妖精

ritsuca

第1話

 カナトの職場、星見の塔には、いくつかの当番がある。毎日行うものから月に一度のものまで、その数は両手に収まらない。中でもカナトが好きな当番に、まかない当番がある。

 暮れなずむ中を出勤して早々に暦を確認すると、今日はカナトがまかない当番にあたっている日だった。週に一度の買い出し当番が定められた予算の範囲で買い、毎日の畑当番が収穫してきた食材の中から組み合わせを考えて作る。制約はないようであり、あるようでない。サヤトとの食事よりも難解なパズルになるこの当番が、カナトは実のところ、どの業務よりも好きだ。

 食材を確認したところ、どうやら今日は、食後に添える甘味を作る余裕もありそうだ。調理台の下をごそごそと探って、バットを出す。お茶を煮出して、砂糖と寒天を溶かした。バットに流し込んだら、固まるまでは風通しを良くした窓辺に置いておき、しばらくはいつも通りの仕事を進める。

 変わりない星が、変わりなくそこにあるか。移ろう星が、道を逸れていないか。星図にない星が増えていないか。あるいは、星図の星がなくなっていないか。星見のカナトに課されているのは、日々の星々の観測と記録。曇ることの少ないこの土地では、仕事のない日は稀だ。今日も満天に輝く星々を観、書き留め、ひと段落ついたところで時計を見れば、ちょうどいい時間だった。

 厨房に戻ると、バットの中身は固まっていた。誰かが啄んだような跡もないが、砂糖の結晶が表面に出てくるには至っていないので、軽く熱を通してやる必要があるだろう。オーブンの戸を開けると、ぽわ、と炎が灯る。

「できあがったら一番に食べておくれよ。小さめでよろしく頼む」

 任せろ、とばかりにひときわ高く上がった炎は、バットの下でちろちろと燃える。落ち着いたら熾火のようになるだろう。こっちはこれでよし、と戸を閉じたら、メインの料理を作る時間だ。今日は肉と野菜を甘辛く炒めてご飯の上に載せ、丼にする。

 さて、このまかないを食べるのは、カナトたち星見、守番、塔の長、そして、妖精。そう、先ほどオーブンに灯った炎や、恐らくカナトが本来の仕事をしている間にバットを見守っていたのも妖精たちだ。

 古い建物や土地に宿る妖精たちは、カナトたち人間にやさしいが、ときどき気まぐれだ。ご機嫌うかがいも兼ねて始められたまかない当番のおかげで、この塔には今夜も食欲をそそる香りが漂っている。

「ご飯、できましたよー」

 全員分の丼をよそったところで、オーブンに入れていたバットを取り出す。できあがったウンクローブは、お茶の香りを漂わせる艶々とした表面にぽつぽつと砂糖の粒が浮かび、バットの隅のあたりが少し、齧り取られていた。

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