モデルタイプ:フェアリー・レン

古博かん

KAC20253 妖精

 二〇二五年三月十四日。

 日本時間、午後三時五十五分——まだ明るいこの日、この時間に満月(アメリカでは皆既月食が見られるよ)を迎えた日本各地で、新たな異変が観測された。


 三月の満月をワームムーンと呼んだのは、はるか離れたアメリカの大地に住まう先住民族の皆々様だったが、ニュアンスとしては冬が終わり、大地が活気づく春の到来を示す月暦という感じだ。

 日本で例えるなら、二十四節気の啓蟄けいちつが近いかもしれない。


 そう、暖かくなって土の下に眠っていた小さき命たちが活動を開始する季節、始めは、「今年はちょっと多くない?」くらいの違和感だった。


 去る三月三日に空から大量のピヨが降ってきて以降、今までの日常が崩れ去った日本国内において、大抵のことは些細なことで片付けられる認識バグが発生している日本人の間でさえ、十四日の異変は容易に容認できないものだった。


 玄関を開けたら二分と経たずに、そこらじゅうに元気なワーム。

 地面にも壁にも、街路樹や垣根にも、目覚めたばかりのご機嫌のワーム。

 視界のパッと目に付くところ、見渡す限りの春のワーム、ワーム、ワームまつりが開催中。


「わあ、ムシさん〜!」

 無邪気で怖いもの知らずのキッズたちは、ニコニコしながら収集したり指先で転がしたりして遊んでいるが、ありとあらゆるワームに対する免疫を失った大人たちは、目の前に広がる光景にパニックを起こし、帽子や上着、かばんや靴に、いつの間にか便乗ハローしているワームを振り払い、踏み潰しながら右往左往し逃げ惑う。


「いやぁぁぁぁあああああ! ムシ嫌いぃぃぃいいい!」


 奇声を発しながら殺虫剤や忌避きひ剤を乱射する人々。

 ハエ叩きや虫取り網、丸めた新聞紙や、あるいは素手でばっちんする猛者たち。


「燃やしてやる! 全部燃やしてやるぅ——!」

「やめろ! 火事は出すな! 七代たたるから火事だけは出すな! 落ち着け、早まるなぁ——!」


 ダバダバ泣きながら出力MAXのガスバーナーを持ち出してきたご近所さんを、慌てて取り押さえるお隣組の面々。

 本来ならばうららかなはずの午後のひと時、そこかしこで阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図が繰り広げられていた。


 大量のピヨがすくすく育ち、物理的に大きくなって街中を闊歩かっぽし、野山や田畑を我が物顔でつつき回し、たまに人間も突き回していることには、まだ我慢できた日本人だったが、しかして大量のワームがそこらじゅうをハロハロしている光景には、脊髄せきずい反射で拒絶反応アナフィラキシーショックを引き起こす者が大量発生し、あっという間に救急医療がパンクした。


「むり……ムシは、むり……むりぃぃぃいいい」

「全身に蕁麻疹じんましんが……」

「食欲オワタ……」

「もうやだ死にたい」


 ワームはただ春になって、ご機嫌でハロハロしているだけなのだが、人間のメンタルは豆腐よりも柔らかく、米一粒に般若心経を写経する筆の先より繊細なのだ。


 二〇二五年の三・三以降、日本はざっくりと屋外にてピヨを狩るKPG——狂気のピヨグルメ美食家ハンター派と、仮想空間に安寧を求めるおこもり派に二分されてきたのだが、この未曾有みぞうのピヨ災害を祟りとみなして鎮めるべく、かくかくよむよむのおおトリに作品ハートを捧げ続けてきたのは、主に仮想空間に己の生存圏を求めていた、おこもり派の人々が圧倒的多数を占めていた。


 片や物理特攻で、片や文筆特攻で、自然とそれなりに役割分担ができていたオールジャパンの対ピヨ戦線だったが、しかして、ここに新たに加わったワームショックで戦闘不能となったおこもり派が続出したことで、俄かに保たれていたはずのワークバランスが崩れ始めた。


 渡る世間を大暴れしているピヨとワーム。

 一部のピヨはワームを捕食しているが、ワームを捕食すればするほど、天然良質の動物性タンパク質と高カロリーを摂取したピヨの頭上で、ピヨリロリンと片腕を突き上げたようなパワーアップの音がする。

 パワーアップしたピヨたちは、徐々に中生代ちゅうせいだい(約二億五千万年前から六千六百万年前の恐竜時代)の面影を宿し始め、明け方には決まって日の出と共に、けたたましい咆哮をあげるようになった。

 昨今の日本の夜明けは、うるさいぜよ。


 かくして、第二次自粛要請期間に突入した日本だったが、要請される前に自発的に籠城生活を始めていた日本各地で、世紀末がロケンローしている。

 とてもじゃないが、ピヨの祟りを鎮める作品を捧げ続ける人的および時間的余裕は、もはやない。


「誰か、誰か助けてください!」

「誰か! 誰でも、いいから!」

「神さまぁ——!」


 SNSの片隅で、かろうじて生存ログインしているおこもり派が世界に向かってヘルプを叫んだ時、スマホ画面に異変が起きた。


 フルスクリーンを網羅もうらする眩ゆいばかりのブルーライトが、ゲーミングガジェットさながらに七色にゆらめき、その中心から徐々にフェードインしてきた鮮やかな青色の冠羽、黒と青のコントラストが際立つおフェイスとわがままボディ、喉元にくっきりと引かれた瑠璃色のラインとぽわぽわの白い腹。

 全体の形状フォルムは、ほぼ球体ながらシャープな印象をかもし出すプリチーなトリの降臨エフェクトは、実に派手派手しいこと、この上ない。


「呼んだ?」


 画面の中で自由に動き回り、コメント枠などお構いなしのフリーダムをひけらかす、ほぼ球体。

 かしましいつぶやきで溢れていたはずのSNSが、この時ばかりは一瞬、シンと静まり返った。


「か、神……さま?」


「いかにも。ピヨこそは、かくかくよむよむのおおトリ。最近、捧げられる作品が減少しておるゆえ、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーんしたぞよ」


「ふる」

「古っ」

「え、ふるっ!」

「昭和か!」


 さながらライブチャットのごとく、濁流のコメントで盛り上がるおこもり界隈。そんな取り止めもないコメントの嵐を、かくかくよむよむのおおトリは、冷静にさばいて適宜てきぎコメントを拾っていく。


「トリさん、なんで色が違うの?」

「イメチェン?」

「好きな人できた?」


「良い質問だ。これはモデルタイプ、フェアリー・レン。和名ルリオーストラリアムシクイ、繁殖シーズン限定色ぞ!」


「笑」

「ww」

「草」

「限定色草」

「お題ねじ込んでて草」


 誰が言ったか、究極の笑いは緊張と緩和の間で起こる。

 久方ぶりに和んだ仮想空間で、モデルタイプ:フェアリー・レンのおおトリは、おもむろにくちばしを開いた。


「お主らの状況は十二分じゅうにぶんに理解しておる。アシストはするゆえ、お主らはサクサクっとピヨに作品を捧げよ!」


 ピヨォォォォォォオオオオオオ!


 トリムネを精一杯膨らませて、おとなりのトントロを彷彿とさせる咆哮をあげたおおトリの気合いで、スマホ画面が七色にチカチカする。

 良い子はすぐに画面から離れよう、光過敏性発作ポ◯モン・ショックを起こしかねない。


 わっと目を伏せたおこもり派の危機管理能力も大したものだが、光の明滅現象が収まっても、周囲には特段何の変化も見られなかった。

 しかし、おおトリはやり切った顔で、ぺたんと画面内で座り込んでいる。


「トリさん、今の何?」

「外見てみ」


 半信半疑でおこもり派の面々が、それぞれの居場所から見える範囲で窓の外を見てみると、何やら大量の青いほぼ球体が、次から次へと降り注いでいた。


「え?」

「トリ型ルリオーストラリアムシクイ、めっちゃ沸いてる」

「ま?」

「ヤバみ」


 モデルタイプ:フェアリー・レンのトリが、わらわらと降り注いでは片っ端からワームをちぎっては食べ、ちぎっては食べを繰り返している。

 和名ルリオーストラリアムシクイ……その名のとおり、ムシクイの主食はムシだ。


「ピヨの分身、超優秀」


 まったりと煎茶をすすりながら、画面の中でくつろいでいるおおトリさまの分身なら国際鳥獣保護とか、オーストラリア固有種の密輸問題とか色々気にしなくても良さそうだ。


「ささ、早くピヨに作品を捧げよ、捧げよ」


 煎茶をずずっと飲み干すと、片目をバッチーンと器用につむってみせたモデルタイプ:フェアリー・レンのおおトリは「妖精!」と言い残して、スッと画面の奥へと消えていった。

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