書き出し指定なんてシリーズ
小石原淳
女子高校生は考える
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「
「ん? ああ、これは例のやつだよ。今の時季恒例の」
「ていうことは、お題? 書き出しが指定された」
「それそれ」
「――ふうん。なかなかの難物って感じ」
「まあ、どんな物が来ても、面白くなるかどうかは別にして、とりあえずこういうやり方をすれば対応できるというメソッドはあるから」
「にしてもよ。日本語としてちょっとおかしくない? 癖があるっていうか」
「お、
「何て言うか、距離感? 『あの夢』って話し手から多少離れた感じするじゃない?」
「そうだね。こそあどの中で“あれ・あの”は一番遠い」
「よね。でさ、『あの夢』と言っておいて、『これで』で受けてる。凄く違和感を覚えたんだけど」
「うーん、なるほどね。『これで』と言っているからには、『あの夢』を最後に見てからさほど時間は経過していないはず。なのに、『あの夢』という表現には話し手との距離感がある」
「堂本君もおかしいと思うんだ? 同じ意見で嬉しいかも」
「そうだねえ、難しいところ。微妙だな。ここにある『夢』というのを初めて見たのが遠い昔だとしたら、『あの夢』と言い表しても構わない気もする。その後、間を置いて繰り返す見るようになったんだとしたら、その度に『あの夢』と表現するのは間違っていない」
「そっか。漫画やドラマなんかで、悪夢にうなされてガバッと起き上がって、夢だと気付いたときに、『またあの夢だ……』ってな台詞を言うシーン、よくあるけどあれには違和感ない。逆に『またこの夢だ……』と言われたら変に感じるかも」
「不思議だな。そのシチュエーションなら、『またこの夢だ……』であっても、論理的にはおかしくないだろうに、何故か違和感があるなんて」
「ところで、九回も同じ夢を見たことってある?」
「その夢というのは、狭い意味での夢、つまり眠っているときに見る夢と解釈していいんだな? それなら、ない、と断言しておこう。そもそも僕は、たいていの場合、目が覚めると忘れてしまう質でさ。夢を見たこと自体は分かっているのに、内容についてはきれいさっぱり忘れている。創作に使えそうな夢を見たという思いだけ残って、肝心な中身を思い出せないあのもどかしさと来たらないよ」
「枕元にメモを置いとくとかしないの?」
「してる。それでもだめ、ほとんどの場合は思い出せない。そんな訳で、もしかしたら同じ夢を九回も十回も見ているかもしれないが、覚えていないんだから確かめようがない」
「なるほど~。私は覚えているつもり。その上で、九回も同じ夢を見たことはないな、せいぜい三回ぐらいと言おうとしてたんだけど、案外、四回以上見ていても記憶していないだけっていう可能性あるのかしら」
「まったく同じ内容の夢なら、飽きてきて覚えなくなる可能性はあるかも。いや、分からん」
「それにしても、何で九なの?」
「はい? ああ、書き出し指定の話か。多分、ここのサイトが主催するコンテストが十回目を迎えたからだろう。去年の第九回まで全部参加して入賞を果たせなかった人にとって、入賞はこれまでに九回見てきた夢だ、って」
「そういうことかぁ~。細かいこと言えば、全部の回に出してる人なんて少数派だと思えるけど」
「そこら辺は気にし始めたらきりがない。出さなくても夢だけ見ることはできるんだしさ」
「おお、ちょっと名言ぽいけど、中身がないフレーズ」
「辛辣だな。それこそ夢がない。――あ、さっきのやり取りで思い付いたんだけど、こういうなぞなぞはどうかな」
「なぞなぞ? いいわよ、どんと来い」
「正解しても何も出ないけど、真剣に考えてくれたら嬉しい。『探しても探しても見付からない物ってなぁんだ?』」
「探しても探しても見付からない……って、まさか、夢、じゃないわよね」
「ないない。当てはまる人もいるかもしれないけれど、このなぞなぞの答ではないよ」
「うーん、夢じゃないとしたら……ヒントちょうだい。分かんないままだと、夜寝られなくなる」
「ヒントの要求が早いな。まあいいけど。ついさっき、答そのものをずばり言っている」
「ずばり? ……う~ん……思い出そうとしても無理だわさ。別のヒントを。ジャンルでいうと何になるかとか」
「ジャンルか。あれは……大工道具かな」
「大工道具……分かったかも」
ユキ――木川田
「
「ご名答」
「ああ、よかった。これで夢見がよくなりそう」
おしまい
書き出し指定なんてシリーズ 小石原淳 @koIshiara-Jun
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