女神さまには勝てない

・みすみ・

女神さまには勝てない

 わたしは、知ってる。

 わたしはシュウ君の一番にはなれない。


 シュウ君には運命の女神さまがいる。


 その人が笑うと花が咲く。もちろん、おとぎ話じゃあるまいし、実際じっさいに花が咲くわけではないけれど、シュウ君にはそう見えるらしい。

 すずやかな歌声は、大きな会場ハコ最後列さいこうれつまで、あますことなくひびき渡る。

 手は、小鳥のように小さくてあたたかく、マシュマロみたいにやわらかくて白い。そして、いい香りがする。

 シュウ君はガチぜいだから、当たり前に、ファンクラブに入っているし、ライブに足を運ぶし、握手あくしゅ付きのサイン会にも行く。シュウ君がわたしにもたらす女神さま情報は、妄想もうそうではなく、彼の実体験だ。


 わたしは、彼が、どのように女神さまと出会い、いかに女神さまに傾倒けいとうしていったかを、間近まぢかで見てきた。


 シュウ君が女神さまに出会ったのは、わたしたちが中学二年生の春、彼の両親が離婚話りこんばなしでもめていた時期。

 明るいようで切ないことばを、清らかな声で歌い上げる女神さま。きゃしゃな体が圧倒的なパフォーマンス力で動く。

 つらい現実と切り離された、モニターの向こうのキラキラした存在に、シュウ君は魅了みりょうされた。


 シュウ君がファンクラブに入り、会員しか見られない配信を熱心に追いかけ始めたのは、中学二年生の冬、母親が家を出て行ったころ。そのころ、シュウ君は、学校に来たり来なかったり、来ても遅刻だったり、保健室で寝ていたりした。

 近所に住む幼なじみのわたしは、しょっちゅう、休みがちな彼への連絡係を買って出ていた。

 義務感からでも、同情心からでもなかった。

 ただ、ほうっておけなかった。わたしの勝手な情動じょうどうだった。

「昨日、夜中まで配信見てたからさ……」

 中学校からの連絡を届けるわたしに、自宅の玄関先で、シュウ君は、洗ったのかどうなのかもさだかではないぼうっとした顔で、もそもそとわけをし、女神さまへの愛を語る。

 わたしは、それを、ふんふんとうなずきながら聞く。


 同じようなことが幾度いくどもくり返されて、なんとなく時は過ぎていったのだが、中学三年生の夏前に、シュウ君は、とつぜん、毎日登校するようになった。

 女神さまが、いつだかの配信で、

「みんなの学校生活も教えてね」

 と、軽く言ったからだった。

 シュウ君は敬虔けいけん信者しんじゃだから、当然とうぜん、ライブ配信にコメントを残す。そして、女神さまにうそなどつけない。


 女神さまのおげのおかげで、シュウ君は、わたしと同じ、となりまちの私立高校に、無事ぶじに進学できた。さらに、偶然ぐうぜんにも、一年生では同じクラスだった。

 自然と、わたしたちは、よくいっしょにいるようになった。

 そして、二年生に上がって、クラスが分かれた現在でも、その関係は続いている。


 シュウ君は、オタク特有のちょっと早口で、女神さまのすばらしさをわたしに語る。わたしはうなずきながら聞く。

 それは、移動教室に向かう途中の廊下ろうかであったり、放課後だらだらと残っていた教室であったり、並んで待っているバス停であったりした。


 シュウ君のはずむ声を聞くと、わたしは、廊下の喧噪けんそうが、一瞬、すうっと遠くなるような気がする。


 シュウ君の上気じょうきしたほおは、教室に差し込む西日にしびのせいじゃないのに、

「まぶしいね」

 と言って、わたしは立ち上がり、窓にカーテンを引く。


 シュウ君は、よく笑うようになった。

 そういえば、 こんなふうに無防備むぼうびに笑う男の子だったな、と、わたしは、あと五分で来るはずのバスを待ちながら、小学生時代の彼の笑顔を思い出す。


 くったくのないシュウ君を見ていると、わたしは、体の中がひたひたと優しいもので満たされていくのを感じて、

(女神さま、シュウ君を救ってくれて、ありがとうございます)

 と、ひれしたい気持ちになる。


 わたしの態度が、いつの間にか女神さまファンのそれになっているせいだろうか、シュウ君に誘われて、今週末には、とうとう二人でライブ参戦だ。

 ガチぜいのシュウ君は、ファン同士でいろいろとつながっている。わたしがいないところでも、なにかと楽しそうだ。

 それなのに、ほわっとしたファンのわたしを聖戦ライブに誘うから、わたしは、素直にびっくりした。

「え、わたしと行く感じで、いいの?」

 と言ったら、シュウ君もびっくりした顔をしていた。


        ★★★


 今日、ぼくは、ぼくの運命の女神に会う。


 何回かライブにも行ったし、イベントにも参加している。ぼくが女神に会うのは初めてではないのに、今の緊張は、初めて会うとき以上のものがある。


 財布は持った。スマホも、もちろん。念入りに髪をセットして、念のために、ほとんどえていないひげもった。

 着ていく服は、一週間前から決めていた。スニーカーに泥はついていない。

 駅を出てから会場までの道も、女の子と立ち寄れそうなカフェもチェック済みだ。

 あとは、女神の歌声を聴いて、勇気をもらうだけ。


 鈍感どんかんな彼女は、ライブを口実こうじつにデートに誘っても、それがデートだと気づいてくれないから。

 だから、今日こそは、ちゃんと伝えなくちゃ。


 女神さま、女神さま、どうか、ぼくに勇気をください。


 ぼくの一番好きな人に、大好きだよ、と伝える勇気を。

 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女神さまには勝てない ・みすみ・ @mi_haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ