愛莉との訣別【リメイクなし】

Unknown

【本編】

 俺は在宅webライターの仕事をしている独り暮らしの23歳独身の男だ。

 深夜4時、安いアパートの真っ暗な部屋の中、光源はノートパソコンのみ。部屋の隅にあぐらをかいて死んだ目でタバコを吸ってライターとしての記事を書いていた俺は、自分の耳元でこんな声を聞いた。


【おまえはもうだめだ】

【おまえはもうしんだほうがいい】

【うーあー、うーあー、うーあー】


 のっぺりとしたおっさんの呻き声が聞こえる。それがずっと続いている。

 外からは女の絶叫やら、パレードみたいな音やら、銃撃戦のような音やら、シンセサイザーのような謎の電子音も聞こえてくる。パンクロックの音もする。

 部屋ではガタガタと物音も聞こえる。途轍もなく不快だし、なにより怖い。


「うるせえ黙れ!!!!!!!」


 俺は真夜中にそう叫んだ。

 遂に幻聴と喧嘩してしまった。俺はすぐ冷静になり、1人の部屋の中で紫煙を吐きながら独り言を呟いた。


「先生、何日も幻聴がうるさいです」

「佐藤さんの場合、一時的なものですよ。アルコールの離脱症状でしょう。ここ最近の佐藤さんの飲酒量は特に異常でしたから」

「この幻聴はずっと続くんですか?」

「アルコールが完全に体から抜ければそのうち治ります。それまでは我慢です」

「どうして幻聴ってネガティヴなことしか言ってくれないんですか? かわいい女の人の声で『愛してるよ♡』とか『大好きだよ♡』とか言ってくれてもいいじゃないですか。なのに『お前は死んだ方がいい』ってずっとおっさんの声で言われるんです。めっちゃ不愉快です」

「佐藤さん本人が自分を責める気持ちがかなり強いから、ネガティヴな幻聴ばかり聴こえるんです」

「そうなんですかね。不快で仕方ないです」

「一般的に、幻聴は本人の深層心理にあるものしか聞こえないとされてます」

「へえ」


 この部屋には俺1人しかいない。もちろん誰からも返事はない。

 よって、俺は1人2役で会話している。


「佐藤さん、死にたいですか?」

「はい。苦しくて死んでしまいたいです。酒の離脱症状ほど苦しいものはない」


 そこで俺は1人2役の独り言に飽きて、部屋の壁をぼんやり眺めた。ただの白い壁だ。何も無い。そこに向かってタバコの煙を吐き出す。

 次に部屋全体を見渡す。別にミニマリストというわけではないが、必要最低限の物しか置かれておらず、生活感が無い。部屋にはペットのカメの水槽とヘビのケージがある。

 俺の部屋の収納にはネット通販で購入したロープが入っている。

 去年、故郷の北海道で首を吊って、かなり惜しいところまで行ったが失敗した。幸い後遺症は全く残らなかったが、それは今思えば奇跡だった。それを自覚して以来、吊るのが怖くなった。俺は死ぬ手段を1つ無くした。

 部屋はその人の心を反映すると言われている。何も無い俺の部屋は、俺の心が空っぽである証明なのだろうか。


「んっ」


 小さく咳払いをした。

 俺は止まらない幻聴を殺したくて、イヤホンをつけてスマホで音楽を再生した。それでも幻聴は鳴り止まない。大音量の音楽を貫通してくる。

 俺は99%の割合でロックしか聴いてない。ロックは俺をこの部屋から別世界へ連れ出してくれるような解放感を与えてくれる。

 あらゆる娯楽への関心を失ったが、音楽だけは今も好きだった。

 長年愛用してたギターを去年フリマアプリで売ってしまったことを後悔している。売った理由は自殺前の身辺整理だった。

 多くの人が躓くとされるFのコードを簡単に弾けた時、もしかしたら俺は楽器の才能があるのかもしれないと思った。

 しかしバンドは組んだことはない。友達がいないからだ。


 ◆

 

 音楽を聴きながら、ぼーっと喫煙してライターの仕事をしていた。気付くと、時刻は朝の6時を迎えていた。

 結局、今日は一睡もせずに朝を迎えたことになる。不思議なことに最近はほとんど睡魔が襲ってこない。食欲も無いので痩せた。三代欲求が著しく低下している。

 ただ1日中、自分の部屋で喫煙して精神薬を飲み、しょうもない人生に煩悶するだけの腐った生活を送っている。

 孤独を持て余した俺は、再び先生との対話を開始した。


「先生、生きてて辛いです」

「そりゃこんな部屋に引きこもってたら誰でも鬱屈して辛くなるし、気が狂いそうになります。私なら耐えられません」

「先生、僕はもう気が狂ってると思いますか?」

「私から見れば、あなたはあくまで正常の範疇で狂っているだけです」

「そうですか。もう僕は完全に頭が狂ってるような気がします」

「気がするだけです。あなたはまだ助かる。あなたはきっと良くなります」

「先生の言葉を信じます」

「佐藤さん、あなたの人生で1番嬉しかったことは何ですか?」

「無いです」

「記憶を辿って思い出してください」

「無いです」

「どんな些細なことでもいいですよ」

「あ。僕はネットに文を投稿するのが趣味なんですが、それを誰かに読んでもらえるのは、嬉しいです」

「よかったですね。嬉しい事あったじゃないですか」

「読んでくれる人がいるから、僕は精神的に参っても生きてられます」

「佐藤さん、あなた野球やってたでしょう?」

「はい、高校の途中までやってました」

「バットを振らなければ、絶対ボールはバットに当たらないですよね。バット振らないと何も始まりませんよ。あなたの人生」

「分かってます。でもバットの振り方を忘れてしまったんです」

「元野球部なのに?」

「はい」

「現状、佐藤さんの人生は既に2ストライクまで追い込まれてます。次に来たストライクゾーンの球を何が何でもフルスイングしないと、あなたの人生、もう終わりです」

「はい」

「あなたは、生きるんですか? 死ぬんですか? それとも死んだように生きるんですか?」

「分かりません」


 そこで俺は1人2役の会話に飽きた。


 ◆


 その日は何とか30分ほど眠れたのだが、眠りがとても浅かったのか、色んな悪夢をかなり鮮明に覚えていた。


・俺と妹が俺の部屋にいると、窓からメガネをした男が入ってきた。手には刃物が握られている。「12月25日発売のポケモン買わなきゃ」と謎の発言をして男が近づいてきたので、俺は妹を守るために部屋にある鉄パイプで男を何度も何度も殴った。男は血を噴き出して倒れた。


・そこから場面が切り替わる。高校生の俺が教室に入ると、俺以外の生徒全員が座っていた。先生もいた。俺の机を女子2人が悪魔みたいな笑顔で漁っていて、机の中から何個もタバコの箱を取り出した。そしてそのまま先生にチクられた。喫煙がバレた俺は絶望して、その場から必死に逃走したが、結局先生に捕まってその場で停学処分を言い渡された。


・場面が切り替わる。俺は知らない樹海にいる。痩せた男が錯乱した様子で走ってきて、俺の目の前で首を吊った。何故か首だけが何度も回転して、最後に俺の前で首の回転が止まり、まじまじと俺の目を見て、男は無表情で「在宅です!」と意味不明の発言を残して、死亡した。


 ◆


 こういった悪夢ばかり見るから、最近は極力寝たくない。

 特に最後の「在宅です!」の夢は最悪だった。俺の目の前で首を吊った男の声も表情も容姿も鮮明に覚えている。

 遮光カーテンを閉め切っているので今が昼なのか夜なのかも分からない。

 俺は部屋の中で独り言を呟く。

 

「先生、悩みがあります」

「なんですか? 佐藤さん」

「最近僕は悪夢しか見ません。僕は、首を吊る男の夢なんて見たくないです」

「悪夢しか見ないのは、普段からネガティヴなことしか考えてないからでしょう。明るいことを考えてみては?」

「それが出来たら苦労しません。この状況でどうやって明るいことを考えるんですか」

「やはり、心を明るくするには他者と接することが大事です。深い孤独感はどんどん心を蝕んでいきます。人間の心は孤独に耐えられるようには出来てないんです」

「そうなんですか」

「こんな話を聞いたことはありますか? 生涯未婚男性は既婚男性と比べて遥かに平均寿命が短いんです」

「つまり孤独は体に毒だということですか」

「そうです。佐藤さんの心に巣食う闇の原因は、間違いなくこの孤独な現状でしょう。あなたは今の孤独を何とかして打破する必要があります」

「でも、どうすればいいんですか。僕は部屋からほとんど出ない引きこもりで、交友はほとんどゼロだし、ネットやSNSで知り合いを作る気力も無いです。人が怖いんです」

「そんな佐藤さんにいい方法があります」

「なんですか?」

「佐藤さん、“タルパ”って聞いたことあります?」

「あります。チベット仏教の秘奥義ですよね」

「そうです。無から霊体を人為的に作り出す究極の秘奥義。簡単に言えば人工生命、あるいは妄想の具現化。イマジナリーフレンドとは違い、タルパは自由意志を持って行動します。ですから、ほとんど人間と変わりません」

「僕にタルパなんて作れますか?」

「佐藤さんなら容易に作れるでしょう。何故ならあなたは妄想が得意です。だから文章を書けるんですよ。それに私の存在だって、タルパに近いじゃないですか」

「先生の言葉は、全て僕の独り言です。僕が1人2役で喋ってるだけです。あなたのセリフは全部僕が考えて喋ってるんですよ。タルパとは違うでしょう」

「そんな寂しいこと言わないでください。少なくとも私は佐藤さんのことを1人の大切な患者さんとして認識してますよ。私はあなたの味方です。決して見捨てたりしません」

「っていう言葉も僕が言ってるんですけどね」

「安心してください。佐藤さんは決して1人ではありません。少なくとも私がいます」

「……心強いです」

「友人や恋人のタルパを作ることに成功すれば、佐藤さんは孤独感を全く感じなくなり、ネガティヴ思考も完全に消え失せ、日々の悪夢に悩まされることも無くなるはずです」

「そんな単純な問題じゃないと思います」

「でも、ここまで孤独が深刻化しているなら、なりふり構っていられないでしょう。佐藤さんの孤独を打破するにはタルパを作るしかないんです」

「とりあえず、ネットでタルパの作り方を調べてみます」


 俺はスマホでタルパの作り方を調べた。複雑そうな用語ばかり並んでいたが、よく読めば割と簡単な方法だということが分かった。妄想が得意な俺なら案外すぐに作れるかもしれない。

 

 ◆


 それから俺はタルパを生み出すために何日も修行を繰り返した。

 容姿や性格や生い立ちを仔細に設定し、対象が実際にその場にいるかのように何も無い空間に語りかけ続けた。

 最初のうちは交信が上手くいかなかったが、俺は根気強く修行に励んだ。常人では耐えられないほどの苛烈な修行を己に課した。無に命を吹き込む作業は過酷を極めた。


 ──しかし僅か2週間後、俺は“愛莉”という、俺の恋人としてのタルパを生み出すことに成功したのだった。


 愛莉は“先生”とは違い、完全に俺の手から離れた別の人格を持った赤の他人だ。霊体であること以外は人間と何も変わらない。

 しかも、最初から彼女という設定で愛莉を作り出しているので、1から関係を構築する必要が無い。

 

 ◆


 某日の深夜未明。

 今まで俺以外に誰も入ったことのないアパートの部屋に平然と愛莉がいる感覚は、とても違和感があった。

 俺が暗い部屋の隅にあぐらをかいて死んだ目でタバコを吸っていると、その対角線上に愛莉が小さく体育座りしていた。愛莉は無表情でこちらを見ている。俺の理想を具現化しただけあって、とても可愛い顔だった。

 

「……」


 俺がタバコの煙を吐くと、愛莉は「けほん、けほん!」と、わざとらしく咳き込んだ。


「ねえ優雅、タバコ吸うのやめてくれない? 私タバコ大嫌い。臭い!!!」

「あ、ごめん。すぐ消す」


 俺は灰皿に吸いかけのタバコを押し付けて、すぐに火を消した。


「別に、全く吸うなとは言わないよ。でも私の前では吸わないようにして。せめてベランダで吸って」

「これからはそうする」

「本当は、タバコなんて完全にやめてほしいんだけどね」

「なんで?」

「健康に悪いじゃん。私は優雅には長生きしてほしいの」

「俺は長生きなんて絶対したくない。愛莉には悪いけど、できるだけ早く死にたい。タバコを吸ってるのだって、早く死にたいから。ロープを持ってるのだって、早く死にたいから。酒を飲みまくるのだって、早く死にたいから」

「はぁ……」


 愛莉は悲しそうに溜息をついた。

 俺は申し訳ない気持ちになり、視線のやり場を失って、適当な空気中を眺める。

 やがて、愛莉は少し怖い顔になり、怒気を孕んだ鋭利な声音でこう言った。


「彼氏に何度も『早く死にたい』って言われる彼女の気持ち、考えたことある?」

「……ない」

「優雅だって辛いかもしれないけど、その辛さを共有する私だって同じくらい辛いんだよ。本気で自殺する勇気も無いくせに軽々しく『死にたい』なんて言わないで。本当は私だって死にたいけど、優雅を悲しませたくないから、死にたいって言うの我慢してるんだよ。優雅も少しは我慢してよ」

「ごめん。もう死にたいって言わない」

「大体、優雅はいつも自分の気持ちしか考えてないんだよ。優雅っていつも不幸に酔ってない? 自分だけが辛いと思ってない? 世界で自分が1番不幸だと思ってない?」

「思ってないよ、そんなこと」

「本当にそう思ってる? 優雅は、たぶん視野がものすごく狭くなってると思う」

「なんで?」

「だって、ずっとこの部屋に引きこもってたら、全世界に人類は優雅と私の2人しかいない事になるじゃん。本当はもっと世界は広くて沢山の人がいるのに。それを知らずに死ぬのは超もったいないよ」

「そうか……」

「優雅は不幸に酔ってるんだよ。大して不幸でもないくせに。幸せになるチャンスを自分から捨ててるんだよ。エヴァのシンジくんと同じ。男なら強くなりなよ」

「うん……」

「このままだと本当に優雅の人生終わっちゃう」

「俺なんかのこと心配してくれてるの?」

「当たり前じゃん。大好きな彼氏が引きこもりなんだもん。めちゃくちゃ心配するよ」

「ありがとう」


 ふいに俺と愛莉は目が合う。

 その瞬間、愛莉はにっこり笑って、こう言った。


「私と一緒に出かけようよ」

「え」

「近所の公園でも良いからさ」

「でも……」

「外に出るのが怖い?」

「怖い」

「大丈夫だよ。私が一緒にいるから。別に何も怖くない」

「……」

「一緒に出かける?」

「うん……」

「じゃあ、夜が明けたら出かけよう」

「分かった」


 最近全く外へ出ていなかったので、俺は今から緊張してきた。

 夜明けまでは残り数時間だ。


 ◆


 それから俺と愛莉は、夜明けを迎えるまで、ずっと他愛もないことを喋っていた。

 基本は暗い話をしていた。


 ◆


「だんだん部屋が明るくなってきたよ」


 と愛莉が笑って言う。

 カーテンを開けて空を見ると、たしかに明るくなってきていた。

 スマホを見ると、時刻は午前5時だ。もう深夜帯ではない。

 

「俺、あんまり自分の姿を人に見られたくない」

「なんで? 別に見られても良くない?」

「あんまり他人に会いたくないんだよ。怖いから」

「じゃあ今行こう」

「うん」


 俺と愛莉は玄関で靴を履き、扉の鍵を開け、ゆっくり外に出た。

 今まで外に出るのがとても怖かったのに、何故か今は抵抗が無い。隣に愛莉がいてくれるからだ。


 ◆


 外の冷たい空気を吸ったその瞬間、俺は少しだけ感動的な気分だった。まるで狭い水槽の中でずっと泳いでいた魚が初めて海に放流されたかのような、そんな気分だ。


「これが、世界か……」


 俺がそう呟くと、横にいる愛莉が笑った。


「大袈裟だなあ。ただアパートの外に出ただけじゃん」


 俺と愛莉は歩いて、アパートの敷地から出た。

 久しぶりに外に出て、俺の気分は少し高揚している。

 冷たい空気が頬を撫でる。この感覚も本当に久しぶりのものだったし、歩道に出て眺める景色も久しぶりだった。そういえばこの街の景観はこんな感じだった。前あったはずのユニクロが無くなっていたり、新しいコンビニが建っていたりした。俺が引きこもってる間にも世界は廻っている。その事実に今更気付いた。

 俺と愛莉が歩道を歩いていると、時折、車が通り過ぎていく。何台かが通り過ぎた頃、愛莉が言った。


「私、四角い車が好き」

「ジムニーみたいな?」

「そうそう。四角い車かっこよくない?」

「わかる。俺、18の時に免許取って1番最初に買ったのが中古のジムニーだった」

「そうなんだ」

「でも、20で正社員やめて引きこもりになって、あんま車に乗らなくなったから、あれだけどね」

「免許持ってるのが意外」

「俺も20までは割とまともな人間だったから」

「そっか。優雅って今何歳だっけ?」

「23」

「やばいね。じゃあ3年も引きこもってるんだ」

「うん。一応、少しだけ親戚の会社でバイトしたり、就活してた時期もあったよ。外で働こうとしてた時期もあった」

「なんでwebライターの仕事始めたの?」

「集団とか組織の中で働くのはもう無理だなって思ったから。あと、精神が不安定だった。何回も精神科に入院したし、自殺未遂も何回かした。死にたかった。死にたくて集団が苦手でもできる仕事は在宅の仕事しかない」

「うん。優雅が死にたいのは知ってるよ。さっきも死にたいって言ってたし」

「俺の話ばかりでごめん。愛莉の話も聞きたい」

「私の話? 優雅も知ってると思うけど、私の両親って2人とも熱心に新興宗教にハマってた」

「うん」

「それで、私は高校卒業するくらいまではそれなりに普通に生きてたんだけど、高校卒業したら、私は親に風俗で働けって命令された」

「え、どうしてそんな」

「宗教のせいで親が借金抱えてたからだよ。たまにいるじゃん。自分の娘を風俗で働かせる親。私の親はそういう毒親だった。親にとって私は子供じゃなくて、ただの金蔓だった」

「……」

「心も体も売った。稼いだお金は親の作った借金のために全て消えた。私の人生って何なんだろうって思って、どんどん壊れていった。私も死のうとしたことは何回もあるよ。死ねなかったけど」

「俺なんかより、愛莉の方がよっぽど辛い人生だ」

「いや、人の苦しみって他人と比較できるものじゃないと思う。生い立ちも価値観もみんな違うんだから。同じ人間なんてこの世に1人もいないから。私には私の苦しみがあって、優雅には優雅の苦しみがある」

「……」

「あと私には、私より優雅の方が辛そうに見えるよ」

「俺は別に、なにも辛くないよ」

「じゃあ私も辛くないよ」


 そう言って愛莉は少し笑った。


「色々あって私も今は両親と絶縁して、普通の仕事してる」

「親から離れられてよかったね」

「うん、よかった。でも、心までは離れられてない。今も心の中に親がいる。それで私に『お前は無価値だ』って言ってくる。多分一生続くんだろうなぁ」

「愛莉は無価値なんかじゃない。価値だらけだ」

「私も言葉では理解してるんだけど、感覚では理解できない。優雅もそうじゃない? 多分、私がどんなに『優雅には価値がある』って言っても、心の中では否定するでしょ?」

「……うん」

「私も同じだよ。ちょっと悲しいけど。まぁお互い自己肯定感が低いんだね」


 それから少しの間、沈黙が続いた。

 大型トラックが通過して、愛莉が口を開いた。


「暗いこと喋ったから、次は面白いこと喋ろうよ。優雅、なんか面白い話聞かせて!」

「え、面白い話? そんなん無いよ」

「頑張って探して」

「俺、面白い話するの超苦手なんだけど」

「そんなこと分かった上で聞いてるの。あくまで優雅の話す面白い話が聞きたい」

「じゃあ、俺の高校時代の面白い話をする」

「うん」

「俺、高校時代に友達がガチで1人もいなくて、いつも1人で行動してた。修学旅行は沖縄に行ったんだけど、当然そこでも1人行動。水族館に行った時はずっと便所にこもってた。でも途中で掃除のおばさんが入ってきたから、他校の修学旅行生の中に混じって、ぼっち感を消してた。最終日の1日自由行動の時は夕方までネカフェで過ごした。他の行事の時も居場所が無いからずっと便所にいた。卒業式の日は、打ち上げにも参加せず、まさに光の速さで帰宅した。もちろん卒アルの最後のページは真っ白。高校時代は基本的に便所に住んでた」


 俺が話し終わると、愛莉は戸惑いの表情を浮かべて笑っていた。


「え、待って。それって面白い話じゃなくて、泣ける話でしょ」

「え?」

「なんか私、悲しくなったんだけど」

「いや、俺としては笑い飛ばしてくれた方が嬉しいんだけど」

「全然笑えないよ!」


 そう言って、愛莉は笑った。


「優雅ってガチでそういう高校生だったの?」

「そうだよ。青春なんて無かったな。最初は野球部にいたんだけど色々あって退部して、帰宅部になってからは孤立してて、卒業まで孤立してた。だからネットの世界にしか居場所がなくて、友達はみんなネットの人だったよ」

「そうだったんだ」

「たぶん俺ってそういう星の下に生まれた奴なんだよ。そう考えると、引きこもりになったのもしょうがないかな。職場でも孤立してたし」

「見た目はその辺にいそうな感じなのにね」

「性格が暗すぎるんだよ。めっちゃ人が怖くて喋れない」

「でも私とは普通に喋れてるよ?」

「愛莉は、その──」


 ──俺が生み出したタルパだから、とは言えなかった。


「愛莉は、なに?」


 優しい口調で続きを促された。


「えっと、愛莉は雰囲気が話しやすいんだよ」

「そうなんだ。ありがとう。私も優雅とは話しやすいよ」


 愛莉が俺のことを好きでいてくれるのは、俺が愛莉をタルパとして生み出す際に、“そういう設定”にしたからだ。俺のことを好きでいてくれることが分かっているからこそ、俺は愛莉とは普通に喋ることができる。それに、愛莉の酷い家庭環境や重い過去を設定したのも俺だ。精神を病んだ人の方が俺に優しくしてくれると思ったのだ。

 ──俺は、なんて卑しい人間なのだろう。

 自己嫌悪に陥りつつ、しばらく無言で歩いていると、愛莉が言った。


「公園でいいよね? 座って話そうよ」

「あ、うん……」


 気が付くと、公園のすぐそばに辿り着いていた。俺たちは誰もいない小さな公園に入って、2人で木製の赤いベンチに腰掛けた。

 ちょうどその時、冷たい風が吹いた。


「ちょっと寒いね。そこに自販機あるから、あったかいやつ2本買ってきて。優雅と私の分」

「あ、俺、財布持ってこなかった」

「気が利かないなあ」と愛莉が笑う。

「あっ、ごめん……」

「いや、別に本気で言ってるわけじゃないよ? 冗談」

「そっか……」


 俺は考え事をしている。愛莉がタルパであることを正直に本人に伝えるべきか、伝えないべきか。

 俺が悩んでいると、愛莉が笑って言った。


「でも、よかった。優雅がやっと外に出られて」

「愛莉のおかげだよ。愛莉がいなかったら無理だった」

「でも私が出かけようって言ったら、優雅は速攻でそれに応じてくれたじゃん。私、断られる前提で誘ったのに」

「だって、あんな部屋に愛莉がずっといるのは可哀想だから」

「なんでその気持ちを自分にも向けてあげられないんだろう。私からしたら、優雅があの部屋にずっといる事だって可哀想だよ。ものすごく」

「自分と他人は、全然違う」

「同じだよ。人間は、自分も他人も両方大切にしなきゃいけない。よく言うじゃん。自分を愛せない奴は他人も愛せないって」

「うん」

「優雅は自分を愛さないで他人を愛してるから、すごくアンバランスになってる。ちゃんと自分のことも愛してあげなよ」

「難しいな。どうに自分のことを愛したらいいの?」

「簡単だよ。例えば、今日は外に出られた。いつもは出来ないことが出来たじゃん。だからそんな自分を褒めればいい」

「分かった。褒めることにする」

「それで良い。優雅は少しずつ前に進んでるよ」

「ありがとう」


 それから、しばらく無言の時間が続いた。

 徐々に太陽が昇ってきて、景色が明るくなってくる。

 また今日も1日が始まる。朝になれば人は起きて、支度をして、仕事や学校に向かう。俺がそれをしなくなってから何年も経つ。

 俺はポツンと呟いた。


「普通の人は、これから起きて、会社とか学校に行くんだね」

「うん」

「すごいよ。それって俺からすればめちゃくちゃ偉いことだと思う。俺には出来なかったことだから」

「でも優雅だって引きこもる前は普通に正社員で働いてたじゃん」

「働いてたけど、毎日死にたかったよ。職場では1番若いのに孤立して嫌われて。出勤前、車の中で手首切ったこともある。職場の便所で切ったこともある」

「そっかー……」

「俺が引きこもってるのは、甘えなんだ。努力すれば出来ることから逃げてるだけだ」

「私は甘えてるようには見えないけど。逆に、すごく苦しんでるように見えるよ」

「でも戦争が起きてるウクライナの人たちはもっと苦しんでるよ?」


 俺が真面目にそう言うと、愛莉は笑った。

 そのあと愛莉はこう言った。


「いや、ここ日本だよ? 日本に住んでるのにウクライナ人と自分を比較してどうすんの」

「……」

「ウクライナ人だって困惑するよ。いきなり知らない日本人に勝手に比較されたら。向こうからしたら、え、いきなり何ですか? って感じだよ」

「愛莉がさっきが言ってたことと同じだ。俺には俺の、愛莉には愛莉の苦しさがあるって」

「そうだよ。別にウクライナと比較する必要ない。だってここ日本だもん」

「俺最近、ニュース見るのが苦しい。嫌なニュースしかなくて、鬱が悪化する」

「じゃあ見るなよw」

「毎日引きこもってると暇だからニュース見ちゃうんだよ。戦争のニュースとか犯罪のニュースとか見てると、俺まで傷付く」

「優雅は感受性が豊かな人だから、ニュースなんかで傷付いちゃうんだよ。もっと癒される動画とか見れば? 動物の動画とかさ」

「芸人のコントの動画はよく見るよ。あと、●●●●●っていう配信者が好きでよく見てる。爬虫類の動画もよく見る」

「優雅ってどんな音楽が好きなの?」

「暗いロックバンド。暗くないのも好きだけど」

「ふーん」

「愛莉はどういう音楽聴くの?」

「洋楽ばっか聴いてるよ。邦楽あんまり聴かない」

「俺、歌詞で好きなバンド決める傾向あるから、洋楽だと歌詞が分かんなくて、あんま聴かないんだよな。あ、でもNIRVANAはめっちゃ好き。和訳された歌詞読んでみたら、かなり俺好みだった」

「NIRVANA好きなんだ。優雅らしいね」

「愛莉がこの世で1番好きな曲って何?」

「え、なんだろ。●●●●の●●かな」

「聴いたことないや。今度聴いてみるね」


 それからしばらく沈黙が流れた。

 俺は何となく、口を開いた。


「俺、最近少し悩んでることがあってさ」

「なに?」

「ネット掲示板とかニュースとか頻繁に見てたせいで、政治に詳しくなっちゃったんだよ。ちょっと前までは右翼と左翼の違いも知らなかったのに」

「たしかに、政治的なことばかり言う優雅はちょっと嫌かも」

「そうだろ。ネットでも最近、政治的な文章ばっか投稿してしまう。俺は本当は楽しいことだけ書きたいのに」

「いつから、政治に興味持っちゃったの?」

「ロシアが戦争起こしてから」

「じゃあ全部プーチンのせいだね」

「そうだよ。俺が悪い方に変わったのは全部プーチンのせいだ。戦争のニュース見るたびに心が痛い。本当は政治のことなんかより、楽しいことだけ考えて生きたいよ」

「これからはそうしなよ。楽しいことだけ考えるの。前向きなことだけ考える。死にたいって言いそうになったら、逆に生きたいって言うんだよ。そしたらほんとに生きたくなるから。言霊って本当だと思う」

「これからはそうするよ」


 そこで俺は話題を変えた。


「ねえ愛莉、俺って頭おかしいと思う?」

「どうしたの? いきなり」

「たまに怖くなるんだ。俺って本当に頭がおかしいんじゃないかって」

「物静かな人だとは思うけど、別に頭がおかしいとは思わない。だって、優雅が喋ってることはいつも普通のことだよ」

「よかった。実は俺、Kっていう無差別殺人の死刑囚の思想にかなり共感したことがある。だから、もしかしたら俺もいつか人を殺すかもしれない。だから、その前に自殺しないといけないんだ。完全に気が狂っちまう前に死にたいんだ。他人を傷付けたくないから」

「優雅は、殺人を肯定してるの?」

「してない。人が人の命を奪う権利なんてない」

「じゃあ平気だよ。優雅は人を殺さない」


 やがて愛莉が体勢を俺に向けて、俺の目を直視しながら笑顔で言った。


「あ、そういえば私、優雅が笑ってるところ見たことない!」

「俺、全く笑わないんだ」

「笑わない人間なんているわけないじゃん」

「ここにいるよ。俺は愛想笑いとかも出来ない」

「優雅を笑わせてみたいな。どうすれば笑うの?」

「分からない」


 その後、しばらくの静寂が流れた後、


「うんこ!!!!!」


 と愛莉が俺を直視しながら突然でかい声で言った。

 しかし俺の表情筋は全く動かなかった。


「うんこは効かないか……」

「俺も23歳の大人だから。さすがにうんこで笑う年齢じゃない」

「そっか」


 そして愛莉はしばらく考え込んだ後、諦めたように言った。


「ごめん。いきなり最終手段使うよ」

「え、なに」


 愛莉は俺の体をくすぐってきた。

 しばらくの間、くすぐられたが、俺の表情筋は全く動かない。

 やがて愛莉は諦めた。


「え、嘘でしょ。くすぐっても笑わないとか……」

「なんかごめん。俺も我慢してるわけじゃないんだけど、笑えなかった」

「くすぐって無理なら、もう何しても無理じゃん」

「無理だと思う」

「ち●こ!!!」

「……」

「ち●こも効かないか……」

「効かないなぁ」

「何で笑ってくれないの?」

「俺も分からない。俺、人前だと笑えないんだ。笑う才能が無いのかもしれない」

「優雅って、謎の多い生物だね……」

「そうだね」

「私、優雅をどうしても笑わせてみたい」

「うん」


 そこで俺は、ふと冷静になった。俺からすれば愛莉は普通の人間の姿に見えるが、タルパである愛莉は霊体なのだ。愛莉の姿や声を認識できるのは俺だけ。他の人からは俺だけがそこに存在しているように見えている。

 つまり、愛莉と喋っている俺は、周りからすれば“独り言をぶつぶつ言ってるだけのやばい人”ということなのだ。

 人に見られてもどうでもいいが、俺は一応、周囲に人がいないか見渡してみた。

 すると、女子高生2人が少し遠くから俺を見て、笑っていた。


「あの人やば〜! ずっと1人で喋ってるじゃん! あははは!」

「あんま刺激しない方がいいって……。何されるか分かんないよ」


 その声を聞いた俺はすぐに顔が熱くなって、公園の公衆便所に走って逃げ込んだ。


 ──気がつくと、愛莉の姿はどこにもなかった。


 おそらく、俺の羞恥心や雑念が愛莉の存在を消してしまったのだろう。


 ◆


 公衆便所に入って、愛理を失ったことに絶望しながら突っ立っていると、やがて愛莉が男子便所の中に入ってきた。

 そして、愛莉は俺の目を見て、笑顔でこう言った。


「私、最初から知ってたよ。私が優雅に作られたタルパだってこと」

「えっ? 知ってたの?」

「全部知ってた。だって私は優雅の心の中から生まれたんだもん」

「そっか。愛莉は最初から知ってたんだ」

「私は優雅の願望が具現化された存在なんだよね?」

「うん」

「へえ、じゃあ私みたいなメンヘラが好きなんだ。変なの」

「変?」

「変だよ。だってメンヘラって1番めんどくさい人種だもん」

「俺もメンヘラだから、今まで基本メンヘラとしか仲良くなったことないんだ」

「類は友を呼ぶってやつだね」

「そう」

「──私、優雅のことは全部知ってる。優雅、今までずっと寂しかったんだね。子供の頃から今日までずっと。だから私のこと作ったんだね」

「うん……子供の頃からずっと寂しかった。もっと愛されてみたかった」


 気が付くと、俺の目頭は熱くなっていて、涙が出てきた。


 1人は寂しい。1人はもう嫌だ。


 寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。


 一度涙が出てくると、ダムの堰が切れたかのように涙が溢れて、嗚咽が止まらなくなった。涙のせいで愛莉の姿が滲んで見える。

 そんな俺を見て、愛莉は優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ。私がずっとそばにいてあげるから。優雅はもう独りじゃないよ」

「本当に?」

「うん。約束する。優雅が死ぬまで、ずっとそばにいる。大好きだよ」

「ありがとう愛莉。俺も大好き」

「優雅、絶対死んじゃだめだよ。絶対私は優雅を見捨てたりしないから」

「わかった。もう少しだけ生きてみる」


 俺はそう言って、泣きながら、笑った。


「あ、優雅が初めて笑ってくれた!!」


 そう言って、愛莉は嬉しそうに笑った。


 



 〜2年後〜





 25歳になった俺のアパートには、恋人の奈々が来ていた。奈々とは去年バイト先のパチンコ屋で知り合って、意気投合して、そのまま付き合い始めた。俺がちゃんと付き合った初めての彼女だった。

 色々あって別れたのだが、結局また復縁して、付き合い始めた。

 奈々の手首はリスカの傷跡でボロボロになっている。俺の腕はタバコの根性焼きの傷跡でボロボロになっている。精神的に弱い2人が付き合うのは良いことなのだろうか。


 奈々は、


「マイナス×マイナスがプラスになるんだから、私たちだってそうなれるよ」


 なんて言っていた。


「そうなれるように一緒に頑張ろうぜ」


 と俺は言った。

 今でも俺はメンヘラのままだが、少しずつ確実に前進はしている。外に出ることが怖くなくなった。人混みだって怖くない。もう俺は引きこもりじゃない。


 しかし先日俺は、衝動に任せて自殺未遂をした。奈々という大切な存在がありながら、アパートの2階から飛び降りてしまったのだ。


 あの時、俺は世界で1番孤独な気がした。


 ──自殺に失敗した後、真っ暗な部屋で俺が独りぼっちで泣いていると、俺のそばに愛莉がゆっくり座った。


「ねえ優雅、どうして飛び降りなんてしちゃったの?」

「死にたかったんだ」

「どうして?」

「俺の部屋を近所中から盗聴されてて、思考も盗聴されてて、通報されたと本気で思っちゃって、警察が俺を捕まえに来ると本気で思っちゃって、だから、パトカーが俺のアパートに来る前に死ぬべきだと思って、2階から飛び降りた。ニュースで全国に顔と名前を知られたら、色んな人に迷惑かける。だから俺は自殺しなきゃいけないって思ってしまった」

「そっか……。それは全部、優雅の被害妄想なんだよ。優雅は何も犯罪なんてしてないよ。通報される理由なんて1つもないよ。精神薬はちゃんと飲んでたの?」

「エビリファイ飲んでたよ。俺の場合、こういう症状は全部アルコールの離脱症状のせいなんだ」

「じゃあ、もうお酒やめなよ。このままずっとお酒飲んでたら、優雅は近い将来、お酒に殺されちゃう。絶対」

「俺、ちゃんとアルコール依存症と向き合うよ。病院にも行く。断酒会にも行く。まだ死にたくないから」

「うん。今までだって、そうやって少しずつ前に進んできたんだから、きっと良くなるよ」

「愛莉のおかげだ。ありがとう」

「私は優雅の心の中から生まれたんだから、全部優雅の努力だよ」


 愛莉がそう言った直後、テーブルの上に置いてあった赤いスマホが着信音を発した。

 画面を見ると、奈々から電話が掛かってきている。しかし、俺はその着信を無視した。


「奈々ちゃんからの電話、出なくていいの?」

「今は愛莉以外の誰とも話したくない。奈々とも」

「そっか」


 そのうち、奈々は諦めたのか、スマホからの着信音は鳴り止んだ。

 

「ねえ優雅」

「何?」

「優雅は今、奈々ちゃんと付き合ってる。なのに、私とも付き合ってる。これって浮気になるんじゃない?」

「浮気になるのかな」

「なると思うよ。それにもう、優雅は私がいなくてもやっていけると思う。生きていけると思う」


 俺は愛莉の発言を聞いて、気が動転してしまう。


「え、愛莉消えちゃうの?」

「消えたりはしない。ただ、優雅の心の中に帰るだけ。元に戻るだけ。だからこれからもずっと一緒」

「でも愛莉とは2度と話せないんだよね?」

「うん。でも、優雅の心の中で私はずっと生き続ける」

「……」

「そんな寂しそうな顔しないで。涙目にならないで。最後は笑顔で終わりたいよ」


 愛莉は、少し目に涙を浮かべて、笑っている。無理して笑っているように見える。


「愛莉だって寂しそうな顔してるよ」

「私、本当はずっと優雅と一緒にいたい。でも、それは多分、優雅の為にはならない。だから、優雅の心の中に帰るよ」

「……わかった」


 俺は寂しさを堪えて、愛莉の意志を尊重することにした。

 そして俺はこう言った。


「別れる前に、最後に1つだけお願いがある」

「なに?」

「愛莉のことを抱きしめたい」

「わかった」


 俺と愛莉はゆっくり立ち上がって、互いを抱きしめあった。

 その瞬間、俺は衝撃を受けた。

 愛莉はタルパで霊体だから、感触や体温なんて無いはずなのに、愛莉の体がとても暖かかったからだ。そして、たしかな感触が俺の体を走る神経を刺激した。愛莉はタルパなんかじゃない。確かにここに存在している1人の“人間”だった。

 俺は愛莉を抱きしめながら、笑ってこう言った。


「こんなに暖かい人だったんだな。愛莉は」

「優雅だって、ものすごく暖かい人だよ」


 愛莉も笑ってそう言った。

 その直後、とても不思議な現象が起こった。

 愛莉の体が白い光に包まれたのだ。

 もうすぐ終わりなのだと俺は察した。

 その光は、真っ暗な闇に染まった暗い部屋を、明るい希望で照らしてくれた。

 そして、だんだん愛莉の感触と体温を俺は失っていった。

 その感覚がゼロになる直前、俺は笑ってこう言った。


「ありがとう」


 その直後、白い光の消失と共に、愛莉の感触と体温は消えて、その姿も見えなくなった。

 そして、俺の心臓の辺りが、ものすごく暖かくなった。愛莉は俺の心の中へと帰っていったのだろう。

 愛莉を失った俺は今、不思議と全く寂しさを感じなかった。

 むしろ、今までぽっかりと空いていた心の穴が埋まったような、パズルの最後のピースが埋まったような、そんな充足感すら感じていた。

 そして、僅かな感傷があった。


「愛莉はまだ生きてる」


 俺はそう独り言を呟いて、真っ暗だった部屋の電気を点けた。

 電気に照らされた俺のワンルームの部屋は、酒の空き缶や空き瓶、スーパーやコンビニの弁当のゴミで散乱していて、酷い有様だった。


「ゴミ屋敷じゃねえか。片付けないと」


 俺は、愛莉を失った感傷を少しずつ片付けるように、部屋の掃除を開始した。

 そしてきっと俺は明日も明後日も、1年後も10年後も20年後も生きている。

 保証はできないけれど、俺は今、そんな気がしている。

 人生は決して平坦な道のりではないし、いつかまた死にたいと思ってしまうだろう。だが、その度に俺は愛莉のことを思い出して、生きたいと思い直すのだろう。







 〜完〜







【あとがき】


個人的には明るい小説より、こういう暗い小説の方が書いてて楽しい。そもそも明るい小説をあまり書いたことが無いけど。


最近、GRAPEVINEの豚の皿っていう曲にハマってます。コメント欄で勧めてくれた人ありがとう。




【2025年3月17日・あとがき】


この小説は数年前の物です。今もグレープバインの豚の皿を勧めてくれた人に感謝してる。今、当時を振り返って聴いている。

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愛莉との訣別【リメイクなし】 Unknown @ots16g

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