第13話 蛙と蛇⑤

 デカブツの話と牧場主の話をまとめることにする。


 フロッガーの群れが縄張りにしていた池に突然、マッド・スネークがやってきたらしい。そこで両者の争いに発展し、フロッガー側が敗走することになった。


 以前から時々小競り合いをしていたが、実力は拮抗していて明確に勝敗が付いたことは無かったという。


 しかし、その日はマッド・スネークのいいようにされ、住処を追い出されることになってしまった。


 デカブツいわく、いつもよりはるかにマッド・スネークの数が多かった。物量に押され、フロッガーは為すすべもなかったと。


 フロッガー、マッド・スネークは共に水場でないと生活することが出来ず、生息域は被ってしまう。それで小競り合いが多いのだろう。


 ただ、両者には大きな違いが一つ。それはマッド・スネークの特性だ。


 マッド・スネークは住処の水場を自身の魔法で泥まみれにする習性がある。泥沼に変わってしまえばフロッガーは適応することが出来ないのだ。


 そこでデカブツは群れを率いて新たな住処を探さざるを得なくなった。その際に見つけたのが、ルーロー牧場の人口湖だったというわけだ。


 ルーロー牧場は東部の中でも規模が大きく、メメーを筆頭に様々な動物たちが飼育されている。


 人口湖は動物たちの生活用水としての役割を担っていた。その分、規模も大きいものとなる。


 デカブツは人口湖に目を付け、牧場主を脅迫して住み着いた。


 それからは良い生活だったらしい。牧場としてある程度の守りがあり安全、餌も献上されるものを食べればいい。


 争いの際に減ってしまった群れの総数も少しづつ回復していった。そこで余裕が生まれ、またマッド・スネークの群れと戦うようになった。


 殺したマッド・スネークを持って帰って牧場主に売らせることも思いつき、そのお金でさらに武器を買わせ、マッド・スネークとの戦いを有利に進めよう――と動いていたさなか、私たちがやってきた。


 ということらしい。


「つまり問題は……」


「マッド・スネーク」

 私の言葉をエリンが引き継いだ。未だワクワクした心が顔に駄々洩れではあるが、流石に貴族。楽観的ではいられないと分かっているらしい。


「マッド・スネークの大量発生は面倒くさいね……」

 

 エリンに言葉に首肯を返す。


 そもそもどの生き物にも関わらず、大量発生は生態系のバランスを崩す要因だ。しかし、マッド・スネークの大量発生は水質悪化の問題が伴う。


 セレジーが水の都と呼ばれる所以は、町の北にそびえる山脈からもたらされる清流にある。


 清流は血管のように張り巡らされた河川、水路としてセレジーに流れ込み、様々な恩恵を与えてくれているのだ。


 北の山脈から始まり、セレジーに散って、さらにロベリア王国中に広がっていく。王国の心臓とも言えるこの都で水質が悪化すれば、国中に多大な影響を及ぼしてしまうだろう。


 マッド・スネークの大量発生は看過できない問題だ。


「――お父様と王研に報告しよう」


「え?」


「何を驚いてるのよ。もう私たちのちょっかいだけで済む規模じゃないでしょ?」

 

 思わず出てしまった言葉にエリンが不服な顔で反応する。


「謎肉の原因は分かったわけだし、すっきりもしたし……」


 いや、正直驚いたのだ。エリンだったらまず間違いなく突っ走り、マッド・スネークの群れに突撃すると思っていた。


 それがどうだ。急に冷静になったのか上に報告しだすと言い出した。


「……それで本当にいいのかしら?」

 今まで付き合わされてきた経験からつい、そんな風に聞いてしまう。私は自分で思ったより今のエリンに引いているのかもしれない。

 

 エリンに視線を合わせる。凛々しい表情だ。蒼青の水杖そうせいのすいじょうを持つその姿はまさしく、清く正しい貴族令嬢……

  

「無理。やっぱ件の沼に行ってみたい」


「……」

 急にアホ面になったエリンの言葉。思わず黙ってしまう私。


 心なしか水杖のリボンも萎れているように見える。


 きっと清流も少し濁ったに違いない。


「少しだけ尊敬した心を返してほしいわ」

 

「え、少しだけ? リゼあなた今少しだけって言ったの!?」

 一瞬で脱力顔を真っ赤にし、エリンが詰め寄ってくる。


「逆に尊敬されてると思っていたのにビックリよ! 自己評価高すぎじゃないかしら!?」


「私貴族令嬢ですぅ。自信無くて弱々しい令嬢なんて貴族失格よ!」

 エリンが睨みつけるように食って掛かってくるので、私も負けじとひたいで突き返す。


「あんたは自信をはき違えてんの。靴擦れして気を病まないのが不思議で仕方がないわぁ??」


「なんなのそれぇ!」


「こっちのセリフよ!」


「あ、あの……」

 従者と主が罵り合う場面、流石に大変だとでも思ったのか牧場主が声をかけてきて――


「「黙ってて!!」」


「ひぃッ――」

 あえなく撃沈。しりもちをついた。


「ん、んぅ……」


「「!?」」

 エリンが抱えたままだった少女が呻く声。二人して口を閉じる。


 しかし、


「……ほら、あんたのせいで起きちゃったじゃないっ」


「はぃ? そもそもリゼがその気にさせるようなことを言うから……」

 

 黙ったのは一瞬。お互いに譲らず、小声で言い合いを再開。


「お姉……ちゃん?」

 ゆっくりと目を開いた少女は何度か瞬きをすると、エリンに気が付いたようで顔を上げた。


「あぁ~、起こしちゃった?」

 エリンは私に向けていた熱を引っ込めると、優し気な声で返す。そしてチラッとこちらを見た。


 ……その視線の意味は何よ。


 私が目に抗議の念をたっぷり込めて見ているさなか、エリンは言葉を続ける。


「大変な思いをさせてごめんね。ゆっくり休んでていいよ~」

 そう言いながらしりもちをついたままの牧場主に近づく。察した牧場主は慌てて立ち上がり、少女を受け取ろうとして――


「やだ」


「ん?」


「もう少しこのままがいい」

 少女はエリンの胸に顔をうずめ、それだけ言うとぎゅっとしがみついた。


 牧場主は少女の言葉に驚き、少し残念そうだ。私を化け物を見る目で怯えていた失礼な奴だが、少し同情する。


「えっと……」

 流石にエリンも困惑しているようだ。所在なさげに牧場主と少女の間で視線がいったりきたり。


「――ありがとう、お姉ちゃん」


「うっ……」

 少女のお礼。エリンは矢を受けた兵士のように迫真のうめき声を漏らす。


「はぁ、これじゃあ諦めるしかないじゃんね」


「マッド・スネークのことかしら?」


 ニヤつきを抑えられない。


 わざとらしくとぼけ感を乗っけに乗っけて聞けば、エリンはキッと私への視線を強くする。


「そうだよそうそう! まったく……」


 しかし、文句を垂れるエリンの表情は柔らかいものだった。





 水の都の放浪令嬢、完。

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水の都の放浪令嬢~至る所に首を突っ込んでいるけれど、まだ大事にはなっていないはず~ アオイシンシャ @sannzuihenntan

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