あの夢を見たのは、これで9回目だった。
もと
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。そろそろ先が気になってきたぞと寝癖だらけの頭をかきむしる。まあいい、シャワーでも浴びよう。きっと10回目で俺はネギを買って帰るんだ。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。飛び起きた。不快さと不安と苛立ちで振り向けば汗で枕からシーツに人型が出来ている。悪夢だ悪夢、あんなの。ホント勘弁してよ。もし10回目であの続きが来ちゃったら私、ヤバいじゃん。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。また直前で目覚めてしまった。寝癖だらけの頭をかきむしる。あれは学校の体育館だ、何かの表彰式だろう、図工も運動もいたって普通の僕には縁が無い場面だ。なのに僕は自分の名前が呼ばれるはずだとソワソワしてる。まったく、多分違うよ、何を期待してるんだ。まあいいや、顔を洗おう。でもちょびっとだけ、もしかしたら10回目の夢で僕は何かで、みんなの前で呼ばれるかも知れないじゃん。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。ホントいい加減そろそろ進んでくれないかな? 毎回異なるシチュエーションで、作画もカラーリングも好みなイケメンと手が触れあう瞬間に目が覚めてしまう。いい匂いがした。銀髪もキレイだった。次元が違うしな、なんでもアリか。いやちげーよクソが、起きんなよ私。まあいい、シャワーでも浴びよう。きっと10回目でいい加減私も行けるかも、だし。
ふと、コックピットから見下ろした地上は、いつも通りのミニチュアみたいな現実感の無い写真みたいだった。かろうじてゴマみたいなトラックがゴマみたいにチミチミ動いている。いやゴマは動かない、小さい虫みたいな、アリみたいな、もっと小さい命、ダニみたいな。
今日の客は女一人でスカイダイビングだとよ。いい御身分ですこと。羨ましいとかではない、たぶん俺は呆れている。
何か一つでもミスがあれば死ぬ娯楽を選ぶ人間に、ミスが起これば事務的に面倒だけど俺は死なない俺には関係ないとニヤつく己の内側に、なんなら無事故のこの会社やスカイダイビングという遊びの根底を揺るがすような事でも起きやがれと願う指先に、こんな小さな飛行機でも操縦桿を握る資格の無い俺に、呆れている。
「3、2、1、ゴー!」
「キャー! アハハ」
悲鳴は笑い声に、一瞬で消えていった。インストラクターと飛んだ客の女は生きて地上でまた笑うんだろう。飛んでる最中とか地面でパラシュートを引き摺りインストラクターと指ハートか何かを作った姿をSNSに載せて笑うんだろう。何が楽しいんだ……俺は楽しくねえな、もう何十年も楽しくない、もしかしたら産まれた時から楽しくなかった。
インカムを外す。ゆっくり旋回して離陸した小さな空港に戻る、はずだった。
ゆっくり、ゆっくり大きく、二周まわってみる。どうせ踏ん切りのつかない客の時には何周でも旋回する。青い空にいるのに飛行機の中も俺も青くはない。子供の頃は真っ青になれると信じてた。ゆっくり、大きく。いつからこうなったんだっけ。航空会社のパイロットになれなかった時。前の会社に入った時。今の会社に転職した時。上司が変わった時。そんなに親しくない同僚の結婚式。そんなに親しくない同僚の病死。そんなに親しくない両親の事故死。ゆっくり、上昇。このまま近所のスーパーまで飛んで買い物して帰りたい。味噌と豚肉、たまにはトマトとか食べたい、キッチンペーパーとアタックとハミング、まあ安売りしてるやつなら何でもいいか、ウチはあっちだ。ゆっくり、大きく。
近くに中学校があったな。グラウンドを借りようか。許可、着陸許可か……面倒だな。ああ……面倒だ。面倒だけどネギも買おうか。あれこれデジャブ……あ、夢だ。最近みてた夢だ。10回目で俺は味噌汁の具が無いのを思い出せてネギを買って帰るんだろうと、知ってた。
「3、2、1、ゴー!」
「キャー! アハハ」
笑ってる場合じゃない。聞いた事の無い音が後ろにいるインストラクターからした。何かが何かの中で折れたみたいな、にごった、くぐもった、体を通じて私に響いてきた、音。
「あの!」
喋ってる場合じゃない。舌を噛みそう。落ちない。スカイダイビングなのに落ちない。横に飛んでるかも知れない。ついに私の秘められた能力が開花、してない。能力開花しない。
考えてる場合じゃない。事故だこれ。遊園地のコーヒーカップに上下運動をプラスしたみたいな視界はグルグル、でも私とインストラクターの何さんだったかな、ササキさんだったかな、グルグルだけど、でも私とササキさんがセスナのドアと黒い紐か何かで繋がってるのだけは見えた。
見てる場合じゃない。何か垂れてきた。赤黒い、イヤだ汚れちゃう、生温かい何か赤いものが、垂れて、血じゃない、イヤだ血だったら洗濯機じゃ落ちない手洗いしなきゃ待ってアタックで落ちるかなウタマロ買って来なきゃじゃない先月の生理で汚れたパンツ洗ったら無くなっちゃってたから買わなきゃって買い物の度に忘れて嫌だ嫌だ血だけじゃない何これ垂れてくる気持ち悪い、助けて助けて飛行機の人、セスナの人、パイロット、なんで気付いてないのアナタ何さんだったっけ、ササキさんだったっけ、パイロットのササキさん、インストラクターのササキさんと私が振り回されてますよササキさんは多分首が折れてて助けて早く怖い死んじゃう、助けて気持ち悪い吐くマジで何してんだよササキ、ササキー! 気付けよ早く降ろせやダメだ降りたら私達が、私が、今地面に着陸なんてされたら私死んじゃう、叩きつけられる? 擦りおろされる? 大根おろしじゃんイヤだそんなの、自撮り棒を振る振り回す振り回す、あれこれデジャブ……あ、夢だ。最近毎日見てた夢だ、スカイダイビングで失敗する夢、なんでこんな事に、夢だと落ちた瞬間で目が覚めてた、いや続きを見てたかも? なんかすごく嫌な夢だったのしか覚えてないし10回目が現実とか、なんで変な夢を見るから止めようとか思わなかったのSNSで『飛びまーす』なんて書かなきゃ良かった『スゴい』とか言われて調子乗ってバカみたい怖いのに待って、もしかしたらこれが10回目の夢かも知れない。これ、夢かもじゃん? じゃあ、ああ、ダメかも駄目かももうダメ着陸しようとしてる違う墜落? 違う、ああ……降りようとしてるかも知れない。ああ、ああ、止めて、生きてるのに私、ササキさんは死んでるっぽいけど私は私は私は私は、わたし! は! 生きてるのに!
「サ! サ! キー!」
「……え? 僕?」
ザワッと体育館の中の空気と人が動いた。僕を呼ぶ断末魔みたいな、悪魔みたいな声は外から聞こえた気がした。
夏休みの自由研究が表彰される、それが学校代表になって全国の自由研究が集まる大会みたいなのに出すから発表する、からの「ササキー!」だったから胸と顔が熱い。上靴の先を見つめる。青い、青は六年生の色。あ、この景色は見た事がある。あの夢だ。ヤバい正夢になったのかも。
熱いけど知らんぷりして顔を上げた。でも誰も僕なんか見てない。上、グラウンド側の人達は空を見てる。聞いた事の無い音がしてる。数秒、ゆっくり、大きく、凄い音が近付いてくる。空を見てた先生が叫んだ。走り出した。全校生徒が列も無くなって、どこに向かうのかも分からず走り出した。悲鳴も上靴のドタバタも掻き消しそうな音が、来る、来た。
……気付いたら、静かだった。目の前にステージに立ってたはずの校長先生が落ちてる。髪の毛が薄い頭は遠慮して首を突っついてみても動かない、静かだ、いや、どこかで誰かが喋ってる、沢山喋ってる、沢山落ちてる、色んな物と人が落ちてる。バスケットのゴールって近くで見るとこんなに大きいんだ。立ち上がる。足に乗って重かったのは小さな人だった。
紙……あ、紙、校長先生の近くにある紙ならあの発表の、自由研究、誰、紙、その紙、誰だ、いや僕じゃないのは知ってるけどまあもしかしたら、その。
「だ、代表……キムラユウコ……三年、三年生の子か……」
とんでもない音と振動、聞こえるはずのないプロペラ音、聞こえるはずのない飛行機が側にいるような音が一気に聞こえて振り向く間も無く私も声にならない悲鳴を上げてた。体が浮いたのは分かった。どれぐらい浮いて落ちたのかは分からない。
「……キムラユウコ……三年……」
近くで誰かが囁いた。助けてと言いたかったけど、声の代わりに熱いものが込み上げてきて言えなかった。口から溢れてるのは血かも、さっき飲んだコーヒーじゃないのは確か、すんごい赤いもんね、ピューッて出ちゃってんじゃん、止めなきゃ。手を、いや指先すら動かない。
……これ、私、死ぬんじゃね?
……ヤバい、マズい、とりあえず今日バイト風邪っぽいとかでサボってウロついてたのがバレる。部屋に、部屋がヤバい、本当にヤバい、今死んだら部屋に、イヤー! マジヤバい!
「……ど」
「うわ、大丈夫、ですか?」
「……もっ」
「え?」
「……どうじ……ん……へや……もやし……!」
「……え?」
どうしよう、困惑した少年よ、通じたかな、キレイな上靴汚しちゃったかも、私が卒業した時と同じなら六年生だよね、通じたか、通じてくれ!
私の部屋の同人誌はヤバいの、燃やして欲しい!
無理かな無理だろうか……!
……ま、いっか。
死んだらあの夢の続き、見れるかも。
転生、流行ってるし。
流行ってるって事はあるんでしょ転生。
よし、行くぞ異世界! 待っててイケメン!
おわり。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。 もと @motoguru_maya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます