最終章 ふたりは永遠に

 「ようこそ、おいでくださいました」

 メイド服を着込み、スポットライトを浴びて立つ夕顔ゆうがおの声が響く。

 市庁舎のなかに設けられたパーティー用のホール。普段は外部から訪れる要人をもてなすために使われるそのホールにていま、ある意味ではそれ以上に重大な客人たちを招いてのパーティーが開かれていた。

 「今日、お集まりいただいたのは、清掃業や配達業、工場での労働など、わたしたちの暮らしを支えるための重要なお仕事についておられる方々ばかりです。わたしたちが何不自由ない暮らしを送れるのは、あなた方が身を粉にして働いてくださるおかげ。そのことに対する感謝を込めて、ささやかな宴を開かせていただきました。どうぞ、楽しんでいってください」

 夕顔ゆうがおのその言葉と共に――。

 パーティーははじまった。

 夕顔ゆうがおを筆頭に、『目覚めの刻』に所属するアイドルたちがメイド姿に扮して会場内を巡り、招いた人々をもてなしている。

 日頃、家庭では食べられないような特別な料理が出され、とっておきの飲み物が饗される。オーケストラが奏でられ、ショーが展開され、子ども向けのゲームが行われる。

 華やかな舞台で進む華やかな時間。

 夕顔ゆうがおが言ったように、いま、この場に集まっているのは皆、清掃業や配達業、工場での労働など社会を支えるために必須であり、だからこそ安月給に甘んじなければいけない人々。その人々の労をねぎらい、感謝の意を表するための謝恩祭。

 その会場のなかでメイド服を着込んだ夕顔ゆうがおは市長として、またアイドルとして、出席者一人ひとりと顔を合わせ、完璧なカーテシーを披露し、感謝の意を伝えていく。

 今日は家族連れを対象とした謝恩祭ということで、さすがの夕顔ゆうがおも露出度は控えめ。

 「そんなに厚着して、風邪でもひいたの⁉」

 夕顔ゆうがおのことを知る人物なら例外なくそう叫びそうなぐらい、肌を見せることのない『本来の』メイド服を着ている。

 それでも、全身から隠しきれない魅力があふれ出し、

 「……かわいすぎる」

 「マジ女神」

 といった声が出るのが夕顔ゆうがおという存在。人として生まれたサッキュバス。

 その姿を奥からのぞいている朝陽あさひが、

 「……家庭不和の原因にならなきゃいいけど」

 と、心配するのも無理はない。

 しかし、実のところ、それすらも杞憂に過ぎない。なぜなら、夕顔ゆうがおのあふれる魅力は男性陣だけではなく女性陣まで魅了してしまうから。いや、むしろ、女性陣こそが熱い想いのこもった憧れの視線を送っている。

 四〇代とおぼしき妻がすっかり夕顔ゆうがおに夢中になってしまい、同年代らしい夫が怒っている……というのは、悪いけど笑ってしまった。これはこれでやはり、家庭不和の原因になるかも知れない。

 そんなありさまを眺めていると、

 「朝陽あさひ! 八番テーブル!」

 「はい!」

 蘭花らんふぁの怒ったような声が響き、朝陽あさひは跳びあがって返事をした。

 蘭花らんふぁの声はほとんど『その筋』の人間のようなドスの利いたものだったが、別に怒っているわけではない。

 ただ、料理長として大切な謝恩祭を滞りなく進めなくてはならないとあって、神経が張り詰め、ピリピリしているのだ。

 そして、朝陽あさひ自身、伝統的なメイド服を着て料理や飲み物を運び、回収した皿を洗い……と、休む間もなく働いている。

 てんやわんやで駆けずりまわるあまり、ついつい動作が雑になったり、表情から笑顔が消えたり……。

 すると、たちまち、先輩メイドたちから叱責が飛ぶ。

 「どんなに忙しくても優美さを忘れちゃだめでしょ!」

 「皆さんに感謝の意を表わすための謝恩祭なのよ! そんな顔してちゃダメ。常に笑顔を浮かべていなさい」

 修羅のごときいそがしさのなかで、すでに何度となく謝恩祭でのメイドを経験している先輩たちの声も刺々しくなりがち。それでも、その言葉自体は正しいものだし、朝陽あさひにもそのことはよくわかる。なので、

 「はいっ!」

 と、精一杯の返事をして笑顔いっぱいの優美なメイドを演じようとする。でも――。

 ――いや、無理でしょ、これ!

 そう思う。

 このいそがしさ、この慌ただしさのなかで、いったいどうやって優美な仕種と満面の笑顔を保ちつづけろと言うのか。そんなこと、人間業とは思えない。

 ――パーティーのメイド役がこんなに大変だなんて思わなかった! でも、たしかに、この人たちがいないとあたしたちの生活は成り立たないわけだもんね。精一杯、感謝は伝えなきゃ。

 そう思い、必死に笑顔を作る。

 あまりに必死になったせいで、かなり引きつった笑みになってしまったがそれでも、朝陽あさひとしては精一杯の感謝の意を込めた笑顔なのだった。

 ――その点、夕顔ゆうがおはやっぱりすごいわ。

 市長として、トップアイドルとして、常に会場にあって人々に会い、感謝の意を伝えている夕顔ゆうがおである。いそがしさは朝陽あさひの比ではない。

 それなのに、優美な仕種とかわいすぎる笑顔を忘れず完璧なもてなしぶり。その姿はもう人間とは思えない。この役割のために生まれた妖精のよう。

 ――やっぱり、夕顔ゆうがおってすごい。あたしなんかが夕顔ゆうがおの恋人で、ほんとにいいのかなあ。

 そう思う。

 思った瞬間、全力で首を横に振った。

 ――なに言ってるの! 夕顔ゆうがおはたしかに、あたしを愛してくれてる。あたしが目覚める前に死んでしまった夕陽ゆうひの分まで、愛してくれてるのよ。だったら、あたしもきちんと愛し返さなきゃ。夕顔ゆうがおがすごいならあたしもそれにふさわしい人間になればいい。これから成長すればいいのよ。

 自分で自分にそう発破をかける。そして、

 ――このパーティーはそのための良い機会。夕顔ゆうがおの十分の一、百分の一でもいいから皆さんをおもてなしして、役割を果たすのよ!

 その思いで全力で会場中を駆けまわり、集まった人々に奉仕する。

 嵐のような時間が去り、夢の時間も終わりに近づいた。料理も飲み物も尽きかけたその頃、夕顔ゆうがおが最後のステージに立った。

 「皆さま。本日はお付き合いくださりまことにありがとうございました。改めて、これまでの皆さまの献身に感謝の意を表します。皆さまの人生にさち、多からんことを」

 その夕顔ゆうがおの言葉と共に夕顔ゆうがお自身、そして、その後ろに並んだメイド服姿のアイドルたち、朝陽あさひを加えた一般メイドがそろって頭をさげる。招待客たちの万雷の拍手に包まれて――。

 謝恩祭は幕をおろした。


 ときはすでに夜。

 月が輝き、星々が瞬く夜空の下を、朝陽あさひ夕顔ゆうがおは並んで家路についていた。

 「あ~、なんとか終わったあっ!」

 やりきった! とばかりに、夕顔ゆうがおは腕を高々と掲げ、思いきり伸びをした。その表情には、自ら背負った重責をやり遂げた人間だけがもつことのできる充実感と解放感とが満ちていた。

 「なんとか成功したあ。あ~、良かったあ」

 そう言って安堵の息をついたのは、さすがの夕顔ゆうがおも緊張していたからだろう。そんな夕顔ゆうがおに向かい、朝陽あさひは心からの思いを込めて言った。

 「うん。夕顔ゆうがお、すごかったよ。あんなに大勢の人たちを相手にして、あんなにいそがしかったのに、ずっと笑顔で、ずっときれいなままで。それこそ、人間とは思えないぐらい。妖精かなにかだとしか思えなかった」

 「ま、それが、わたしの仕事だから」

 夕顔ゆうがおは澄まし返ってそう言ったが内心、喜びまくっているのは明らかだった。

 「仕事だからって、あそこまでできる人なんていないわよ。お客さんたちもみんな、大喜びだったし、大成功だったよね」

 「うん。まあ、喜んでもらえたのはいいんだけど……」

 「だけど?」

 「なにか引っかかるものもあるのよね。一年にほんの一、二度、謝恩祭を開いて、労をねぎらった気になって。それで、都合よく働かせているんじゃないかって、そんな気がするのよね。わたしたちの暮らしを支えてくれている人たちの社会的地位をあげて、充分な敬意と報酬を得られるようにする。そのために市長としてなにを為すべきか。これからも、真剣に考えていかないと」

 柄にもなく……と、言いたくなるぐらい真面目にそう語る夕顔ゆうがおに向かい、朝陽あさひは言った。

 「夕顔ゆうがお、やっぱりすごい。いつもそんなふうに市民のことを考えているなんて。すてき! 最高! 優しい! 市長の鑑!」

 「ありがとう、朝陽あさひ~。もっと言って」

 「心がきれい! 頑張り屋! いつでも一所懸命! 他人のために尽くせる! 日本一の市長さま!」

 「ありがとお~、朝陽あさひがそう言ってくれるからまたお仕事がんばれるう~」

 そう言って、甘えたがりのネコのように朝陽あさひにしなだれかかる。

 「ね、良い子良い子して」

 「家に帰ったらいくらでもやるから。それまで我慢して」

 「は~い」

 と、ふたりは抱きあい、ピッタリよりそったまま歩いていく。

 ふたりは今日も――。

 通常運転なのだった。

                   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一〇〇年後に目覚めたら百合イチャな日々がまっていた 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画