幸せを運ぶ妖精【KAC20253・妖精】第四弾

カイ 壬

幸せを運ぶ妖精

 森を歩いていると後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには誰もいなかった。不思議に思っているともう一度背後から呼ぶ声がする。向き直ったがやはり誰もいなかった。


 疲れているのだろうか。日頃徹夜続きで満足に休めていない。それで脳が錯覚しているのかもしれない。


 森を抜ければ馴染みのカフェがある。なぜこんなところにカフェを構えたのか知らなかったが、どうやら森を抜けて訪ねてくるのは私ともうひとりのお客だけだという。不思議に思って店員さんに尋ねてみて理由がわかった。

 カフェの裏手には幅の広い道路が整備されており、どうやらそちらが表のようである。


 そう。私はカフェの裏手からやってくるという酔狂な客だった。

 そのことを知ったとしても、夏を思わせる強い日差しを避けてカフェにたどり着くには森を突っ切るほうが好都合だ。


「おーい、こっちこっち」

 声変わりしていない生徒のような声質がまた耳に入った。もし私が疲れていないとすれば、なにかに呼ばれているのは確かなのだろう。おそらく振り向いてもまた消えてしまうに違いない。


 妙案が思い浮かんだ。


 今まで振り向く、つまり横の動きだから見つけられなかった可能性がある。おそらく声の主は上か下かに避けているのだろう。であれば横に振り向くのではなく縦に視線を走らせてみてはどうか。上下に避けていればこれで見つけられるだろう。

 そう決心してからふいに立ち止まり、下を見てから体を開いて下から上へと視線を走らせた。すると上に浮かぶ小さな存在に気づいた。


「あなたが私を呼び止めたのかしら」

「な、なんで振り向かないんだよ。素直じゃないなあ」

 赤い三角帽をかぶり、青い服に革のチョッキを着たとても小柄なそれは、鳥のような羽をばたつかせながら宙を漂っている。


「あなたは妖精さんなのかしら」

 ついと前へ一歩出ると、それは腰に手を当ててホバリングしている。


「みんなそう言うよね。僕自身は妖精だなんて思っていないんだけど」

「でも小さいし羽が生えているし、服装だってお話でよく聞くものだし」

「見た目だけで判断してほしくないなあ。僕はただお姉さんに幸運を授けに来ただけなんだよ。まあ神様の使いってところかな」


「神様の使い、ねえ。それって日本の神なのかしら。それともケルトやゲルマンの神かしら」

「これだから人間は浅はかなんだよなあ。お姉さんに見えている姿は、お姉さんが見たいと思った姿なんだ。つまりお姉さんの欲求が僕の姿として見えているだけで」

「うーん。ということは、私は子どもが近くにいてほしいと思っているってこと」

「そうかもね」

 それは軽く宙返りして元の姿勢に戻っている。


「あ、そういえば、私になにか授けに来たって話していたわよね」

「うん、僕はお姉さんに幸運を授けに来たんだ。受け取ってくれればこれからなにかが起きるはずだよ」


 幸運を授けに、か。森の中で妖精に出会っただけでも幸運だと思うんだけど。これ以上の幸運が待っているというのだろうか。


「今はいいわ。あなたに会えただけでも幸運だと思うし」

「ええっ! お姉さんが幸運を受け取らないと、僕、神様からこっぴどく叱られるんだけど」

 口ぶりからすると、妖精のきまぐれということではないらしい。本当に神様の使いなのだろうか。でもなぜ私を気にかけてくれるのだろうか。


「青いトリの降臨とかニホンオオカミの復活とか、そういうものを望んだら叶うのかしら」

「そういうものはできないね。あくまでも普通に生きている中で、最大の幸運が舞い込むくらいでしかないけど」


 人生最大の幸運、か。

 それなら宝くじで十二億円を手に入れる、というくらいなら叶う可能性もいるってことか。でも宝くじ長者はたいてい身を持ち崩すっていうし。


「そんなたいせつな幸運は、今もらうべきじゃないと思うわ。もっと窮地に陥って、今幸運が来ないと生き残れないってときに発動したいところね」

「それだと一生幸運はやってこないかもしれないよ」


「それでもいいと思うわ。神様から幸運を授かる人は数少ないんだろうし、一生縁のない人だっている。私には縁がなかったということにしてもかまわないんじゃないかしら」

「神様って怖いんだけど」

「それじゃあ私の幸運は、神様が怖くなくなる幸運をあなたに授けるってことでどうかしら」


「僕の恩返しだと思って、とにかく幸運をもらってほしいんだけど」

「だーめ」

 これ以上話したって時間の無駄だと考えて、カフェのほうへ向き直って歩み始めた。


「神様から説得して幸運を授けるようにと申し付かっているから、なんとしてでも受け取ってもらうよ」

「それじゃあ、その幸運は私の希望するときにだけ発動するって条件は付けられるのかしら」

「えっと、神様からは渡してから七日以内なら選べるとは聞いているけど」

 一週間か。そのうちになにか幸運がやってくれば儲けもの、くらいに思って、とりあえず受け取るだけ受け取ろうか。


「わかったわ。あなたが授けてくれる幸運を受け取るから、神様にはうまく伝えておいてね」

「今のやりとりは神様が見ているんだけど」

 伊達に神様はやっていないということか。


「それじゃあお姉さん、両手のひらを合わせて前に出してね。そこに幸運の素を注ぎ込むからそれを飲んでね」

「これを今飲んで七日間以内に希望する幸運が得られるわけよね。まあもしものときの備えとしてもらっておくわ」


 差し出した手の中にキラキラと輝く液体が注ぎ込まれた。それがこぼれないようにゆっくりと口元に運んで飲み干した。


「はい、これで僕の役目は完了! なにかいいことが起きたら、神様に感謝してよね。それじゃあ」

 とまくしたてると、私が声をかける前に青い小鳥に変化して空へと羽ばたいていった。


「あれ、あの子ってたしか先週手当てした小鳥よね。あのあとに神様の使いになったのか。まさに青いトリの降臨だったってわけか」


 小鳥を使いにする神様って、もしかしてトリの神様だったりするのかしら。

 青い小鳥が見えなくなってからしばらくして、私はカフェの裏手へと歩いていった。




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