生まれ変わったらまた会いに来て

柚城佳歩

生まれ変わったらまた会いに来て


あの夢を見たのは、これで9回目だった。


時折、同じ夢を見る。

川沿いに何本もの桜が並んでいる道を、俺は1人で歩いている。

桜並木の終わりで左に曲がって真っ直ぐ行くと、大きな銀杏の木がある公園に着く。

誰かと待ち合わせをしている気がするのだけれど、相手の姿はない。

何となしに遊具で遊んでいると、ふと誰かが俺を呼ぶ声がして、振り返ったところでいつも目が覚める。


初めてその夢を見たのは、マロが死んで半年が経った頃の事だった。

マロとは、俺が小学生になった春に譲渡会で出会った。


「犬を飼いたい」


そう言った俺に両親は、犬と暮らすと今の生活とどう変わるのか、可愛いだけじゃなく、お世話する事の大変さを時間を掛けて子どもにもわかるように説明してくれた。

それでも俺の気持ちは変わる事がなく、本やインターネットで自分でもいろいろ調べて譲渡会の存在を知った。


譲渡会にはいろんな犬がいた。

でも、とある犬を見た途端に目が離せなくなった。

気になってしまった最大の理由は、やっぱり顔の模様が特徴的だったからだと思う。


その犬は全身白いのに、両方の目の上辺りにだけちょこんと茶色い模様があった。

それがまるで眉毛のようで、妙に愛嬌があった。

麻呂眉だから名前は“マロ”。

わかりやすくて可愛い名前だ。


マロは多頭飼育崩壊された家から保護されたらしく、まともに人間と触れ合った事も、散歩に行った事もないと説明されたけれど、元来人懐こい性格なのか、初めて会った時からすぐに寄ってきてくれた。

その後トライアルの期間を経て、めでたく新しい家族となってからは毎日一緒に散歩に行った。


初めての散歩は、全てのものに興味津々な様子が伺えた。

ちょっと進んではにおいを嗅いで、またちょっと進んでは止まる。かと思えば急に何かを見付けたように走り出し、名前を呼ぶと楽しそうに振り返った。


マロはよく食べ、よく遊び、よく寝た。

走るのが好きで、時々少し遠くのドッグランまで行った日には、ずっと走り回っていた。


遊びたくなると、おもちゃを持ってきては俺の膝に片足を置いて、例えこちらが勉強中でもお構いなしにきらきらした目で訴えてくる。

「後でな」と言って勉強に戻ると、今度は俺の周りをぐるぐる回って「早く早く」と急かしてくるのだ。

その可愛い催促に勝つのはどんな問題よりも難しくて、いつもつい遊んでしまうのだった。


マロは賢い犬だった。

お手やおすわりなど、教えた事はすぐに覚えたし、「散歩に行くよ」と声を掛けると、自分からリードを咥えて持ってきた事もある。


悪戯をした時は叱ったけれど、眉毛みたいな模様が困ったような顔に見えるから、つい笑ってすぐに許してしまった。


俺は毎日マロにいろんな話をした。

学校でその日あった事、ゲームでなかなか倒せないモンスターがいる事、お父さんがへそくりを隠すのを偶然見てしまった事。


親にも友達にも言いにくい事も、マロには話せた。

いつもは「遊ぼう」とじゃれついてくるのに、俺に嫌な事があった日にはただ側に寄り添ってくれた。


学校に行く時は玄関でお見送りをして、帰ってきた時は尻尾を高速で振りながら出迎えてくれた。

そんなマロが俺は大好きだった。


並んで床に寝転がっている時、

「マロは人の言葉がわかるの?」

と聞いた事がある。


マロはちらりと横目で俺を見て、尻尾を1度ぱたりと動かした。それはまるで「わかっているよ」と言っているみたいだった。




中学を卒業した年、マロが死んだ。


出会った時にもう5歳くらいだと言われていたから、大体14歳くらいになっていたと思う。

俺が淋しくならないように、精一杯長生きしてくれたんだろう。

それでもやっぱり淋しくて、マロを看取る時はずっと泣いていた。


「生まれ変わったらまた会いに来て」


もう名前を呼んでも返事をしなくなったマロに、俺は何度もそう言った。


マロの事を思い出す度泣いている俺を見兼ねてか、両親はあれこれ連れ出そうとしてくれたり、俺の好きなお菓子を用意してくれたり、また犬を飼おうかとも言ってくれたけれど、マロ以外の犬と暮らす気にはなれなかった。


そして、時折同じ夢を見るようになった。


1度や2度なら偶然で済ませていただろう。

でも何度も見るうち、段々と夢に出てくる場所が気になってきた。


川沿いに桜が並んでいる風景なんて、日本中そこかしこにあるだろう。銀杏のある公園だってそう。

何か他にもっと探す手掛かりになるものは……。

そうだ、踏切があった。あとはチャイムの音も鳴っていたから、そう遠くない場所に学校があるはず。

俺はすぐに地図アプリを立ち上げ、あちこち検索してみた。


「あった……!きっとここだ」




その場所は、今住んでいる場所から電車で1時間ほどの距離にあった。

今はちょうど夢と同じ季節。駅から出て少し歩くと、夢で何度も見た桜並木を見付けた。


川沿いに真っ直ぐ進んで、桜並木の終わりを左。

遠くから学校のチャイムが聞こえる。

今は確かに目が覚めているのに、夢の中に入り込んだような不思議な気持ちだった。


そして、大きな銀杏の木がある公園に辿り着いた。


「ほんとにあった……」


夢ではいつもこの場所で誰かを待ちながら終わってしまう。だからこの先は知らない。

俺は誰を待っていたんだろう。

一先ずベンチに座って現れるかもわからない相手を待ってみる事にした。


葉っぱが擦れる音がする。

時折吹き抜ける風が心地好い。

もしここにマロがいたら、公園中を走り回っていただろうな。

まだマロの事を思い出すと泣いてしまう。

こんな真っ昼間に人気ひとけのない公園で1人ベンチで泣く高校生なんて、ちょっとやばい奴と思われてしまうだろうか。


「帰ろう」


ほとんど衝動的に来てしまったけれど、特にはっきりとした目的があったわけじゃない。

あれはあくまでも夢で、何の約束もしていないのに、今日ここに誰かが訪れる事はないだろう。

そう思い立ち上がろうとした時、公園の入り口から何かが真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。


“何か”の正体はすぐにわかった。

まだ小さな仔犬だ。

そいつは鼻の先だけ絵の具のバケツに突っ込んだような模様のある白い犬で、「遊んで」とでも言うように、俺の靴に片足を置いて見上げてきた。


「お前、どこから来たんだ?迷子か?勝手に出てきたら家の人が心配するぞ」


わかっているのかいないのか、今度は俺の足の周りをぐるぐる回り始めた。

その仕草がいつかのマロと重なって、思わず小さな体に手を伸ばしていた。

抱き上げた腕から懐かしい温もりが伝わってくる。

マロにもこんな小さい頃があったのかな。

会った時にはもう大きかったから、仔犬の柔らかさに少し緊張してしまう。


「すみませーん!その犬、うちの子です!」


この後どうしようかと思い始めた頃、母と同じくらいの年代の女性が走り寄ってきた。


「庭で遊ばせていたら急に走り出して、すぐに追いかけたんだけど見失っちゃったのよ。あなたが見付けてくれたのね、ありがとう」

「そうだったんですね、飼い主さんと会えてよかったです」


迷子じゃなくてよかった。

その気持ちは本当だけれど、久しぶりの温もりと離れる事が今は淋しくも感じた。

だからもう少しだけ。話をしているあと少しの間だけ。


「あの、名前は何ていうんですか?」

「名前はね、まだないの」

「え?」

「先月うちで飼っている子が赤ちゃんを5匹も産んでね、さすがにみんな飼うのは大変だから、今里親を探しているのよ。名前は新しい家族の方に付けてもらおうと思っているから、まだ付けていないの」


唐突に、マロを看取った時の事を思い出した。


“生まれ変わったらまた会いに来て”


泣きじゃくりながら何度も何度も伝えた言葉。

まさかそんな事あるはずない。

でも、もしも奇跡があるとするなら。


「……マロ?」

「わんっ!」


仔犬は、マロと同じように返事をしてくれた。

一瞬、あの麻呂眉模様が見えた気がした。


「あらあら、お兄さんに随分懐いちゃったのね。もしあなたさえよければ、うちに寄ってもう少しその子と遊んでいただけないかしら?」

「はい、ぜひ!」 


あの夢はきっと、マロがこの場所へ呼ぶために見せてくれたんだろう。どうしてだか、そんな気がした。


「俺の言った事、ちゃんと覚えててくれたんだな。律儀な奴め」


この仔犬がマロでも、マロじゃなくても、一緒にいたいと今は強く思う。


「あの!里親、まだ決まってないなら立候補してもいいですか」


女性は一瞬驚いた表情をした後、すぐに笑顔で答えてくれた。


「もちろんよ。でも預けて大丈夫かのチェックはさせてね。私のチェックは厳しいわよ。それと、親御さんにも直接ご相談させて」

「はい、お願いします!」


マロの事はこれからもずっと忘れない。

でも今、ようやくまた前を向いて歩き出せる気がした。

この仔犬と一緒に暮らせる事になったら、新しく名前を付けてあげよう。

今度もぴったりの名前を君に。










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