第26話 終わりがよければ



 ごうっ。

 一陣の力強い風が吹く。その風はまるでロウソクの火を消すかのように、いとも容易く燃え盛る炎を吹き飛ばした。

 

「……あちらも終わったか」


 メヴィスを背負い立ち上がる。

 まだ熱を持っている土を踏みながら、俺はセラフィがいた場所に向かった。


「――ぁ、お兄様!」


 アメリアは俺の姿を確認すると、パァっと顔を輝かせた。けれど、その顔も俺の背中で眠っている男を見て陰る。


「お兄様……その方は」


「死んでいない。安心しろ」


「そういうことではなく、危険ではないのですか?」


「問題ない。彼は……そうだな。操られていただけだ」


 ここはとりあえずそう言っておく。

 確かにメヴィスは極端な行動には出たが、これが操られていたからかどうかは定かではない。


「――それは本当なのか?」


 そう問いかけてくるのは、ロイド。

 髪やら服やら焼けているものの、目立った怪我はない。彼も俺と同じく人を背負っていた。


「……恐らくな。ロイド、セラフィは」


「無事だ。安心しな」


 にっと笑ってみせるロイドは、気を失っているセラフィを見せてくる。


「セラフィさんは自分の中に入った精霊を制御できるようになったみたいです」


 そう補足を入れてくれたのは、全身から黒煙を立ち上らせてながら仰向けになっているサーシャ。


「……大丈夫か?」


「な、なんとか……」


 掠れた声が無事を伝えてくる。

 見たところ全然無事ではなさそうだが、本人が大丈夫と言っているのだからそうなのだろう。


「……念の為にもう一度聞く。目が覚ました時、セラフィ・ヴェントが暴走することはないのだろうな? 万が一にでもそのようなことになれば、今度こそ全滅は免れないぞ」


「ああ。セラフィはもう大丈夫だ。オレが保証する」


 ロイドは真っ直ぐな目で俺を見る。

 その目からは確かな自信が見て取れた。


「……そうか。お前が言うならそうなのだろう」


「やけにあっさり信じるな」


「お前は嘘をつかない。そう信じれるだけの時間は過ごしてきたからな」


 そもそも、最初から疑っていない。原作通りにことが進んだのであれば問題ないのだから。

 たが、ここであっさり納得するのもアルベルトらしくないかと思って一度突っ込んだのだ。


 だけどこの感じ、相棒感が出ていてちょっと楽しいな……。


「あ、あの! お兄様!」


 湧き上がる感情が顔に出ないようにしていると、アメリアが俺とロイドの間に割って入ってきた。


「お怪我はないでしょうか!? 私、回復魔法をほんのちょっとは使えるので、癒せますよ!」


「あ、ああ。大丈夫だ。怪我は無い」


「そ、そう、ですか……」


 何故か残念そうに顔を俯かせるアメリア。

 そんな反応を見てしまうと、まさか怪我をして欲しいと思われてたのではと邪推してしまう。


「……アルベルト、あんたの妹に随分と助けられた。ありがとな」


 見かねたロイドがフォローを入れてきてくれた。


「そうだな。今回は助かった、アメリア。お前のおかげで無事にここまで来ることが出来た」


「は、はい! お役に立てたようで、何よりです!」


 アメリアはほんの少しだけ複雑そうな顔をしたものの、素直に言葉を受け取る。


 怪我をすればいいと思われた訳では無いことにほっとしつつ、一つ深く息を吐き出した。


「……とりあえずは学園に戻り、先生の指示を仰ぐぞ」


「そうだよな。……そうするしか、ないよな」


「ここまでの規模で被害が出たのだ。何も起きませんでしたと誤魔化すわけにはいかない。……無論、処罰は軽くなるように交渉するが」


「……頼む」


 原作では大きな処罰が下されることはなかった。

 セラフィの大きな力に目をつけたリリスが、その力を有効に利用しようと手を回したそうだ。おそらくは、今回もそのような感じになるだろう。


 問題はメヴィス。

 彼は何か巨大な力を秘めている訳では無いので、リリスが庇う理由がない。その代わりを俺が務めようと思っているが、それがどれだけ効果があるか。


「当然だが、交渉の場合は貴様らにも手伝ってもらうぞ」


「当たり前だ!」


「が、頑張ります! お兄様!」


 ぐっと拳を握って意気込む二人。

 そんな二人に取り残されたサーシャは、何やら難しい顔をしていた。


「……サーシャ、どうかしたか?」


「…………そ、その。気にし過ぎかもしれませんが」


 そう前置きをして、サーシャはぐるりと周囲を見渡す。

 燃えた跡が広がる自然の光景を。


「静かすぎ、ではないですか?」


「……? そりゃそうだろ。あれだけ燃え盛っていたんだから、魔物も動物もどっかに逃げたんじゃねぇのか?」


 サーシャの言葉の意図がわからず、しきりに首を傾げるロイド。


 静かすぎなのが、おかしい……?

 その言い方ではまるで、普段は騒がしい……いや、こういった状況では騒がしくなるものだって――あ。


「た、確かにおかしいです。これだけ大規模な異変、先生か騎士団が既に来ていてもおかしくないのに」


 森の中の大火事。

 火の海と化していたあの時ならばともかく、元に戻ったいまならば調査に何人か来ていてもおかしくない。いや、むしろ正常だと言えるか。


「……まだ来ていないだけ、じゃないのか?」


「それならば良いが。もしも、こちらに来れない理由があるとすれば――」


 その時だった。

 さっきまで吹き荒れていた風の音にも負けない轟音が辺りに響き渡る。


「きゃあっ!」


 アメリアは悲鳴をあげ、耳を塞ぐ。

 残った三人は同じ向き――爆発音がした方向を見る。


「……今のは」


「爆発音だな。何が起こってんだ。つーか、この方向は――」


「が、学園がある方向、ですね」


 ……何が起きてんだ。


 俺は学園の空に上がる黒煙を眺めながら、嫌な予感が背筋を這うのを感じ取った。

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悪役令息に転生した俺は『原作知識』を駆使して破滅エンドを回避する 〜 前世の記憶が戻った途端に原作には無い展開が始まったんだけど、ちょっと待って!?〜 彼方こなた @YoNekko0718

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