妖精から始まる同人活動

辰栗 光

これが私の同人史

 継美つぐみは、液晶画面に向かってペン入れをしていた。描いているのは、次回のイベントに向けた二次創作マンガだ。


 ふと、机に置いた携帯端末が鳴った。ちらりと画面を見ると、同人仲間からメッセージが届いている。


『進捗どう?』


 継美はウッと顔をしかめた。重い指を動かして、返事を入力する。


『大丈夫、締め切りには余裕で間に合うから』


 内容を若干盛りつつ、送信ボタンを押した。それと同時に、継美の集中力が切れた。


 継美は椅子に座ったまま、思いきり伸びをした。

 時計を見ると、すでに日付が変わっている。温かくなってきたとはいえ、夜中になるとパジャマだけではまだ寒い。


(何か着るもの)


 継美は部屋の中を見回した。

 机の上には推しのアクスタが飾ってあり、ベッドにもぬいが並んでいる。

 本棚には商業、同人問わず本がつまっており、参考書のスペースを圧迫していた。この前の休みに片づけたばかりなので、整ってはいる。


 この部屋を見れば、継美がオタクだと、だれもが一目でわかるだろう。しかし、継美は自分の活動に満足していなかった。


(もっとお金があったらな)


 継美の通う高校はバイト禁止なので、自由に使えるお金はおこづかいとお年玉くらいしかない。同人誌の販売はあくまで趣味なので、赤字にならなければいいといった感じだ。

 従姉から、中古のパソコンと液タブをゆずってもらえたのは、非常に運がよかったといえる。


(大学生になったらバイトして、絶対に新しい液タブ買うんだ)


 それだけではない。遠くのイベントに泊りがけで行ったり、グッズや本をお迎えしまくったり、ばんばん活動してやるつもりだ。


 夢が膨らんだところで、継美は立ち上がり、床に放置されていたパーカーを手に取った。すると、パーカーの下から絵本が出てきた。棚を整理したときに、しまい忘れていたようだ。


 継美は絵本を拾った。表紙には雪の森を背景に、妖精と男の子が描かれている。


「なつかしいな」


 継美は本をめくった。


 ある冬、男の子の親が病気で入院することになり、男の子は森に住む伯父の家にあずけられた。男の子はさみしくて泣いていたが、そこに雪の妖精が現れて、男の子と友達になる。妖精は男の子を元気づけるため、森で遊んだり昔話をしたりして毎日をすごした。


 やがて春になり、男の子は退院した親と街に帰っていく。だが、男の子のために森で春を迎えた妖精は、冬の国にもどることができず、雪とともに溶けてしまう。

 そんな切ない物語だ。


「子どものころは、結末が受け入れられなかったんだよね」


 男の子を元気づけようとした優しい妖精が、最後に消えてしまうのなんて悲しすぎた。そこで、幼かった継美は、らくがきちょうに「もしもの話」を描いた。


 実は妖精は魔法が使えて、春の陽射ひざしもへっちゃらで、溶けることなく森に残り、街に帰った男の子がときどき森に来て妖精と一緒に遊ぶのだ、と。

 下手な絵と、下手な字で、一生懸命に描いた。


(あれが、私にとって最初の創作活動かも)


 はじめは作品を描くのも、できあがった作品を読むのも、継美一人の中で完結していた。それが同じ趣味の友達ができて、同人活動を始めて、サイトに投稿もしていて、今では数えきれないほどたくさんの人に作品を見てもらっている。


 使う道具も、紙と鉛筆から始まり、ペンやトーンを使うようになり、今ではデジタルで描けるようになった。


「思えば、遠くまで来たんだな私」


 自分の歩んできた創作活動の道を、継美はしみじみと振り返った。


「よし! もうひとがんばりしよう」


 継美はパーカーを羽織ると、気持ちを新たにしてペンを取り、液晶画面に向かった。

 深夜の静けさの中、集中力を発揮して内なる自分にダイブする。


 明日は平日でふつうに学校があるが、そんなこと、気にしてなんていられない。

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妖精から始まる同人活動 辰栗 光 @tatsukuri_hikaru

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