最終章 ふたりは永遠に
「ようこそ、おいでくださいました」
メイド服を着込み、スポットライトを浴びて立つ
市庁舎のなかに設けられたパーティー用のホール。普段は外部から訪れる要人をもてなすために使われるそのホールにていま、ある意味ではそれ以上に重大な客人たちを招いてのパーティーが開かれていた。
「今日、お集まりいただいたのは、清掃業や配達業、工場での労働など、わたしたちの暮らしを支えるための重要なお仕事についておられる方々ばかりです。わたしたちが何不自由ない暮らしを送れるのは、あなた方が身を粉にして働いてくださるおかげ。そのことに対する感謝を込めて、ささやかな宴を開かせていただきました。どうぞ、楽しんでいってください」
パーティーははじまった。
日頃、家庭では食べられないような特別な料理が出され、とっておきの飲み物が饗される。オーケストラが奏でられ、ショーが展開され、子ども向けのゲームが行われる。
華やかな舞台で進む華やかな時間。
その会場のなかでメイド服を着込んだ
今日は家族連れを対象とした謝恩祭ということで、さすがの
「そんなに厚着して、風邪でもひいたの⁉」
それでも、全身から隠しきれない魅力があふれ出し、
「……かわいすぎる」
「マジ女神」
といった声が出るのが
その姿を奥からのぞいている
「……家庭不和の原因にならなきゃいいけど」
と、心配するのも無理はない。
しかし、実のところ、それすらも杞憂に過ぎない。なぜなら、
四〇代とおぼしき妻がすっかり
そんなありさまを眺めていると、
「
「はい!」
ただ、料理長として大切な謝恩祭を滞りなく進めなくてはならないとあって、神経が張り詰め、ピリピリしているのだ。
そして、
てんやわんやで駆けずりまわるあまり、ついつい動作が雑になったり、表情から笑顔が消えたり……。
すると、たちまち、先輩メイドたちから叱責が飛ぶ。
「どんなに忙しくても優美さを忘れちゃだめでしょ!」
「皆さんに感謝の意を表わすための謝恩祭なのよ! そんな顔してちゃダメ。常に笑顔を浮かべていなさい」
修羅のごときいそがしさのなかで、すでに何度となく謝恩祭でのメイドを経験している先輩たちの声も刺々しくなりがち。それでも、その言葉自体は正しいものだし、
「はいっ!」
と、精一杯の返事をして笑顔いっぱいの優美なメイドを演じようとする。でも――。
――いや、無理でしょ、これ!
そう思う。
このいそがしさ、この慌ただしさのなかで、いったいどうやって優美な仕種と満面の笑顔を保ちつづけろと言うのか。そんなこと、人間業とは思えない。
――パーティーのメイド役がこんなに大変だなんて思わなかった! でも、たしかに、この人たちがいないとあたしたちの生活は成り立たないわけだもんね。精一杯、感謝は伝えなきゃ。
そう思い、必死に笑顔を作る。
あまりに必死になったせいで、かなり引きつった笑みになってしまったがそれでも、
――その点、
市長として、トップアイドルとして、常に会場にあって人々に会い、感謝の意を伝えている
それなのに、優美な仕種とかわいすぎる笑顔を忘れず完璧なもてなしぶり。その姿はもう人間とは思えない。この役割のために生まれた妖精のよう。
――やっぱり、
そう思う。
思った瞬間、全力で首を横に振った。
――なに言ってるの!
自分で自分にそう発破をかける。そして、
――このパーティーはそのための良い機会。
その思いで全力で会場中を駆けまわり、集まった人々に奉仕する。
嵐のような時間が去り、夢の時間も終わりに近づいた。料理も飲み物も尽きかけたその頃、
「皆さま。本日はお付き合いくださりまことにありがとうございました。改めて、これまでの皆さまの献身に感謝の意を表します。皆さまの人生に
その
謝恩祭は幕をおろした。
ときはすでに夜。
月が輝き、星々が瞬く夜空の下を、
「あ~、なんとか終わったあっ!」
やりきった! とばかりに、
「なんとか成功したあ。あ~、良かったあ」
そう言って安堵の息をついたのは、さすがの
「うん。
「ま、それが、わたしの仕事だから」
「仕事だからって、あそこまでできる人なんていないわよ。お客さんたちもみんな、大喜びだったし、大成功だったよね」
「うん。まあ、喜んでもらえたのはいいんだけど……」
「だけど?」
「なにか引っかかるものもあるのよね。一年にほんの一、二度、謝恩祭を開いて、労をねぎらった気になって。それで、都合よく働かせているんじゃないかって、そんな気がするのよね。わたしたちの暮らしを支えてくれている人たちの社会的地位をあげて、充分な敬意と報酬を得られるようにする。そのために市長としてなにを為すべきか。これからも、真剣に考えていかないと」
柄にもなく……と、言いたくなるぐらい真面目にそう語る
「
「ありがとう、
「心がきれい! 頑張り屋! いつでも一所懸命! 他人のために尽くせる! 日本一の市長さま!」
「ありがとお~、
そう言って、甘えたがりのネコのように
「ね、良い子良い子して」
「家に帰ったらいくらでもやるから。それまで我慢して」
「は~い」
と、ふたりは抱きあい、ピッタリよりそったまま歩いていく。
ふたりは今日も――。
通常運転なのだった。
完
一〇〇年後に目覚めたら百合イチャな日々がまっていた 藍条森也 @1316826612
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