囚われると思って逃してたのに、何もしない方が良かったのかな。ごめーん』『お兄さん先に天国行ってるね〜』『固まっちゃってないかこの人』『ばいばーい』『お兄さん気をつけてね〜』『幽霊人生謳歌したら話聞かせろよー!』


 ゾゾゾッと這い上がってくる悪寒を感じて硬直。俺は彼らの声が聞こえなくなるまでその場にいた。

 いつの間にか優香も消えていて、俺はポツンと一人で立っていた。



「あ、あはは。……どっちも、こぉーわ」


 あの囚われていた幽霊はなぜか無事に成仏できたらしい。そして、思い出すのは初めてあの化け物と出会った時のこと。…………初めて?


 あれ、俺の手、透けてね……?

 スマホを持っていたはずの手には何もなく。傷を負ったはずの肌は無傷で痛みも消えていた。


 何か感じて、ぎゅいんと顔を向ける。

 …………いつも見てたあの死体、俺のかよ!?



 あ、あーーーーー。……そうだった。

 背後から『奴』の不意打ちを喰らったんだ。そのせいで、一時的な記憶喪失状態だったらしい。

 記憶を失っていたせいで、『奴』の力を奪うことに、時間がかかってしまった。

 しっかし、意外と体が覚えてるもんなんだな…………。


 手をぐっぱして、俺は死体の方に歩いていく。


 今回は時間かかったけど。そのおかげで、幽霊達と交流できたのは楽しかった。

 人気のない廃病院、誰も寄り付かない首吊り森、人気のある心霊スポット。

 大好きな心霊スポットを巡り、タチの悪い霊は喰らう。そうすれば、俺はもっと長く、この世界に居続けられる。


「ふふ、ふははははっ」


 俺は干からびた死体を引き摺って、次の心霊スポットへ向かうことにする。



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