代償
異端者
『代償』本文
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
何か来る! 何か!
別に何があるという訳でもない。
ただ、私――
金縛りというのだろうか、指一本動かすことができない。
その中で、何かが近づいてくる。
何か――非常に「良くないもの」が。
足音もない。それどころか、物音一つしない。
それなのに、分かるのだ。良くないものが近付いてくるということだけは。
しかし、私はそれを見ることは決してない。必ず、その前に目が覚めた。
目が覚めて初めて、夢だと気付くのだ。
今夜もそうで、時計を見るとまだ午前3時だった。
夢だと一安心して、すぐ後に不安に駆られる。
今回で9回目、次は無事済ませることができるだろうか?
もし次、10回目でそれと出会ってしまったら?
あれは、夢……そう、単なる夢にすぎない。
それなのに、その不安は現実をじわじわと侵食していた。
何か、非常に恐ろしいものが、自分を狙っている。そんな気がして仕方がなかった。
朝になって登校したら、オカルト好きの友人に相談してみようか。ふとそう思った。
したところで、解決策が得られるとは思えないが。
「それは、良くないものに
友人の
時間は昼休み、昼食を食べながら話しているところだった。
「良くないものって?」
私にはよく分からなかった。
「あのさ……最近、神社とか心霊スポットとか行かなかった?」
「全然……そもそも、心霊スポットはともかく、神社って?」
「神社には神様を祀っている所と良くないものを鎮めている所があるの。後の方は、元が良くないものだから……」
「えっ? そうなの?」
私は意外だと思った。
「そうなの。だから神様だからなんでも拝めばいいって訳じゃないの」
彼女は真面目な顔をしていった。そして――
「じゃあ、近頃で幽霊を見たことは?」
「全く心当たりがないわ」
「それじゃ……手掛かりがないわね」
彼女は少し呆れた様子で言った。
「そもそも、あれって心霊現象なのかな?」
「何もなくて、9回も同じ夢を見ることはないと思うけど……」
「それは確かにそうだけど……」
こんな感じで、彼女との会話は煮え切らないまま終わった。
それでも最後に彼女は、お守りを渡してくれた。何か特別な力がある訳でもない、近所の神社のお守りだと言っていたが。
私は
あの夢をまた見るかと思うと、それだけで憂鬱な気分だった。
毎夜見る訳ではないから、今夜見るとは限らないが。
「お帰り。今日は早かったわね」
お母さんがそう声をかける。
「ただいま」
そっけなくそう言うと、部屋にこもった。
お父さんは半年前に事故で亡くなったが、お母さんは気にしている様子はなかった。
何か運転していた車が崖下に落ちて、即死だったそうだ。助手席に乗っていた同僚の女性もそうだったらしい。
浮気――そう通夜でささやく声を聞いた。
今は、お父さんの遺した貯蓄と保険金で暮らしている。
お母さんはもう少しショックを受けるかと思ったけど、意外にも晴れ晴れとした顔をしていた。むしろ私の方が気にしていたぐらいだ。
今だって、そんなに気にしている様子もない。
そういえば、お父さんを亡くしてしばらく後からの気がする――あの夢を見るようになったのは。
……やっぱり、精神的ショックがあったのだろうか。あの時は浮気していたと聞いて、嫌悪感の方が強かったけど。
それとも、亡くなったお父さんが私を連れに……いやいや、そんなことあり得ない! もう半年も前なのに、今更連れに来るなんて!
私は枕元に渡されたお守りを置いた。
私は
深夜、京香の母はにやりと笑った。
あの男を地獄に突き落としてやった――その達成感を思い出して。
あの男は、昔からろくでもない男だった。子どもができたら変わるかと思っていたが、性懲りもなく浮気を繰り返していた。
それを追求すると、逆ギレして怒り出した。そして、離婚してやってもいいが、財産分与はしないし、どうせ慰謝料と養育費なんかじゃずっとは食っていけないだろう。そう
それがこうして、あの男の財産がほぼ手に入った。それも保険金のおまけつきだ。
最期まで浮気相手と一緒というのが、あの男らしかった。
「できますが、高くつきますよ」
相談した、自称「呪術師」の言葉を思い出す。
だからなんだ。私はすぐに快諾した。
呪術師は、人を呪い殺すには相応の「代償」が必要だと言った。
私はそれでもいいと思った――あの男に似た娘なんて、失っても構わない。
代償 異端者 @itansya
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